生存と選択
竜が襲いかかってきた際、黒髪の女戦士がとっさに飛びかかり抱き抱えた神官に話しかける。
「ノラ、生きてるか?」
「ダメです…背中を喰われました。私の分まで生きてくださいね…アリシア…」
その言葉にハッとして、抱いているノラの背中に目を向けると、背負っていたリュックが肩紐と背面を残して綺麗に無くなっていた。
安堵の息を吐きながら、一先ず怪我がない事に安心したアリシアは、挑発的な目でノラに言った。
「お前を仰向けに抱いていたらご自慢の胸が削り取られてたな。危なかった」
拗ねるような半目でノラも負けじと反撃する。
「別に自慢ではないし……。今度こんな場面に出くわしたらアリシアが上になればいいんです。削れるものもないんだし」
抱き合ったまま二言三言お互いを落ち着けるように言葉を交わし、静かに周りを警戒する。
「竜は…戻ってきてねえな。憑魔どもが集まる前に体制を整えて出発しよう。まずは生きてる人間を集めなきゃな」
会話もほどほどに、二人は食い散らかされた巨大な轍を、静かに迅速に動く。
1時間ほどで生き残った100人にも満たない人々と、食い残された物資が巨大な荷車の前に集まった。
集まった人々を前にアリシアが口火を切る。
「さて、日暮れまでそう時間はねえ。この先の行動を決めようじゃないか。護衛と役人がいたら集まってくれ。あぁ、傭兵もだ」
掛け声に反応し、10人そこそこの人間が集まり話し合いを始めた。
男の戦士が言う。
「まずは現在地の確認だ。今回の移動日程は7日、今日で5日目だ。日数から考えれば都市は近い。このまま進んだ方が良いいと思う」
別の男がそれに意見する。
「待て、それは通常の話だ。今回は商隊に加え、普段なら外に出てこない一般民も多く交えたタウンクラスな上に、巨大なサイが2頭いた。おそらく通常規模のキャラバンほどの速度は出ていないだろう。4日目くらいの読みでもおかしくない」
アリシアがその意見に被せて言う。
「4日目と考えたらほぼ中間地点だ。進んだ距離は120~30マイルってとこか?だとしたら残り140マイルはあるぞ。馬も陸鳥も殆ど逃げちまったしな。徒歩で荷を牽きつつ移動となると強行軍をしたって3日はかかる。行くも退くも大して変わらねえ」
その言葉に集まった人間は苦い顔をする。
(とは言ってもあれのあとだしな……外に慣れてない人間じゃ、強行軍はおろか、もう夜はまともに歩くことも眠ることも出来ねえだろう。日が出てたって怪しいもんだ。)
物資の側で手当てを受けている者と、憔悴しきっている人達を横目で見ながら、アリシア自身も荒野のど真ん中に投げ出され、それを打破する案が思い付つかず小さく舌打ちをする。
(チッ……まだ生きちゃあいるが手詰まりかねぇ…?)
前進か後退か決めかねている所に役人らしき男が手を挙げる。
「あああの、こ…今回の移動は、新規のルートと、い、いう事で、ですね、調査も兼ねていまして、ですね、あ、あの鉄箱の中に、プ……探査機が入ってたんです…ですよ。ですが、測量士達は…先程の襲撃で…その……」
と、未だに恐怖が拭いきれてない青白い顔をさせて半分喰われたコンテナを指差す。
それを聞いて数人が跳ねるように立つ。
「なんでそれを早く言わねえ!半分残ってりゃあ一つくらい無事だろう!都市でも衛星集落でも何でもいい。最短を探すんだ!」
「測量士はもういないのか!魔力濃度分布を読めるだけでも構わない!プローブを打って人のいる場所を読むぞ!」
離れた所で生存者の手当てを手伝っていたノラは、その声を聞いて手を挙げる。
「私、渡り巫女です。専門では無いですが多少は読めますよ?」
「よし、読み手は決まりだ。役人さんよ、この非常時だ。プローブを使うことに異議はないな?」
役人はコクコクと頷く。
「せ、設置は、私、も、出来ます。道具を、運び出しましょう」
探査機とは人が外界を調べる為に作り出した魔導具だ。
憑魔は殺しても死体が残らない。錬器によって生み出された身体は霧散して、媒介だけがその場に残る。
では霧散した物は何なのか。人類が十数回入れ替わるほどの長い年をかけ調べ上げて、何世代にも渡って研究された結果、それはこの世には存在しなかった万能とも呼べる微粒子だという事が分かった。
錬器された心は、器が壊された後は媒介には還らず、目に見えない微粒子となって消えることなく漂う。そして微粒子は、集め精練することで新しいエネルギーとなった。新しく発見されたエネルギーは、憑魔から採取することができる資源として、精練、加工された《魔力》や、外界に漂う非精練状態の《エーテル》と呼ばれるようになり、生きていく為に欠かせない存在になった。
プローブはそんな魔力を用いた魔導具の一つである。
外界に漂うエーテルに対して、プローブを中心に魔力を飛ばし干渉させ、エーテルと魔力の濃度分布を地図に反映させる。その分布からおおよその地形、憑魔の生態を読み取るのだ。
程なくして砲身の様な筒を三脚で固定した、身の丈の倍はある金属の塊が空に向けて設置された。
「ア、探信杭による地脈を借りた増幅は、よ、弱いです。良くても、ノ、遊牧民の範囲でしょう。《渡り鳥》が、ほ、欲しかったですが、ち、地脈筋を探すことも、アンカーの深度を下げる時間も、あ、ありません。う、打ち上げましょう」
役人が計器を確認しながら合図を出す。
「よし、嬢ちゃんも準備はいいか?」
「ひび割れてはいますが、大丈夫だと思います。飛ばしてください」
男が頷く。
「よし、打つぞ!遮壁はねえ!酔った奴はすぐに言えよ!?3…2…1…テッ!!」
合図を聞いてバシュッ!と空気が抜ける音と共に、ワイヤーに繋がれた小玉が勢いよく空に向かっていく。
ウィィィィ~~~と甲高い唸りを立ててリールからワイヤーが吐き出されていき、送り出す速度が徐々に緩くなる。小玉が100m程上がった所で小さく弾け、かわいい落下傘を開いた。小さな傘を差した小玉はゆらゆらと降下を始める。
「よし、打ち上げは問題ないな。反応は?」
「まだです…………よし!来ました!現在30マイル……40……50……60マイル!分布に変化あり!」
「サテライトか!?」
「山岳の合間に微弱な魔力と不自然なエーテルの空白地帯があります。随分と離れていますがサテライトの兆候です。待って!近くにもう一つ!これは……」
食い入るように地図を見つめてノラだが、地図を読み取り終える前にひび割れた盤面から液体が漏れ出す。
「ダメです…盤が…」
最後まで読みきれず項垂れるノラの頭の上に、役目を終えた落下傘付きの小玉がポスッと落ちた。そんな落ち込むノラの肩を軽く叩き、労うように男が話しかける。
「いや、そんだけ分かれば上等だ。良く見ててくれた。サテライトの距離と方角は?」
「はっきりと分かったのは55マイル程先、方角は真西より約10度南。あの山の…二つ目のコブの頂点…、そう、あの方向です」
コンパスを手に男に説明する。
「ルートからは外れるが絶望的な距離って程でもないな。で、もう一つってのは?」
山岳を見上げながら男が聞く。
「それが、非常に薄かったのですが、15マイル程東に微弱な魔力とエーテルが入り交じった所がありました。遮蔽のない非衛星集落じゃないかと判断します」
「放棄村や巣穴の可能性は?」
「否定できません。ですが距離的に避難場所として考える余地はあるかと」
「東ってことは大森林か……。未踏の森を半日、一般民を守りつつ夜間行軍も含めて、だ。生き残れるか?」
皆が黙ってそれぞれのリスクを考える。森の中を半日で辿り着ける集落かもしれない場所と、2日は掛かるが確実な集落。
少なくない数の怪我人を抱えた今の状態ではどちらもギリギリだ。
「時間が惜しい。採決で決めよう」
全員が頷いた。




