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10.獣道

「うわぁ、すっごい獣道ですねぇ!」


 テレビを見ていると、田舎に行ったリポーター達が、そんな風に言っている事があります。


 え? ちょ、二人くらい並んで歩けるし!!

 全然獣道違うし!!


 と、心の中でツッコミを入れている秘境人は、私だけではないはず。


 という事で、今回は獣道について語ります。


 秘境には、はっきり言ってしまうと山と川と畑しかありません。

 山に入る時は、必ず大人と一緒に行きなさいと言われていました。一人で入っちゃダメだよ、と。

 鹿やら猪やら猿やら蛇やら熊が出るしね。

 大人になった今でも、一人で入りたくない場所ではあります。


 私の姉はおばあちゃんと一緒に畑いじりやお花いじりをしている事が多かったですが、私はおじいちゃんのあぐらの上に座って、面白くもない野球を見たりマラソンを見たり……とテレビを見ている事が多かったです。(秘境ですら引きこもりかいww)


 そうやってテレビを見ていたおじいちゃんがフッと立ち上がり、

「山の様子を見てくるわ。さらさも一緒に行くか?」と声を掛けてくれました。

 やる事もないので、大して深く考えもせずに、「行くー」とおじいちゃんの後をついていく事に。

 多分、小学一年生くらいだったと思う。


 山もいくつかあるので、どこの山にどう入ったのかは全く覚えてないんだけど、いつもの栗を取りに行く山ではなかった事は確かだった。

 初めて入る山に、少しの不安を覚えながら私はおじいちゃんの後をついて行く。


 鬱蒼とした山の中。昼間なのに、何故か薄暗くてちょっと不気味。


 すると、おじいちゃんがこんな事を話してくれた。


「この山にも向こうの山にも杉の木を植えとるからな。さらさや、さらさの子供が大きくなる頃には、大木になって、ええ値で売れるぞ」


 そんな風に語ってくれました。

 おじいちゃんは、孫やまだ見ぬひ孫達のために、財産になるだろうと植樹してくれていたようです。

 この話を覚えていると言う事は、子供ながらに『金持ちになれるかも!』とほくそ笑んでいたんでしょう(笑)。

 楽しみだなぁと思った記憶は残っています(;´∀`)


 そんなこんなを話しながら、おじいちゃんはずんずん奥へと進んでいきます。


 え、ちょ……道、なくね?!


 進んでいった先は、まさに獣道!

 人一人分くらいの幅があれば、慣れているんで歩きますよ。

 でもね……


 道が片足分しかなかった!!

 片足ですよ、片足!!


 しかも途中で途切れたりして、ジャンプしなきゃいけないところもあった!!


 さらに、左側は崖で、落ちたら助けるのは困難すぎる!!



 小学一年生ですよ……足の長さが大人と違うのですよ。

 最初はおじいちゃんに手を借りながらジャンプし、戦々恐々進んで行きました。

 が、途中で『ここはジャンプ無理』ってところに出くわしました。


 私は3メートルの段々畑をジャンプしたりはしないのです。慎重派なのです!!


「もう行きたくない」


 私半泣き。まさか、こんな、こんな獣道とは思ってもなかった。

 人が歩ける道幅を想像していた! この辺私も甘い!!


「じゃあ、帰るか?」

「うん」

「一人で戻れるか?」


 ええ?! おじいちゃん、ついてきてくれないの?!


 思えばそうだ、おじいちゃんは用事があって登ってるんだから。

 今から一緒に引き返したりしたら、おじいちゃんは用事が出来なくなっちゃう。

 でも、おじいちゃんと一緒に行くとも、一緒に帰ろうとも言えずにどうしようとオロオロするさらさ少女。

 おじいちゃんもどうしようかとすごく困ってる。

 でも、一人で帰るのは無理!!


 不安で不安で押しつぶされそうになったとき、後ろから「さらさーー」と声が。


 なんと、私が山に入っていったと聞いて、お母さんが迎えに来てくれたのでした!

 こうして無事おじいちゃんは山へと登っていき、私はお母さんと下山。

 日の光がさして、人一人が通れる道に出て、ようやくほっと出来ました。


 安易に山に行くとか言っちゃ、ほんっといかんなと思いました。

 整備されてる山ならともかくね。

 そんな獣道をさっさと歩いていくおじいちゃんが本当にかっこいいと思ったし、なんで地図もない山の道や場所が分かるのかと不思議に思いました。

 私は山に入ったら遭難する自信があるので、一人では絶対行きたくないです。

 山を舐めちゃいかんぜよ。


 そして現在とても大きくなった杉の木。

 立派な木がたくさんあるので、良いお値段にはなると思う。

 けれども、外国の安い資材が手に入る昨今、国産の木は売れなくなってしまった。

 加えて、山奥。

 切り出して運ぶにも、多額の費用が掛かるのです。

 昔はイカダにして流したようですが、今はそんな事を出来る人もいないし、その技術が廃れてしまいました。


 山の価値も木の価値もなくなり、おじいちゃんが丹生込めて作った山々は、財産とはなり得なくなってしまったんです。


 山や家の相続は、長男である私のお父さんが受け継ぎました。

 次に引き継ぐのは、遠くに嫁に行った姉ではなく、近くで対応できるさらさになるだろうと親に言われました。

 土砂崩れだなんだ、道を作るんだなんだ、草刈りの許可をどうたら、というので、いちいち現場に呼び出され行かなきゃいけない事もあるらしいのです。


 ごめん……私には無理……

 どこからどこまでがうちの土地か、うちの山か、さっぱり分からない。

 なので、相続手続きはしないつもりでした。

 相続しなければ、国のものに戻るんだとか。


 でも、ありがたい事に家や山や畑を全て買い取ってくれる人がいました。

 その土地一帯を管理してくれている方で、その方もいちいち許可を得るのが面倒だったんでしょうね。

 お父さんとお母さんは、ただでも引き取って貰えるならありがたいと、全てを手放す事にしました。

 結局、ただでは悪いと言う事で、十数万円を下さいました。ありがたい事です。


 そのお金の三分の一を、両親は私にくれました。

 おじいちゃん達が残してくれた、財産の一部だよと。


 手にしたお金は数万円。

 大した事ないって思うかもしれません。

 でも、私にはすごく重いお金でした。


 おじいちゃんが、孫やひ孫のためにと、あの獣道を登って木の手入れをしてくれた、お金。


『さらさや、さらさの子供が大きくなる頃には、大木になって、ええ値で売れるぞ』


 せっかく植樹して綺麗に育ててくれたのに、上手に売れなくてごめんね。

 引き継げなくてごめんね。

 手塩にかけて育てた山々を、大切に暮らしていた家を、豊かだった田畑を、手放すしか出来なくて本当にごめんなさい。


 頂いたお金は、ひ孫の為に大切に使わせてもらうからね!

 私にできるのは秘境の思い出を綴る事くらいだけど、ゆっくりゆっくり続けていくからね。

 おじいちゃんおばあちゃん、胸いっぱいの財産をありがとう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素敵な良いお話でした。 [一言] ウチの田舎も、タダ同然でひきとってもらいました。 田舎の管理は無理ですものね ><。
[良い点] どこらへん歩いたんだろうー。気になるー! 私はいつもおばあちゃんにくっついていたから、その間に更紗がおじいちゃんの膝の上でテレビ見てたなんて知らなかった(笑)。お互いの知らない世界がたくさ…
[良い点] 素敵なエッセイでした。 こうした体験は中々今はなくなりつつありますけど どこか懐かしい匂いを、感じます。 優しくものごとを見つめる筆者の視線が 素敵でした。 日南田ウヲ
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