境界を越えて
「人が大勢居るところには慣れていないだろ。色々と気を付けな」
「合わなければ、また野でも山でも、風と獣に付いていくだけだ」
「そうだな……。気が済むまで自由に生きるといい。たまには腕を見せに来い」
空が白み始めた頃、三人は既に出発の準備を済ませ、村の出口にいた。
サイプレスが言葉少なげに、別れを惜しむ。
何人かエルフ達も出て来て、思い思いに別れを告げた。
「本当に良くして下さって、ありがとうございました。ご恩は忘れません」
「ここの事はきっと忘れちまうけどな。助かったよ、ありがとう」
アリシアとノラも短く礼と別れを済ませば、多少打ち解けたエルフが返事を返す。
「もし、お前達がまた迷い混んだら、飯くらいは出してやるさ。それと、カレタカは世間知らずだ。頼んだぞ」
「さあ、もう行くといい。陽のあるうちに進んでおかないと、後が辛くなる」
そう言われると、カレタカは少しだけ名残り惜しそうに、村に背を向けて歩きだした。
コンパスを頼りに、時折現れる獣や憑魔を倒しながら南下を続けると、日暮れが差し迫る頃、流れの緩い川沿いに出た。
「サイプレスさんが言っていたのはこの川ですね。このまま下っていけば森を抜けられると」
「やっとか。なんか半年くらい森で暮らしてた気がするぜ」
川縁で休息を取りながら、ノラは森を出た後を考えた。
「カレタカさんは、森の中から出たことは?」
「一人になってからは……、ない。3年ほどは数えていたが、そこから先はどれだけ経ったのか、自分でも分からない」
「時折、エルフ達に会うくらいで、後は墓守を続けていたのか。そりゃ話すことも忘れるよな」
アリシアが軽くからかうと、初めての出会いを思い出す様に目を閉じる。
「あの時は、すまなかったな」
「いや、あんたが強くて助かったよ。お陰で殺さずに済んだからな」
挑発的な言葉に珍しくカレタカも乗じた。
「そうだな。おまえが弱ければ、後の友を殺してしまうところだった」
「友の語りに、殺すって言葉は似合わないと思うのですが……」
当人たちは楽しんでいるのであろう、その会話に、ノラは溜め息しか出てこなかった。
陽が落ちてからも川縁を歩き続けると、やがて木々は少なくなり、拓けた大地が目に入ってきた。
森から完全に抜けた場所で、ふと、カレタカが振り返り、暗くてもう見えない森をじっと見つめる。
「森を外から見ることは、もうないと思っていた……」
「森の外はどうですか?」
ノラの問いに、カレタカは暗くて先の見えない大地と、満天の星空を見上げて呟いた。
「あぁ……、広いな……」
その晩は、少し大きい立木の元で天幕を張り、火を焚いて夜を過ごした。
夜番を受けたカレタカは、遮られる物のないゆっくりと流れていく星空を、二人が寝た後も飽きもせずにずっと眺めていた。
夜が明けて、早々に天幕を片付けて、軽い食事を済ますと、三人は再び歩きだした。
木や岩に、足も視界も妨げられる事が無くなった三人の足取りは軽く、陽が昇り切った頃に、サイプレスの言っていたそれは見え始めた。
大きめの石を積み上げ、ワイヤーネットで覆った、簡単だが頑強そうな石垣に、その外を囲むように堀が掘ってある。
遠目からでも分かる、高い櫓が二本、狭そうな集落の端々に立っていた。
その様相を確認しながらアリシアが言った。
「まさしく最前線だな。交易や住み家にするようには見えねえ。どっかの出資の開拓基地だろう」
その開拓基地の方から、人が二人、陸鳥に乗ってこちらに向かってきた。
やや遠めから、こちらに止まるよう要求する。
「おい、お前ら止まれ。何処から来た?」
「何日か前、キャラバンが竜に襲われたって聞いてないか?あたし達はその生き残りだ。行きずりの流民に助けられて、ここまで戻って来た」
アリシアが何でもないように答えると、男はふぅん、と訝しげながら、ジロジロとノラとアリシアを見回す。
「そういう事なら分かった。まぁゆっくりしていくといい」
そう言い残して、男たちは基地へと戻っていった。
「なんか嫌な見られ方でした」
「ありゃ、ろくでもねえ事考えてる時の目だな。おまえの胸を見る奴は、どれも大体あんな顔だ」
「えぇ……、なんかショックです」
「まぁ、初見からして長居したくなる雰囲気じゃねえ。情報だけ貰ったら、とっとと出ていこう。補給も無しでいい」
あまり良い予感はしないが、仕方なくと行った形でフォアフロントへ向かい始めた。
「カレタカ。か弱い乙女を守ってくれよ?」
「……ノラを守れば良いのか?」
アリシアはカレタカの脇腹に拳を突き入れ、無言で抗議した。




