地を走る竜
二人が亜竜を挟み込むように走り出す。
二人に向かって走り出していた亜竜は、的が別れた事で一瞬戸惑うように目線が泳いだが、顎はアリシアに向けられた。
上半身を低くし、地上スレスレを這うように首を伸ばしてくる。
大きく開かれた顎はアリシアを飲み込んだかのように、バグン、と閉じられたが、身体強化を掛けた彼女はその寸前で、後方に大きく飛び退きそのまましゃがみ込む。
反撃とばかりに屈んだ足にグッと力を溜め、矢が放たれるように亜竜の顔目掛けて飛び出すと、鼻先に剣を突き刺す。
が、分厚く頑丈そうな皮膚は見た目と違わず、剣先だけしか侵入を許さなかった。
それでも亜竜の気を害すのには十分だった。左右に大きく、薙ぐように首を振る。
どんなに酷く揺さぶられても、刺さった剣を離さないアリシアは、柄を強く握り、振り飛ばされるのを必死に耐えた。
頭に付いた異物を振り払うことに夢中になっている亜竜の足元を、カレタカが走る。
そして、地面に刺さった大斧を引き抜くと、再度距離を取って叫んだ。
「一度付け換える!間を持たせてくれ!」
「無茶を、言うなぁ!」
叫びつつも、アリシアはどうにか堪えるが、剣に掴まっているのが精一杯な様子で、次の手を必死に考える。
どれだけ振っても離れない小さな獲物に業を煮やした亜竜が、仰け反るほど大きく首を縦に持ち上げた。拙い、と彼女は察したが、その場から離脱する事を諦め、次に来るだろう衝撃に備えて身を固め、地面を見据える。
持ち上げられた首がこれ以上曲がらないほど反らされ、頂点で一度制止すると、その顔をそのまま地面に叩きつけた。
地面を軽く陥没させるほどの威力と衝撃に、刺さった剣が抜け、アリシアは飛ばされるように地面を転がる。
「まだか!?」
アリシアがカレタカを確認する。
カレタカは、斧の刃を飛ばして先細りしたただの金属の棒を、銛を突くように掲げていた。
そして、それを勢いよく大地に突き刺す。
刺さった地面から魔力光が漏れ、地面が少しへこむ。
暫しそのままにしていると、光が徐々に収束していき、吸収が終わった事を告げた。
変化が終わった事を確認して勢いよくそれを引き抜くと、現れたのは錆鉄色をした大鎚だった。
カレタカは、出来上がった鎚を一瞥して肩に担ぐと、ノシノシと亜竜に向かって歩き始めた。
相当の重量があるのだろう。踏み出す足は、踝ほどまで砂利に埋まっている。
「待たせた」
一言そう告げると、亜竜の前に立ちはだかった。
合図を聞いたアリシアが一度退くと、獲物の鞍替えをした亜竜が、大きく開いた顎を振り下ろすようにしてカレタカに噛み付こうとした。
向かってきた口にタイミングを合わせて、担いでいた鎚を全力で振るうと、牙を砕きながら下顎を地面に縫いつけるように叩きつけられた。
「グウオオオオォォォォォッ!!」
顎が閉じれず、口の中に走った痛みに思わず首が跳ねる。
カレタカが足に力を溜めて一気に詰めると、今度はその太く巨大な足に振り下ろす。
その巨体が一瞬たたらを踏んだ。
再度振り上げると、今度は体を回転させながら鎚を振るった。遠心力で勢いが付き、柄がミシミシとしなりながら、脚の側面に思い切り叩きつけられる。
溶岩石の塊が、分厚い皮膚を物ともせずズブズブと脚に飲み込まれた。
杭でも打ち込まれたかのような二度の痛撃で体が支えられなくなり、その巨体が横に倒れた。
地響きとともに、あたり一面に砂埃が舞う。
亜竜は倒された事で軽い混乱に陥り、脚が宙を掻き、頭を振りまわした。
倒れる際に頭側に回り込んでいたカレタカが、鎚を構えながら暴れまわる頭部に狙いを定める。
体を起こそうと地面に首を寝かせた瞬間、亜竜の頭部目掛けて、止めと言わんばかりの渾身の一撃が振るわれた。
その鉄槌が頭頂部あたりに撃ち放たれると、亜竜は一瞬首をビクンと震わせたが、その後力なく重い音を立てて横たわった。
それを確認したカレタカは、鎚を分解してただの棒きれに戻すと、大声でノラを呼んだ。
「このまま逃げる!来い!」
戦闘を見守っていたノラが反応し、陸鳥を引き連れて駆け下りてくる。
三人はそれぞれ騎乗すると、首を叩いて全速力で走りだした。
卵を守る雌を左右に大きく迂回しながら、その横を駆け抜ける。
雌の亜竜は、雄がやられた事で立ち上がろうとしていたが、バラバラに走る3人に対して狙いを絞り切る事ができず、その場で大きく吠える事しかできなかった。
「殺ったのか!?」
再度ゆるい登りになった斜面を駆け上がりながら、アリシアが大声で尋ねる。
「竜があの程度で死ぬわけないだろう。もう直に起きる」
斜面の頂上を見据えながらカレタカが答える。
ノラとアリシアが後ろを振り返ってみれば、雄の亜竜が体を起こしている最中だった。
「マジかよ!おい走れ走れ!!」
斜面が下りに差し掛かった頃、後ろから一際大きい咆哮が上がった。
が、亜竜が姿を現す事はなかった。雌から離れた事で追う事を諦めたようだ。
「はぁ~……。やっと諦めてくれましたか……」
ノラがホッとして、盛大な溜息を一つついた。
暫く全力で走っていた陸鳥の息も上がり始め、速度が緩くなる。
「どうにか抜けれたな」
「今回は流石にヤバかった。が、あれがいるなら丁度良い門番代わりになるな。うまくすりゃ孵化まで時間が稼げる」
駆け脚から並脚程度に速度を緩めて、斜面を下りながらアリシアは先ほどの戦闘を思い起こした。
「しかし一人で竜と渡り合う人間は初めて見たぜ。あたしの人生の中で一番の驚きかもしれねえ」
「あの巨体を倒すほどの力って凄いですよね。驚きましたよ」
カレタカはその言葉を聞きながら、ノラにも称賛の声を掛けた。
「俺の斧をあそこまで飛ばせる女も、カティナの中でもきっといないぞ」
「アハハハ……。あれは……、ちょっと手が滑ったというか、なんと言うか……」
頬を少し染めて懸命に取り繕うノラを尻目に麓を見下ろすと、まだ遠いが白い煙がそこかしこと立ち上っている場所が見えていた。建造物らしきものも見える。
三人は一応無事に山を抜けれた事を喜び、煙立ち上る集落へ足を進めた。




