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第八十三話 証



「僕を、僕達を信用してくれないのかい?」


 この問いが来ることを予想していたかのように、動揺することもなく、ただ笑って、神子ミカは言葉を返した。


 ジーンも全てを疑っている訳では無い。事実として、ジーンとチャチャを送り出し、そして二人の強化が叶っている。二人が不在だった期間、仲間の保護もしてくれていた。


「ミカ達には本当に助けられた。それはありがたいと思っている」


「それはどうも。じゃあ、何が信じられないのかな。何を疑っているのかな」


 神子ミカ達の言う精霊の保護、征服派からの解放。その考えはジーンも賛同していることであった。それに向けてこの二年、ミーチャもミィも一緒になって活動していたことも聞いていた。ドーシル達も、出来る限りのことをしてくれていたらしい。


「ドーシルもドートも、相当な実力を持っている。それは、実際に戦って分かった」


「えへっ。どれだけ強くなったのか知らないけど、まだまだ負けないからね?」


「ふむ。リベンジなら、いつでも受けて立つ」


 嬉しそうに、二人はそう言った。ジーンもまた、近いうちに再び戦いたいという気持ちが生まれてきていた。そんな気持ちは今は置いておき、気を切り替えるジーン。


「ここで一つ。どうして俺達を仲間として引き入れる必要があったのか、だ」


 ジーンもチャチャも、ドーシルやドートの力よりも数段劣っていた。わざわざ引き入れる理由は少ないように思える。

 となれば、最初に神子ミカと出会った時言っていたように“ミィ”がカギとなってくる。


「ミィを使って、何をする気なんだ?」


「何かをするだなんて、そんな計画はないさ」


 所詮ジーンとチャチャはおまけなのかもしれない。そうジーンは考え始めていた。

 ミィが言うには、何度も精霊を呼び出したらしかった。戦力増強、良かれと思ってやったことだ。実際、どの精霊も今では大事な仲間であり、悪用なんてこともされていない。


「確かに、何度か力を借りたけどね。でもさ、最初からそれを狙ってた訳じゃない」


「ミィの力が狙いじゃない?」


 神子ミカの言葉は逆に怪しまれることになる。

 ならば、何故接触をしてきたのか。征服派に奪われる前に? ならば最初からそう説明すればいい。わざわざアジトへ誘導させることもなかったはずだ。

 何もかもが、最善最速ではない。一直線でなく、曲がりくねっているように感じる。


「大切な人の子だから、では納得できないかな?」


 沈黙していたジーンに向けて、神子ミカが言った。


「大切な、人?」


 誰の事なのか。ジーンを含めて、神子ミカが何を言っているのか理解できなかった。

 文字通りならば、ミィの親が大切な人になる。神子とミィの親は知り合いで、その子供だから助けた。何も問題ないように思える。しかし、ミィ関連となると話は変わる。ミィは七〇〇〇年以上も昔の人間だ。ミィの親もそれは変わらない。


「お母さん達を、知っているんですか?」


「ああ、よく知っている。特に、君のお母さんはね」


 理由を聞く前に、神子ミカがそれを言葉にする。


「なんたって、君のお母さんは三代目の神子だったからね」


「お母さんが、神子、だった……?」


 ミィも知らない情報。驚きに誰もが言葉を出せなかった中、ドーシルが口を開く。


「神子様はどうしても彼女を、ミィを助けたかったのですよ。ずっと、ずっと昔からね」


 昔から、というのはいつからなのだろうか。ミィの母親が神子だった時にミィが封印されたとして、もっと早くに助ける機会はあったはずだ。何故、今まで封印を解かなかったのだろうか。


「色々と疑問はあるだろうけど、まずは僕の話を聞いてもらえるかな」


 嘘なのか、本当なのか。未だに判別がつかないが、断ることはできなかった。

 ジーンは頷き、神子ミカは嬉しそうに笑う。


「まず、どうしてミィの母親を知っているのか。それは簡単だ。その時、僕も生きていたからだ。彼女とは色んな事をした。旅もしたし、話もした。とっても大事な存在だったんだよ。この話が本当なら、あ、本当だけど、それだと僕が何千年も生きてきた事になるよね。そんなことが可能なのか。勿論可能だ。人と魚、別々の種で生きる時間が異なるように、僕と君たちとで寿命が違うからね」


 ミィとの繋がりも、助ける理由も一応は分かったことになる。


「まぁ、僕には彼女を救えなかったんだけどね。封印されることになってしまった。ごめんね」


「……でもお母さんも、他の皆だって、まだ助けられますよね?」


「ん、勿論。必ず救わなくちゃいけない。もっとも、それは君達の役目だけどね」


 神子ミカが指さすのはジーン。それに、チャチャやミーチャ、精霊達への言葉だ。


「どうして、俺達なんだ? ミカでもできるだろ?」


「ん、封印を解くことはね。でも、それじゃ皆を救えない。僕にはできないんだよ」


 封印を解くこと。それは、救うことには繋がらないと神子ミカは言う。


「だから、ミィの封印を解いたのも僕じゃない。あれは、偶然起きた事なんだよね。あの状況になるのは必然ではあったけど」


「封印を解いたのは、ミカじゃなかったのか」


「何度でも言おう。僕は封印を解いていない」


 話を聞くほどに混乱が生じていくジーン。

 

 ミィを、その母親を、一緒に封印された人達を助けたい。封印を解くこと自体は可能である。でも、自らが封印を解くことはしない。それでは救うことができないから。

 ミィだけが封印から解かれたのも偶然であり、しかしそれは必然なこと。


「ミカは、何がしたいんだ……?」


 気持ちの部分を問うたのではない。どんな行動をするのか、それを問うたのだ。


「――なにも」


 分からない。


「なにもしない」


 何を言っているのか。


「僕が力を使うことは無い。封印を解くことも、一緒になって戦うことも」


 分からない。


「……こうして口を挟むことはあるけどね」


 何かを成したいのなら、何か行動を起こす必要がある。何もしなければ、何も成すことはできない。当然のことだ。

 結果が出るのは、何かをしてから。何もしなければ、結果すらでない。起点になる何かをしなければならない。


 神子ミカは、それすらしないとそう言った。


「それで何か変わると?」


「そうだね」


「それで誰かを救えると?」


「勿論」


 同じ方向を向いているが、望む結果が違う。何か隠していることが必ずある。神子ミカ達に利用されているのでは、と。その可能性を少し考えていたジーン。


「君の思う理想のために、知恵を貸し、道を示そう。僕を大いに利用すればいい」


 そこから先の話は、頭に入らなかった。神子ミカが見てきた歴史、変化、世界の仕組み。

 大切な事を言っているはずなのに、耳が脳が受け付けない。話に集中することができなかったジーンであった。


「――それじゃ、またね」


 そう言われ、視界がぶれるのを感じるジーン。いつの間にか、別れの時間がきたらしかった。


 目に映るのは、ちぐはぐな空間。始道(しどう)という空間に入ったのだ。物事が生まれる場所だと、神子ミカが教えてくれていた。起点と終点。発端と結末。それを繋ぐ道なのだと。

 神子ミカがいた空間は、その果てであるという。何もかもが終わった空間。始まりも無く、だから終わりも無い。どうしてそんな場所にいるのか。また、そんな場所へ行けるのか。そこまでは、今は教えてくれないらしかった。


 始道を抜け、森の中。目の前には見慣れた建物がある。ジーンは大きく息を吸い、そして大きく吐き出した。乱暴に地面へと座り、右手で垂れる頭を支える。


「ジーン、大丈夫?」


 チャチャが心配して声をかけた。

 彼女が目を覚ましたのは、神子ミカの歴史の授業が始まった頃。何が起きたのか説明はされたが、実はよく分かってないようであった。


「……少し、いいか」


「ん、なに?」


 空いた左手を力なく差し出すジーン。


「手を」


 握って欲しいのだろうか? そう思って両手で包み込んであげるチャチャ。そこで、あることに気付く。

 手が、ジーンが、震えていたのだ。


 思わず、握る力が強くなるチャチャ。


「……ありがとう。ミカも、いいか?」


 ミカは我慢ならず、ジーンの手を抜け彼を強く抱きしめる。その行動にジーンは顔を綻ばせ、同じように抱き返した。


 彼は立ち上がる。


 ヒーは彼の胸に拳を叩きつけ、チーは彼の背中を掌で張り、フーは彼の手を包み、クーは彼の腰あたりに抱き着き、スイは彼の肩に乗り頭を抱く。


 イッチーは拳を突き出し、彼は拳をぶつけ返すことでそれに答えた。


「もう、大丈夫みたいね」


「あれくらいで気が揺さぶられるなんて、俺もまだまだらしいな」


 互いの魔力に干渉し、音を奏でる二人。


 残ったのはミィ。次はミィだよねっ、と待ち構える彼女に、ジーンは左の手を差し出す。不自然に小指だけが立ち、他の指は折り曲げられていた。


「えっと……」


「ミィも、やってみて」


 ジーンを真似るミィ。


「約束だ。必ず、ミィを護る。ミィのお母さんも必ずだ」


「……うん、約束」


 繋がれた二人の指。ジーンの手には、既に震えなど無かった。

 小さな魔力。二人の指に想いが形になって現れる。


「これは……?」


「約束の証、ってところかな」


 想いは繋がり輪と成る。


「ありがとね、ジーン」


 不意の贈り物に驚くミィは、そう反応するしかなかった。それから数日は、その指輪をぽやーっと眺める日々が続いたという。


 ジーンのお贈り物に驚いたのはミィだけでなく、過剰に反応するものが一人いた。


「ねぇっ!? 私には!?」


 チャチャだ。ジーンの肩を揺すり、自分へのプレゼントもおねだりし始める。


「はい、指出してー」


「分かった、分かったから。肩、肩痛いから!」


 互いに手を出すものの、チャチャの右手はジーンの肩から離れることは無かった。

 このチャンス、逃がすわけにはいかない! そう思っているかのようだ。……思っているに違いない。


「ん? 小指じゃないのか」


「いいから。私はこっちがいいの」


 繋がれた二人の指。小さな魔力。半ば強引ではあったものの、二人の指に想いが形になって現れる。


「ちーちゃん、おめでと!」


「ちーねぇやるじゃん」


「わぁ~、綺麗だね」


 何やら女性陣の反応がやたらと大きい。ミィの時よりも、だ。


「あんた、状況分かってる?」


 ミーチャがさり気なく声をかける。昔からの付き合いである彼女だからこそ、気になったのだ。


「ん? 状況、とは?」


「はぁ。ま、そうよね。昔からそう。知らないのなら教えてあげる。今あんたがしたことってね――」


「あー!! いー!! はいはい、そんなことより! ジーンありがとねっ。大切にするから!」


 ミーチャの言葉に割って入るチャチャ。そう言い終わると、ぷいっと背を向けミィ達を連れ家の中へと消えていく。


「……」


 ぽんとジーンの肩に手を置き、何も言わず去っていくミーチャ。憐みの表情だった気がする。憐れまれた気がする。


「まぁその、なんだ。……よろしくな」


 イッチーまで様子がおかしい。え、待って皆どうしたの。


「大事にしなきゃだよ?」


 ミカまでも。誰一人として説明をしてくれなかった。


「え、指輪だけでこんな? お守りとか、約束の証とか、そういうことだよな指輪って」


 幼少からそう教えられてきていたジーン。今回小指にした理由としては、朧げにある記憶を頼りにしただけ。誰とは覚えていないが、約束をする時は必ず小指を絡ませていたはずであった。


 ではチャチャが小指ではなく、別の指を指定した理由は何か。世間一般的にも、ジーンが教えられた風習は広まっている。何もジーンは間違えちゃいない。

 しかし、女の子は別であった。男の子には伝えることの無い、たった一つの違い。


『好きな人には、必ず薬指に指輪を貰いなさい。そうすれば周りが味方になってくれるから。いい? 薬指の指輪は愛情の証なのよ』


 古くからの文化であった。薬指に指輪があるということは、恋仲か夫婦であることを意味するのだ。たとえ本人に自覚がなくとも、周りからすればそうなってしまう。知らないなんて言おうが、そんなこと関係ないのだ。

 だから、女の子だけに教えられるのだ。好きになったのなら何が何でも手にいれてみろ、と。


 ただ、男性が完全に知らないという訳でもない。どこかで情報は漏れ、自然に広まっていくもの。このことを知っている男性は少なくない。

 もっとも、知らずに育っていく人もいるわけだが。ジーンもその一人だった。教えてくれる人が周りにいなかった、というだけである。


「今度、誰かに聞いてみるか」


 ジーンが事実を知るのは、もう少し先になりそうであった。


 何をしたいのか。彼はその想いを形にし、明確にした。迷うことはあっても、立ち止まることがあっても。彼は、再び進み始める事ができるだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「良かったんですか、あれで」


 何もない空間に響く声。


「勿論。ああでなければダメなんだよ」


「……本当に、また来るんですかね。彼」


「心配してるのかい? なに、大丈夫だよ。ほら」


 光面ウィンドウに映し出されるのは、座り込んだジーン。最初にチャチャに手を繋がれ、最後にチャチャへ指輪を送るところまで。一部始終を見届ける三名。


「あの子、やるね」


「……恐ろしいものを見た」


 兄と妹とでそれぞれに感想が違うようであった。


「ね? 心配いらないって」


 二人にそう言ったのか、自分に言ったのか。


「なんだか、不思議な感じですね。既に未来が決まっているだなんて」


「妹よ。確か決まっているではなく、決めているではなかったか」


「二人とも違うよ。ただ、決まった未来をなぞっているだけ。回り道も、寄り道も、そう見えるだけ。全ての事は、それが最善なんだよ」


 二人にはその感覚がイマイチ分からないでいた。分かっているのは、青髪を揺らす彼女だけ。


 碧眼を輝かせ、彼女は言う。


「皆の、ハッピーエンドじゃないとね?」



「ねぇ、どうして消えちゃったとら? どうして捨てちゃったとら?」


 そう何度も問いかける。


「ねぇ、どうして助けてくれないのとら? 私のこと、嫌いなのとら?」


 しかし、誰もそれに答えることはなかった。そんな時。差し出される手を取ってしまったのは、仕方ないだろう。


「この町を消してこい」

「こいつを殺してこい」


 ただ、その命令に従うだけ。必要としてくれる、誰かのために。


「次の命令だ。この男を、殺してくるんだ」


 私を捨てた人。裏切った人。憎い、憎い、殺したい。

 彼女は動く。湧き出る感情のままに。


「――死ねよっ! 私なんてどうでもいいんでしょっ!」


「……」


「壊れちゃえよ! お前も」


「……」


「壊れてっ、動かなくなったお前をっ、私はぁっ!」


「……ごめん」


「――」


 動かなくなるのは……どちらであるのか。剣を振り、想いを断つのは……どちらであるのか。


「ゆる……さ、ない」


「……」


「一生……ゆるさない、とらよ」


 消えゆくのは誰の想いなのか。


ミカ  「次回、もう一人の仲間登場!」

イッチー「お楽しみに!」


~注意~

次回の内容は予告なく変更される可能性があります。何卒ご了承のほどよろしくお願いいたします

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