表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/347

第九十六話 囚われたモノ




 暗い闇の中。地面があるのは分かるが、視覚情報は完全に頼りにならない。


 ジーンは近くに仲間の気配がするのを感じ、他に覚えのない気配があるのに気が付く。


「皆大丈夫か?」


 ジーンは声をかけつつも、離れた場所で強い魔力を発する存在へと意識を向ける。不気味な空気を肌で感じ取ることができた。


 まず最初に感じたのは、尋常ではない圧力。迫力やプレッシャーと呼ばれるような感覚だ。

 見えていないのにも関わらず、身体が嫌でも反応してしまう。それ程の存在が近くにいる。


「私は大丈夫! ちぃちゃんは!?」


「およも、大丈夫なんよ」


 チャチャも強大なプレッシャーを感じ、素早く夜桜を隠すように位置を取る。


 一瞬でも隙を作らないようにワザと明かりを付けなかったジーンだったが、態勢を立て直した後、光に目がやられないよう十分に注意して光を創り出す。


()い。強いな、そこの二人は」


 明かりに照らされて見えたのは、身体中を鎖で繋がれた男。盛り上がる筋肉を晒し、傷に覆われた顔をしている。

 低く唸るようなその声。全身を震わせるかのように、内臓を突き刺すかのように響き渡る。


「……せっかくの招待だが、ここから出してくれないか」


 声を出すにも苦しい。ジーンの捻りだした言葉は脱出の要望だった。穏便に済ませたい、それが本心である。


 しかし、そんな言葉にうなずくような、甘っちょろい相手ではないことも予測できた。

 そんなことは一目瞭然ではあったが、脱出方法を確立するまでは相手を刺激したくないのが心情であった。情報をできるだけ引き出し、時間も稼ぎたい。


「無駄だ。この領域からは出られんよ。昔の者であれば可能性もあっただろうが……今の者には厳しいだろうな」


 嬉しそうに、楽しそうに、笑うのを見せつけられる。少し動く度に鳴る鎖の音が、ジーン達の不快感と不安を増幅させる。


「やってみなきゃ、分からないでしょ」


「ほう……?」


「最後までやってみるさ」


 ただ、絶望も、諦めもなかった。今までの経験が、確実にチャチャとジーンを成長させていた。


 チャチャ自身は、何とかなるだろうという楽観的な思考を持ってはいるが、変にネガティブになるよりかはマシなのだろう。


 チャチャもジーンも、必要以上に緊張はしていない様子ではあった。方法を探すのを止めることは無い。


 転移は不可能、壁があるのなら破壊は可能なのか、救援を呼べないか、ソチラとタマが気付くまで持ちこたえられるのか。


()い。経験もそれなりにあるようだな」


 鎖には相当に強力な魔力が流れているのだろう。男の魔力も強いものを感じるが、脱することはできない様子だ。


「……っ」


 少しの沈黙した時間。夜桜の深い息遣いと、微かに漏れる声が聞こえる。ジーンとチャチャの二人に比べて、夜桜はこの状況を受け止め切れてはいなかった。


 今この状況を、どう解決すればいいのかが全く見えていない。それは二人も同じではあるが、心構えに差が出てしまったのだ。


 動揺はしていても、それを表に出さない程度の余裕があるのは、ミィと出会い、沢山の経験を積んだ二人だからこそなのであった。


「助かったな。もし貴様一人だったら、ここに来た時点で全てが終わっていた」


 その一言に何も返せない夜桜。事実なのだ。しゃべることも、立つことも出来ない。ただ震えて時間が過ぎるのを見ていることしかできない。


「今は、もしもの世界には興味がない」


「それはすまんかった。会話をすることなど、ここ何千年無かったものでな」


 男の言葉が事実なのかなど証明の仕様はないが、嘘だと言い切ることもできなかった。


 状況から推測できるのは、この男が封印されていたということ。何らかの原因でその封印に干渉してしまい、亜空間とでも言うべき場所に閉じ込められたということ。


 打開策を必死に考えるが、現状では行動に移せない。封印の中で下手をすれば、目の前の男が解放されてしまう可能性があるからだ。


 通信魔法は使えず、ジーンとチャチャの間での相談も、男の前では(はばか)られた。ただ、契約する精霊、つまりジーンはミカ、ヒー、チー、フー、スイ、クーと。チャチャはイッチーとの会話はできたため、何度も言葉を交わす。


「……む…………そう、なのだな」


 会話は進むものの、何も出来ないまま時間だけが過ぎていく。目の前の男からは敵意こそ感じるものの、殺意や殺気といったものは無いのが救いか。そうジーンとチャチャは感じていたが、時間を使い過ぎた。タイムリミットが訪れる。


「しかし残念だな。この楽しい時間は続かない」


 刹那、無が訪れる。強大なプレッシャーが、嘘のように消え去った。気配が消えたと言ってもいい。


 目の前にいるのに、だ。かつて神子に感じた感覚に似たもの。目の前の男は、神子と同等の存在ということに他ならない。


 身体に染み付いた動作。二人は瞬間武器を握る。


「嗚呼、それで()い。しかし、私も運が良いな。お前達のような者に出会えたのは正に幸運だ」


 何も出来ないはずの男に、武器を構えずにはいられない。念の為ではない。そうしなければならないと、身体が本能が理解してしまっていった。


「予定ではもう少し、あと数年で抜け出せたのだがな」


「どういう意味だ?」


「なに、別の道もアリだと思っただけだ」


 震える。恐怖にではない。絶望にではない。二人には、言葉にはできるはずもなかった。初めてのこの空気に、何故か胸が高鳴るのを感じていた。


「良いパートナーを持ったな。互いに、互いを大事にしろよ」


 鎖が軋む。無理にでも動き、拘束から逃れようとしている。この男には紳士でいなければならないと、夜桜を除く誰もがそう感じていた。


 そう簡単に抜け出せるものではない。だからこそ長い間、鎖の拘束が続いていたのだ。それを今、この瞬間に、男が解放を求めて動き出していた。


「やはり、身体を動かせるのは良い。さあ、存分にやり合おうぞ」


 左腕左足は全損。しかし倒れることは無かった。魔力で欠損部分を補い、男は些細な問題だと切り捨て戦闘態勢に入る。


 既に会話は不可能な線を超えてしまった。ボロボロな、それでも依然として重圧感を放っている男。目をかっぴらいてその姿を脳に焼き付ける一同。


 爆風爆音。片足を失った男の姿を認識できる存在は、この瞬間にゼロになる。


 夜桜は何も反応できず頭を抱えるばかりであった。先程まで傍にいたはずのチャチャがいない。頼れる存在の筆頭であるジーンもいない。絶望した。何が起きたのか。それすら理解できなかった。


 微かに音が聞こえた。予想もできない程に遠く。闇の空間がどこまで広がっているのか。それは夜桜には判断できなかったが、確かに耳を震わせる音を捉える。


 ゆっくりと、這うように夜桜は動き出す。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ