再びの契約
森を右手に見据えながら、ひたすらに火山に向けて陸鳥を走らせる。
乗り潰す訳にはいかなかった為、余り無理はせず、鳥の脚を伺いながら進む。
漸く三人が麓に着いたのは、出発してから四日目だった。
まだ陽はあるが、山越えには遅すぎる時間だと判断し、林の少し奥まった所で見付けた、沢の畔で早めの野営の準備を始める。
「やっとここまで来たって感じですね」
「ホントだぜ。コイツらがいなかったら途中でくたばってたかもな」
アリシアは、そう言いながら陸鳥の首を優しく撫でた。
大体の準備を終えたカレタカが何かを見付け、体を小さくして、足音を立てずに畔に近づいていく。
目線の先には、細い脚を持った鷺の様な鳥が、長い嘴で沢をつつきながら歩いていた。
動きをしっかりと見つつ、細いワイヤーの両端に鉛を付けた道具を、手からぶら下げ、ゆっくりと回し始める。
投げるタイミングを見計らっていると、そっと背中を叩かれた。
「それ、あたしにやらせな」
そう言われると、カレタカは回すのを止めて、黙ってそれを渡した。
アリシアはここの所、カレタカが持つ紐状の狩猟道具、"ボーラ"をいたく気に入ってしまい、暇とチャンスがあれば狩猟に挑戦していた。
カレタカがそっと下がり、アリシアを見守る。
彼女は、ヒュ……ヒュ……と、ボーラの回す速度を徐々にに上げ始め、風切り音が途切れなく聞こえるようになると、鳥に目掛けて投げた。
勢い良く飛んだボーラは、真っ直ぐに飛んで行き、その鳥の背中の上を掠めると、沢の向こうの木にぶつかった。
体を掠めた感覚と軽い衝突音で危険を察知した鳥は、その大きな翼を二度三度はためかせ、沢から飛び出してしまった。
アリシアは小さく舌打ちを打つ。
すると、もう一つボーラが飛んで行き、飛び上がった鳥を絡め取る。
翼の自由が利かなくなった鳥は不格好に沢に落下し、ギャイギャイと騒ぎながら必死にもがいていた。
アリシアは落っこちた鳥を暫し眺めていたが、後ろでボーラを投げたカレタカを、拗ねた様に唇を尖らせて、ジト目で睨んだ。
カレタカも言わんとする事がわかったらしく、観念したように言い訳する。
「今日こそ携帯食以外が食いたくてな」
カレタカのお節介のお陰で、その夜の食事はいつもより少し豪華になり、少量だが酒も出した。
狩って直ぐの鳥で、肉に鉄の味が残っているも、しっかりと焼かれたそれは、移動中に食べていた乾物と携帯食よりはよほど美味しく、ノラでさえ少し行儀悪く、ガツガツと食べる。
「なんだか久し振りにしっかりと食べた気がします」
「気がする、じゃなくて実際食ってねえからな。悔しいがカレタカのフォローは正解だったな」
荒く食べられた、肉が付いた骨をポイと投げる。
陸鳥がそれをついばみ、パキパキと音を立てて嬉しそうに食べた。
「で、あの山は道はあるのか?」
「道と言える物はないが、あの二つの山の鞍部を抜けるように歩く事が出来る、はずだ。あまり登るとガスの臭いがある」
「なるほどな、単純で良かったぜ。だが、通ったのは随分昔だろ?良く覚えてたな」
「忘れるほどの思い出がない。俺の記憶は、皆がいなくなるまでと、エルフとお前達で全てだ」
「あぁ……、悪かった。忘れてくれ」
「いや、気にするな」
アリシアが少し気まずそうに、殆ど残っていない酒を飲みほす。
少し気を使ってか、ノラが空気を変えるように質問をする。
「カレタカさんは山を越えたらどうするんですか?」
「そうだな……。お前たちと街を見たら、また何処かに流れるつもりだ」
「探索者になったりはしないのですか?」
その質問に、カレタカは暫し考えて答える。
「それも良いかもしれない。だが、俺は戦うことしか出来ない。読み書きも知らないままだ」
「戦えれば十分だと思うが、読み書きも、足し引きも出来ねえってんじゃ、街で生きるのは辛いわな」
カレタカの返事を聞いて、暫く考え込んでいたアリシアが、少し真面目な顔付きになった。
「なぁ、カレタカとは生存圏までって話だったが、契約を延長しないか?あたしらは山の向こうは脚を踏み入れた事がない。二人だと、ちと心許なくてな、多少難点があっても戦える奴を探してんだ」
「対価は、人の生活を教えてやる。読み書きも含めてな。どうだい?」
「そういう事なら、私からもお願いしたいです。カレタカさんなら信用できますし、アリシアはあんなですし」
二人からの提案に、カレタカは少し目を丸くしたが、ほんの少しだけ微笑んだように、顔を和らげて答えた。
「迷惑を、かけるな……」
申し訳ないような、誘われたことが嬉しいような、そんな顔だった。
「そんなの、アリシアが持ってくる迷惑より、余程良いですよ?」
「ノラ、お前は、自分は違いますぅ、常識ありますぅ、みたいな勘違いはそろそろやめた方がいいぜ」
いつものやりとりを程々に、アリシアが居住まいを直す。
「とにかく、決まりだな。期限は決めねえが、あたし達は今からチームだ。改めて宜しく頼む」
そう言って空のコップを掲げると、二人も習って差し出した。
カコン、と空洞が鳴る音が、焚き火の音に混じって消えていった。




