第九十四話 つまり二人は今日も元気なのです
今回の目的地に一番近い町、ザカンへと向かう一行であった。魔法でサクッと移動することも可能であるが、それは現在の状況では緊急時の場合だけ。それこそ町が魔物の群れに襲われているといった場合だけだ。
それでも、魔物の襲撃は常駐の警備戦力で対処可能な規模ばかり。実際に緊急で組織の戦闘員が動いたのは数回しかない。その数回もここ二年で魔物の数、質が大きく上昇し、その変化に対応できず現在の警備体制が整う以前のことだ。最近はそのような状況に陥ったことはない。
なので今回は馬を使っての移動になる。戦闘員がパトロールないし任務を遂行する場合も同様に基本は馬など、動物の力を借りている。道中の魔物の間引き、使える素材の収集、資金稼ぎのためだ。
ジーン達も同じであった。今も、本日何度目かになる戦闘が始まる。
「左右に敵影確認、右は俺が行きます」
「じゃあ左は――」
「私が行くわ!」
「なら右行く!」
ソチラが敵を発見し、それを対処するべくジーン達が動く。大した大物もいないため、撃退殲滅はすぐに終わる。
「唸れ一閃!」
「滅せよ風剣!」
すぐに終わるのだが、困った事態ではある。出発してからチャチャとタマが勝負を始めてしまったのだ。どっちがより早く、より華麗により派手に敵を殲滅できるのか。それは回数を追うごとに激しくなってきていた。
「はぁ、ダメね。私よりも二秒も遅かったじゃない」
「はぁ? そんなことないし、私の方が早かったし! それにチャチャより綺麗にやってるし!」
「何よ私の方がカッコいいでしょ!? タマは魔法でピュッとやっただけじゃない!」
「刃なんて野蛮だし! 断然魔法の方が上だし!」
「ぷーっだ!」
「べぇーっだ!」
敵はちゃんと処理してるし、周囲の迷惑にはなっていない。道を抉ったり、木々を薙ぎ倒したりなどは両者共に皆無だ。それをしてしまっては、相手に嫌味を言われる隙を与えると分かっているからである。だからどうして、ジーンもソチラも怒るに怒れない。
もっと仲良くしようなどといってしまえば、反撃を食らうのは男どもである。それに、心底相手を嫌っている感じでもないので強く言えなかったりするのだ。
実際、チャチャとタマはライバル的な感情を持っている。こいつだけには負けたくない。ぎゃふんと言わせたい。こいつの悔しさに満ち溢れた顔を見たい。そんな感情だ。
「町への道のりはまだ長いですから、気楽にいきましょう」
ソチラは、タマ絡みのトラブルにはある程度慣れていた。薄っすらと笑みを浮かべ、ジーンにそう声をかけるのだった。
「ねぇこれ何?」
「ん、やんちゃな子は紐で繋げって言うでしょ?」
「聞いたことないわ!」
戦闘が終わった後、タマの腰には紐が括りつけられていた。紐の先は、ソチラの手。暴走しないように制限をかけたつもりなのだろう。
「なんか……ペットのお散歩――むぐぅ」
「思ってても、口に出しちゃいけない事ってあるんだぞ。心の中だけの呟きにしなさい」
それでも多少の効果はあった様子。タマに繋がれた紐には細工がしてあるらしく、十全に力を振る舞えず、戦闘の激しさが抑えられたのだ。力がセーブされているとしても、ここらの敵は赤子も同然ではあったが。
チャチャも自分がああなる未来を想像したのか、頭が冷えたらしい。口数も減り、喧嘩腰の態度が改まる。更に、タマに可哀そうな物を見る目を向けていた。
「ジーンは……しないよね」
何がとは言わない。
「さぁ、どうだろうな」
暫くは大人しくしていようと思うチャチャであった。二人が落ち着いたことにより、魔物の襲撃を除けば平穏な時間を過ごすことができていた。
まぁ、二人のやんちゃっぷりは相当な物であり、長閑な時間もすぐに崩れ落ちる程に脆いモノであったが。それはジーンの疑問が引き金になる。
「なぁソチラ、この辺って……」
襲撃回数もそこそこになった頃、ジーンが疑問を口にする。
「ん~、ですよね。俺もちょっとおかしいなって思ってたんですけど……やっぱりだ。以前の情報よりも格段に、敵の数も質も上昇してます。これは僕達で対処すべきでしょうね」
二人が違和感を覚えたのは、事前の情報よりも魔物の数が多いこと。予想よりも襲撃の回数が多いのだ。
最低限の調査は全地域ではないにしろ、重要な場所や人が住んでいる付近は既に終えている。そして、そのデータは全てミーチャと一部の部下によって管理されている。そのデータと照らし合わせてみると、差が二倍以上あるらしいと判明した。
魔物が活性化する理由は、間引く人間が居なくなったか、強大な力を持つ魔物が生まれたかのどちらか。大きく分けてこの二つになるが、今回は後者である。このまま放置すれば決して少なくない被害が出るだろう。元凶を倒す必要があるだろうと、そうジーンは判断する。
「ここに長く留まるのもアレだし、サクッとやりたいな」
「手分けして探しますか? 俺達ならある程度の事は一人でも対処できるでしょう」
「……いや、ダメだ。最低でも二人一組にしよう。そうじゃないと――っ今すぐ二人を確保しろ!」
「ジーン、ジーン。もう二人とも行っちゃったよ」
「早い者勝ちだー! って張り切ってたな。デザートだとか、褒めてもらえるだとかも聞こえたが」
ビシッと指を指し指示するジーンに、精霊二人が声をかける。
「くぅ、一足遅かったか……! ソチラ、タマは任せたぞ!」
「えっまっ、くそ! いつの間に紐がっ! 待ってくれタマー!」
互いの相棒の元へ一直線に走り出す。その先は大きな樹が幾千幾万と聳え立つ森。魔物もいるが、それ以上に大人しい動物達の憩いの場。騒々しさなどとは無縁の場。
そんな森に土煙を盛大に巻き上げ、木々を押し退け岩石を砕き、己の勘を信じ走り回る二人の女子は、さながら鬼とでも呼ぶべきか。少なくとも、その森に住まう動物たちにとっては悪鬼と何一つ変わらないだろう。
憐れ、枝に身を寄せ合っていた多くの鳥たちは一斉に飛び上がり、小川で一家団欒の時を過ごしていた鹿の親子は散り散りに逃げ惑い、今まさに求愛を示す覚悟でいたデロンデロンの意志あるスライムを踏み躙り。
「見つけたっ」
行きつく先は魔物の卵とでも言うべき塊。脈打つそれを先に見つけたのはチャチャ。幾つもの小さきモノの、だが大きく大切な時間場所想いを切り捨ててきた。
「お菓子の為にー!」
一瞬遅かったタマも同様である。
だが、それが普通である。鳥も、鹿も。言葉を交わせない存在を必要以上に気にかけない。魔物ならばそれら以上に考えることもしない。当然だ。
一番の罪はそれを知ろうとしない事。気付かないこと。だが、今は何も悪くない。二人がそれに気付き、悪かったと思った瞬間、罪として二人にのしかかるのだ。知らないから幸せであり、そして一番愚かな時間だと。そう誰かが言っていた。
つまり何が言いたいのか。
「あいたっ」
「ちょ、何やって――」
二人は元気に日々を過ごしています。
足を樹の根に引っ掛け、顔面から魔物の卵に突っ込むチャチャ。
のぺーっと発光を始める卵。衝突の衝撃で孵化が早まってしまったのだ。ぴしり、めしりとヒビが入り、遂には卵が割れる。
楕円の卵の上部から、ゆっくりと姿が現れる。殻を頭に乗せ、大きく開いた目で周囲を見渡す魔物。目の前には、当然チャチャがいて、その広い視野の中にタマも捉えられている。
一瞬だがしかし、長くも思える沈黙。その時間の中で、二人は敵だと判断されたようで……
「ぎょえええぇえぇぇえぃいいぃぃ!!」
咆哮。声音の波が草木を靡かせ、可視化されたと錯覚する程の迫力。赤いトサカに真っ赤な肉垂。何をも貫かんとする鋭い嘴。翼を広げ、殻からその真っ白な羽毛に包まれた全身をさらけ出す。
強大な力を隠しもしないその存在へと、ようやくジーン、それにソチラが追いつく。
「間に合わなかったか!」
「そ、そうなの! あと一歩のところで孵化が始まっちゃって……」
ソチラの言葉を聞き、チャンスとばかりにチャチャが説明をする。自分の失敗を隠すつもりなのだ。とは言っても、タマはチャチャの顔面ダイブを見ていたし、バレるのは時間の問題。事が終わったらチクられてしまうだろう。
それに、チャチャの顔が妙に赤くなっていること、今までの行動からジーンには既にバレている様子である。
ジーンのジト目がチャチャを襲う。だが、そんなものに負けるチャチャではない。嘘は貫き通すからこそ意味があるのだ。
そんなこんなで時間を取っていたら、生まれ変わったばかりの魔物が突っ込んできた。自らの脅威になる存在を無視しておけなかったのだ。力の差を理解できないあたり、多少強かろうが所詮は魔物なのだ。
スパっと、首から上を切り落とす。ジーンにとっては簡単なお仕事である。噴水のように血が噴き出て、ばたりと魔物が崩れ落ちる。真っ白な羽毛が鮮血に染められ、見慣れぬ人間からすれば非常に気がおかしくなりそうな光景である。
「卵から生まれるのはヒヨコだろ、普通」
キメ台詞らしい。魔物が死んだことを確認し、残心を解く。納刀と同時に、すかさずチャチャが拍手。手放しに喜んでいる様子。チラリと見せるどや顔も、彼女にとっては最高のおかずになるのだろう。チャチャはジーンにぞっこんなのだ。
「えー、ジーンカッコ悪い」
「それは……ない」
「ちょっとジーンさんのイメージが変わりました」
「タマもアレはムリ」
ミカ、イッチー、ソチラ、タマには不評のようだが、ともあれ互いに距離が縮まることになった。ソチラは苦労人で話してみれば真面目な子であると。ジーンは圧倒的な強者からちょっとおかしな近所のお兄ちゃんへ。それぞれが印象を改める。
「寄り道はこれぐらいでそろそろ行くか」
「そうね、予定だとまだ三日くらいかかるみたいだし」
そう、ザカンの町への旅はまだ始まったばかり。油を売っていたらその分到着が遅れる。それは征服派との問題の解決が遅れることにも繋がる。メリットは決して多くは無い。
ぴーっぴーっぴーっ
気を取り直してと一様に歩き始めた時、ミーチャからの連絡が入る。
「いやー、ごめんね? 皆に伝え忘れてたんだけど、ちょっと前から新人強化計画が始まっててさー」
「新人?」
「強化計画?」
「そうそう、それってまだ戦闘経験の少ない隊員達のレベルアップが目的なんだけどさ」
ジーンとチャチャは何が言いたいのかピンときていない様子だが、他の皆は薄々勘付いているよう。何でもっと早く気付かなかったんだと口にしている。
「今までは人数も少なかったし、役割とかも協力して幅広くこなしてたのね。だから警備とか魔物の間引きも移動のついでにやってたのよ。それが最近人も増えてきてさ、そっちに人を回せるようになったワケよ。重要な任務を任せられない新人達に、その仕事をやらせるの」
「へー、戦力アップは大事だしな」
「ふーん。先輩、結局何が言いたいんです?」
「だから、チャチャ達は別に時間をかけて移動しなくていいってこと」
「あ~、成程」
「そうゆーことね」
「うん。ぱっと行ってぱぱっと終わらせてきてね。じゃ」
ぷつんっ
一方的に交信を切られてしまった。
「えーっと、二人はこれから行く町に転移できます?」
ソチラは既に気持ちの切り替えが出来ているようで、率先して仕切り始めた。彼の言葉で、呆けていた二人の意識が戻ってくる。
「……ぁ。あぁ、問題ない」
「……ぇ。えと、イッチー?」
「問題ないぞ」
ジーンはクーの手助けで、チャチャはイッチー任せであった。
「二人とも流石ですね」
精霊達が優秀なのである。
「では行きましょうか」
各々が魔法を発動させ、順次光の中へと消えていく。予定より早く町に着けたと喜ぶべきなのか、そもそも無駄な予定を組んだミーチャを恨むべきなのか。
ただ一つ言えるのは、このイベントはキーポイントであったと後に誰もが振り返ることになる。
ジーン 「っぶな。おまえら忘れてたわ」
おま 「ひひーん」
えら 「ひーん」
チャチャ「……やっぱりその名前変えない?」
ジーン 「え、いいだろ別に。おまとえら。二人合わせておまえら。分かりやすいだろ」
チャチャ「そんなんじゃダメ、可哀そうよ」
ジーン 「ソチラのうまこよりマシだろ?」
チャチャ「どっちも変わらないわよ! むしろジーンの方がひどい」
ジーン 「おまえらは文句ないよな、な?」
おま 「ひーん!」
えら 「ひんひん!」
ジーン 「いたっ、ちょ、やめっ」
チャチャ「ほら言ったでしょ。ダメだって」
ジーン 「わ、分かったから止めてくれっ」
チャチャ「こーら、二人とも止めなさい。あなたはほー。あなたはすー。これでどうかしら」
ほー 「ひんひん」
すー 「ひんひん」
ジーン 「えぇ……それはいいんだ……」