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憂い断つ

戻りは登り坂だったが、丁寧に間引いて来たのと、光源が強いお陰で、いくらか足取りは軽かった。


「カレタカ、怪我はどうだ?」


「多少痛むだけだ。動くのには支障ない」


後ろを歩くカレタカは、何事も無かったかのように、しっかりと着いてくる。


若干恐怖心の薄れた闇の中を、上へ上へとゆっくり、長い時間をかけて登り続けて行くと、弱い風が吹いているのを肌に感じた。

歩きながら目を凝らして見ると、徐々に岩肌と外の境目が見えてくる。

逸る気持ちを押し込め、足を進めれば、やがて岩盤の屋根の下に辿り着いた。


「夜だったのか」


陽は完全に落ち、外も暗闇に支配されていたが、迫るような岩肌と、空気そのものに質量がありそうな重圧から、一気に解放された三人は、暫し休息を取り、久方振りに感じる深い森の空気を、身体の中に送り込んだ。


「計測器が無かったので時間が全く分かりません。どうしますか?」


「距離はそう離れてない。コンパスもある。陽が昇るまでの時間が読めないなら、戻った方が早いだろう」


カレタカの提案に従い、三人はいくらか森に順応した足運びで、エルフの集落へと帰っていった。



夜半頃、サイプレスの家の扉が叩かれる。


「カレタカ達が帰って来た」


まだ眠っていなかったサイプレスが扉を開くと、外で荷を降ろしている三人がいた。


「三人とも無事だったみたいだな。巣穴はどうなった?」


「主は殺した。洞窟内も殆ど間引いた筈だ。持ち帰りきれなかった物品が最奥に残っているから、いずれ回収に向かうといいだろう」


「そうか……。お前達のお陰でここを移らずに済みそうだ。お前も、そこの女達にも、感謝する……。助かった」


「泥だけ落としたら中に入りな。今日はもう休め」


サイプレスに即された三人は、言われた通り装備を外し、身体の汚れを軽くはたき落とした後、サイプレスが弄る金属の音を子守唄にして、ゆっくりと眠りについた。


翌日、陽が昇り切り、村のエルフ達が一仕事終えたくらいでノラとアリシアは目を覚ました。

カレタカは既にいなかった。


隣の部屋へ行くと、サイプレスがゴーグル式のルーペを掛けて、アリシアの鎧を確認していた。


「休めたか?」


視線を離さずサイプレスが聞く。


「お陰さまでな。あんま女の着る物をジロジロ見るなよ?そういう趣味だと思われるぜ?」


「アリシア!失礼ですよ!?」


ルーペを外し、鎧を丁寧に床に置いてから二人をギロリと睨むが、アリシアの皮肉も意に介さず続ける。


「古いが丁寧に使ってある。回路も入出力系統も問題無さそうだ」


「金がねえんだ。それが壊れたら仕事が出来ねえからな。どっか弄ったか?」


「磨耗品だけいくつか交換した。あとは軽く拭いた程度だ」


三人の装備を手入れしてくれたのであろう。良く見れば汚れを落とし、小綺麗になったアリシアとカレタカの装備が置かれていた。


「街に戻りたいが、先が長そうだから心配していたんだ。ありがとう、助かったよ」


「やってた事が分かってんなら、先に礼を言うもんだ、女。そっちのは銃を持ってんだってな?見てやるからここに出せ」


太股のホルスターから銃を引き抜き、お願いします、とテーブルに差し出す。


サイプレスがゴーグルを掛け直し、武骨な節だらけの手で器用にノラの銃を分解していきながら、二人に話した。


「蒸し風呂の用意がしてある、外のエルフに案内してもらえ。汚れを流してから入れよ」


風呂と言う単語に一早く反応したノラは、半ば引ずる様にアリシアを外へ連れ出そうとする。


「風呂っ!ありがとうございます!行きましょう、アリシア!」


「おいっ、そこまで急がなくてもっ……」


物静かな女の、意外な声の大きさと行動の早さに驚き、暫し顔を上げてポカンと眺めていたサイプレスだが、フン、と鼻息をならすと、再び作業に戻った。


程なくして、カレタカが戻って来た。

脇腹の血の滲んでいたシートが、真新しい物に変えられていた。


「傷口は塞がってるか?」


「あぁ、問題ない」


「そうか……俺達の為に済まなかったな……。腕を出せ。見てやる」


サイプレスが一旦ノラの銃を脇に退かし、スペースを作る。

そこにカレタカが義手を乗せると、肘の先を分解し始めた。


拳を外し、腕甲を外すと、肘の先は真っ黒な砲身の様な金属が着いていた。

付け根をまじまじと観察し、その砲身も外すと、肘の断面には拳程の真っ赤な魔石が埋め込まれ、六本の爪でしっかりと固定されいた。


サイプレスがゴーグルの倍率を拡大し、魔石と爪を丹念に調べる。


「魔石が少し育ってるな……。接続の噛み合わせが悪くなる前に削るぞ」


そう言うと、極細いタガネと小さいハンマーを取り出し、魔石の()を見付けてはコツコツと叩き、剥がすように削っていく。


「ある程度は魔力を放出しねえと、魔石が必要以上に育っちまう。あんま機会はねえだろうから、空撃ちで良いから使っておけ」


「あぁ、わかった」


魔石を削り終えると、丁寧に魔石の回りと義手を掃除し、肘に付け直した。


「街に出るのか?」


「わからない……。ただ、色々と見て回ろうと思っている」


「そうか。見飽きたらここに戻ってこい。家に帰るのに遠慮はいらねえ」


「あぁ、ありがとう……」


一通りの作業を終え、白湯を啜っていると、ノラとアリシアが頬を染めて上機嫌な顔をして戻って来た。


「たまには蒸し風呂もいいですねっ!なんか身体が軽くなった気がします!」


「まぁ、悪くねえ。こう気分良くなると装備付けるのが嫌になるな」


二人が戻ると、サイプレスはカレタカにも入るように即す。


「髪を結い直してやるから全部()()()()入ってきな。薬草も一緒に焚いてるから傷口にも効く」


「サイプレスさん、髪結えるんですか?ちょっと意外です」


「おかしな想像するんじゃねえぞ?ここの女衆がやるんだよ。お前らも手伝え」


巣穴の驚異が消えた事でいくらかの憂いが無くなり、部屋での会話は、先日よりも弾むものになった。

カレタカは、唇の端が上がるのを隠すように、湯浴みへ向かっていった。

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