鉱夫は余興を楽しむ
二人が酒場に向かうと、十人やそこいらであろうか、遠目からでも分かるほど人だかりが出来ていた。
その小さな人山の主役は、樽を挟むように立っている三人の男であった。
人だかりの中でも頭一つ抜き出て大きい男はカレタカであろう。対峙する二人は、背は低いが筋骨はかなり逞しい男達だ。
三人は樽の上で、至極単純な力比べをやっている最中であった。
一つ珍しいのは、二対一の腕相撲であるということか。
その樽を囲むように酒場の客たちが、酒を持って思い思いに騒いでいる。
力比べが興じて、賭けに発展したのであろう。酒場の外は、戦いを対象にした賭博場の様相になっていた。
「カレタカさん!頑張って!」
「でけえ兄さん!負けるんじゃねえぞ!俺はあんたの腕に今日の飲み代全部掛けたんだ!」
「いけいけいけっ!恥を捨ててまで二人で挑んでんだ!これで負けたら俺らはもう廃業だぜ!!」
カレタカの腕を必死に引き倒そうとしている二人の男の額には、見事な青筋と、先ほどまで浴場にいたのが無駄になるほどの汗が浮きあがってる。
対するカレタカは、それなりにキツそうではあるが、まだ幾分か余裕のある表情で、ジワジワと男たちの腕を倒していく。
カレタカが更に力を込めると堅く踏みならされた地面がへこみ、樽がギシギシと悲鳴をあげ始めた。
相手の男たちはまだ余力があるのかと、驚きで目を見開く。
「オイオイオイオイ!マジかよ!嘘だろ!?」
「だぁぁぁぁっ!だから俺は三人にしようって言ったんだ!この兄さん、並じゃねんだよ!」
カレタカが更に力を込め、決着を付けようとした瞬間、先に根を上げたのは土台の方であった。
耐えきれないとばかりに、台にしていた樽の帯鉄が弾けると、またたく間に瓦解する。
支えていた物が無くなってしまい、ほぼ全体重と力を乗せていた男たちは、バランスを崩してひっくり返るように転んでしまった。
樽が壊れても倒れず、手を離さなかったカレタカが、男をゆっくりと引き上げながら尋ねる。
「これは、引き分けか?」
咄嗟の出来事に、倒れた男たちは暫く呆けてカレタカを見上げていたが、その問いに、男は観念したかのように苦笑いを浮かべながら、肩を叩きながら負けを認めた。
「いいや。あんたの勝ちだよ。鋼夫二人で挑んでこの有様とは、いや全く恐れ入ったぜ」
男は素直に、カレタカへ称賛の声を掛けた。その言葉に、表情の変化に乏しいカレタカの顔も、どことなく微笑んでいるように見える。
そんな、騒がしく楽しそうではあるが、端から見れば、間違いなく暑苦しいの一言に尽きる光景に、二輪の華が咲いた。
「待たせたかと思ったが、随分楽しんでるじゃねえか」
「ご一緒させて貰いますね?」
突然現れ、カレタカの横に座った女性達に、男達は瞬間言葉を忘れて眺めていたが、即座に色めき立つ。
「おいおい、こんな別嬪さんまで連れてよ、兄さん何者だよ!?」
「こいつはもしかして、どちらかの息子だったのか?ちょっと若すぎだろうよ!」
酒も入っているからだろう。それぞれが好き勝手に、何の遠慮もなく言葉を投げかけてくる。
「旅の仲間だ。友であって、深い関係ではない」
カレタカが言葉短く否定したが、アリシアはこの状況を更に面白くさせようと、カレタカの首に残した、強い噛み痕を指で撫でながらニヤニヤと笑う。
「そんな寂しいこと言うなよ?これはアンタとアタシの繋がりの証しだぜ?」
その強く残った歯型と、アリシアの誘うような態度は、見事に火に油を注ぐ事に成功し、周囲は更に盛り上がる。
「姉ちゃん、見た目と違わず激しいな!こりゃ俺の手にはおえそうにねえや!」
「そうさ。あたしの相手になりたきゃ、コイツくらい強くねえとダメだな。勢い余って殺しちまうからな」
「ハッハァ!それじゃあ、ここにいる奴ら全員で掛かってもダメだろうよ!あんたら、本当面白えな!見ねえ顔だがどこから来たんだ?」
男勝りでさっぱりした態度のアリシアが気に入ったのか、男は上機嫌で笑いながら、まだ手を付けていないジョッキを手渡して尋ねた。
「仕事探して火山を越えてこっちに来たんだ。まだ来たばかりでね」
「そりゃ遠路はるばるようこそってもんだ!この男の連れってんなら、姉ちゃんらも只者じゃあねえ気がするし、仕事もすぐに見つかるだろ。俺たちゃ、ここを根城にしてる鉱夫とその護衛だ。よろしくな」
勧められた酒を丁寧に断り、果実水をおいしそうに飲んでいたノラが出会いを尋ねた。
「ここの鉱夫の方が、カレタカさんとどこでお知り合いに?」
鉱夫は笑いながら、身振り手振りも交えて浴場での出来事を語った。
「この兄さんがガキをちょ~っとからかってな、その義手弄らせていたんだよ。そしたら手首から先がスポッてよ!それにガキが驚いちまってな、暫く皆であやしてたんだよ」
「すっごい驚いたよ。取っちゃったのかと思った」
あの時聞こえたのは、やはりジェード君の声だったのかと、ノラは思い、アリシアも呆れた目で、何をやっているんだ……、とカレタカを見た。
カレタカはその時の事を思い出すと、申し訳なさそうに謝る。
「あれは、すまなかった……」
「何、いいって事よ!おかげで今日は良い酒が飲めた。こんな別嬪さんまで侍らせてな!」
そうやって暫しの間、歓談を楽しんでいたが、鉱夫は達は引き上げる時間が来たようで、気持ちさそうにジョッキを空にすると、席を立って挨拶をした。
「俺ちゃこれで帰るがよ、ここの飲み食いは気にしないでやってくれ。さっきの腕比べの報酬だ。また会ったら飲もうや」
そう言ってテーブルを後にすると、他の面子もそれぞれに再開を望むような挨拶を交わして席から離れて行った。
少々うるさくもあったが、宴会のような雰囲気と、酒を交わしての男達との馬鹿騒ぎは、カレタカとしても決して嫌なものではく、それは久しく忘れていた感覚であった。
それを思い出させてくれた男達には、少しの感謝と、またいつか会えれば、という気持ちを、カレタカは持つのであった。
熱気も冷め、静かさが戻ったテーブルで、男たちの奢りにあやかり食事を取っていると、そこにアゲートが現れた。
「やっぱりここだったか。風呂上りにはつい寄りたくなるよな」
「ここの鉱夫とちょっと遊んでてな。奢ってくれるみたいだから、お前も飲んでいくか?」
「あいつらはちょっと偏屈な所があるらしいが、奢ってくれるなんて随分と仲良くやってるじゃないか」
そう言うと、席に着いて麦酒を頼んだ。
各人に再度飲み物が揃った所で、アゲートは仕事の話を始める。
「あんたらは、こちらにはあまり詳しくないみたいだから、説明をしなきゃ駄目だよな。俺が今回頼みたいのは、帝都までの行程の護衛だ」
ここは君主制の国体制だったのか、と思いつつ、三人は話を聞き始めた。




