第八十五話 できること
チャチャは、ミィを守るために彼女を抱く。ゼーちゃんとジーンの戦闘の開始を予知してのことだった。
「っ!?」
「きゅあ!?」
一瞬遅れて衝撃に襲われる二人。だが、戦闘は続く。チャチャの行動は早かった。
自分が戦闘に加わることよりも、ミィの避難を優先させる。
しかし、ゼーちゃんによる次の攻撃が来た。
無数の緑の光線が、ゼーちゃんから伸びるのが見えた。無差別に一帯を襲う彼女の攻撃に、何よりも自分の知る彼女との違いに震えが止まらないミィ。
瞼をきつく閉じ、チャチャに強く抱き着き、衝撃に恐怖する。
「……?」
一向に訪れない衝撃に、目を開けるミィ。
「久しぶりだな」
そうだ。
「二年は、待たせすぎだよな」
ずっと待っていたはずなのだ。
「助けに来た」
そのために来たんだと。
ミィの顔を見て、余計な言葉は不要だと安心するチャチャ。
既に再開しているジーンとゼーちゃんの戦いに、一刻も早く混ざらなければと思うが……そうもいかなくなった。
「ミィは、魔物と戦える?」
その問いに疑問を持つミィ。それにチャチャが見るのは、激しく戦闘を繰り広げている二人ではなかった。同じくそちらへ顔を向ければ、その言葉に納得する。
「大丈夫、ドーシルおねぇのお墨付きだから。ランクBまでは問題ないよ」
二人が見たのは、魔物の軍勢。何処から来たのか、数万という数の暴力が迫ってきていた。
「でも、ミィ達だけで大丈夫かな……? 流石に数が多いんだけど」
それでも、やらなければいけないのだ。ミィに無理をさせず、ジーン達に影響がないように、と作戦を考える。が、そんな優しい世界ではない。あれだけの戦力を相手に、どうすればいいというのだろうか。無理な話であった。
ピピィッ!
「え、何の音?」
聞き覚えの無い音に、チャチャは戸惑う。一方で、ミィには聞き覚えがあるようで。
「ミーチャさん!」
「はーい、早速お困りのご様子。私が何とかしてあげましょう」
通信魔法……ではなかった。そもそもミィは魔法は使えないし、チャチャ自身に対する通信でもなかった。
「驚くのはあと。今から何人か増援送るから、それで何とかやりなさい。じゃ、頑張って」
チャチャはポカーンとする。
「ちーねぇ増援だって! これで何とかなるね、ほらしっかりして!」
逞しくなったなぁと嬉しくなるが、聞いてる!? というミィの言葉にハッとするチャチャ。
「そ、そうね。でも増援って……」
「俺たちの事さ!」
振り返れば、十数名の人がいた。男も、女も、その他不明な人物まで。
聞けば、ミーチャ直属の戦闘員らしい。今回ジーン達は、神子や保護派の作戦内容から外れた行動をとっている。好き勝手に動かせる人員はゼロであった。そこで出てきたのが、彼らであったのだ。
「保護派のから抜けたって言えば分かるか?」
ここにいる十数名は、元保護派のメンバーであった。しかしそれぞれがミーチャと出会い、彼女に惚れ、彼女の下に付くことを決めた者が集まり、結成された組織であるのだ。
抜けたと言っても、基本は保護派の職員たちと同じである。ただ一つだけ違う事があった。それはミーチャを何よりも優先する事にあった。ミーチャからの依頼を一番に、襲撃のあった時は彼女の護衛を一番に。遂にはミーチャを頂点とする組織が出来たのだ。
「まぁ、細かいことは今はいいだろ。まずはあっちの処理、だろ?」
先輩を崇める集団ができていた事に驚くが、男の言う通りだ。今は魔物の軍勢の処理が最優先である。
「それじゃあ、お願いするわね。私とミィは真ん中を担当するから、端から攻めてもらえる?」
「あい分かった」
男はテキパキと指示を出し、役割と担当場所を割り振っていく。
確認が終わると、素早く移動を開始し始めるのだった。
「お互い頑張ろうぜ」
「あなた達も、死なないようにね」
「いつでも助けを呼んでねん♡ すぐに飛んでいくわ♡」
別れ際にそう何人からか一言貰うチャチャであった。細身な男に、杖を持った女に、屈強なオネエさん? まで、幅が広い。
「あいつ、気をつけろよ。きっとあんたらの事狙ってるから」
リーダー格の戦闘員に耳打ちされ、まずあのオネエさん? がオネエなのは確定した。ただ、衝撃な事実がひとつあったのだ。
「オネエでレズなんだよ、あいつ」
身体は男、心は女。それで、好きなのはカワイイ女の子。なんとも特異な人であった。
「ま、悪い奴じゃないからそこは安心してていいからな」
そう言って彼は走り去っていった。
「……今、聞くことじゃなかったのは確かね」
「ミィはよく分かんないけど……いい人だよ?」
既にミィには魔の手が忍び寄っていたのか! と憤慨し、私が守ってやらねば……! とそんな事実に胸を痛めるチャチャであった。
そんな気持ちをエネルギーに変換するかの如く、チャチャの魔力が暴れだす。
「ちーねぇ? どうしたの?」
隣に立つ姉に、違和感を感じたミィ。声をかけても返事がなく、不安が募り始める。と、思えば、急に笑い始めたではないか。
「くっくっく……」
チャチャは今、嬉しさが込み上げてきている。心配したり、怒ったり。更には嬉しさを隠せず笑いだして。見た目完全に近寄りたくない人になってしまっていた。
心から心配することも、心から怒ったりすることも、心から嬉しくなって笑うことも。以前の環境だったら考えられない事だった。 ふと、そんなことを考えてしまっていた。
そして、大きく息を吸い……
「この一撃に全てを乗せるぅぅっ!!」
カッと迸るのは、彼女の魔法。魔物の軍勢のど真ん中に撃ち込まれた魔法は、そこに在るもの全てを破壊する。大きな煙が立ち、それを合図に二つの勢力がぶつかり始めた。
魔法が飛び、効率よく魔物の絨毯に穴を開けていく。その術を持ちえない者は、自ら魔物の軍勢へと突っ込んでいった。勿論、全てを相手にしていたら身が持たない。狙うのは、個として強い力を持つ魔物。そうして、彼らは確実に戦力を削いでいった。
そんな様子が遠くで見えている中、
「……ふぅ、すっきりした」
「もー、ちーねぇ! すっきりじゃないよ、びっくりしたぁ……」
二人は未だ、戦闘に入っていなかった。ぷんこすとお怒りを受けるチャチャは、どこか嬉し気であり。なんか気持ち悪い。その一言を飲み込むミィであった。
そんなこんなで暫く会話をしていたところ……
「おい! いつまでやってんだよ!」
叫んだのはイッチー。チャチャが魔法をぶっぱしたその後、二人の担当する地点で奮闘していたのは彼だけであった。数分でも時間を作ったのは、彼の優しさなのかもしれない。邪魔すると後が怖からなのかもしれない。
「ご、ごめんっ! 今行くっ!」
「……チッ」
「うぇっ!? 舌打ち!? 舌打ちしたよね、今!?」
ミーチャ親衛隊員も手練れの術者が揃っていた。それでも十、二十の魔物を巻き込むのが限界であった。それも、長期的な戦いではそれも難しい。魔力の問題があるからだ。常に大規模な魔法を使っていれば、三十分も経たずに限界が来る。
もっとも、この世界においてはそれでも一流であるのだ。新人だろうがベテランだろうが、彼らを見れば賞賛すべき高みにいるのだと感じるはずだ。しかし――
「てやっ!」
再び吹き飛ぶ魔物の命。チャチャは、ただの一撃で何十、何百と葬り去っていく。数万という数だ。適当に撃っても当たるだろうの精神で魔法を打ちまくっていた。勿論、親衛隊を巻き込むようなそんなおバカな事はしない。
「あっちぃぃぃ!!」
……おバカな事は
「ぎゃーーー!!」
おバカな……
「ばっか! 危ねぇだろ!?」
強制的に発動しかけていた魔法を止めるイッチー。これ以上被害が出るのを防ぐことに成功する。
「なにすんのよ!」
「しっかたねぇだろ! もっと手加減して戦えって!」
命の懸かった戦いで手加減とは、これ如何に。ただ、チャチャも分からず屋ではない。渋々と戦い方を変えることにした。
「ま、適当ってのがダメなわけよ」
味方のいない場所へと魔法を撃ち始めるチャチャであった。
「ちょ、最初からそれやれって!」
「……てへっ?」
可愛くないってーの! 心の中でそう叫ぶイッチー。ただ、彼女に対しての怒りという感情は一切なかった。彼もまた、テンションが上がっていた一人であったからだ。
内心、彼はチャチャとまたこうして戦えることが嬉しくてたまらなかった。二年間、ずっと待ち続けていたのだ。聞けば強く成長したとのこと。実際に見違えるほどの成長であった。そのことが嬉しくてたまらない。若干顔がニヤつくのは仕方ないだろう。
「気持ち悪っ」
「うっせ!」
今日初めて、二人の混合魔法が放たれる。大きな魔法陣が幾重にもなり、天に聳える。打ち合わせも無しに、それを成功させた。
今までは、どちらかの魔法に片方がより効果が大きくなるように合わせていた。魔法発動後に、魔法を重ねる形である。これは一部の一流の者ならできることでもあった。しかしそれを今回、その常識をぶち壊した。
「……やるじゃん」
「……こっちのセリフじゃい」
混合魔法は、術の発動前に効果がより良くなるように更新していく方式。動的に行われることであり、難易度も跳ね上がる。ただ、その分効果は段違いであり、前例を見ない程に強力な魔法であった。
例えるのなら……料理。出来上がった物から始めるのか。それとも、材料を揃えるところから始めるのか。従来のは目玉焼きには醤油、塩、ソース……なにをかけるのか論争。今回のは卵料理は何が好き論争。といったところだろうか。
例外はあるかもしれないが、目玉焼きになにをかけても目玉焼きが美味しくなるだけだ。目玉焼きを卵焼きに作り替えることなどできない。目玉焼きにしかなりえないのだ。
一方で卵を使って何か作ってと言われれば、卵焼き、茶碗蒸し、オムレツ、更にはプリンなどのデザートまで。
混合魔法は、それほどにまで違うと言っていいだろう。二人は、二人だけの、二人にしかできない強力な力を手にしたのだ。
「……面白い」
一騎当千の二人に、そう声がかかる。親衛隊員でも、ミィでもない。知らない男がいた。
「来たわね」
「ああ、まんまとな」
征服派の一員であった。二人は、彼らを誘うのも目的のひとつであったのだ。これだけの軍勢を統率する者が何人かいるはずだと思ったからであったが、当たりだったようだ。
また一つ、戦闘が始まる中。
「ていやっ」
「おぉぉおん……」
「そいっ」
「ぴぃぃぃ……」
「たぁ!」
「ヴェェェエ……」
一人、自分の力を過信することなく、ミィは戦っていた。