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第八十二話 ちぐはぐ



 これで何度目になるのか。独特の浮遊感を味わいつつ、ジーンは目を覚ます。どれだけ気を失っていたのか分からないが、取り合えず魔法が成功したことは理解することができていた。


「あ、気が付いた?」


 ミカが視界に入り、それだけで安心するジーン。

 一回目とは違い、今回は自らの意志での転移だ。成功と失敗は隣り合わせで、それ自体は当たり前。でも、やはり怖いものは怖い。失敗は嫌なのだ。心の準備はしていたが、それでも成功した事実を前にすると嬉しさが込み上げてくる。


「どのくらい経ったんだ?」

「ん~、三分くらい?」


 正確な時間は分からないが、一分や二分は誤差だろうし気にしなくていいだろう。

 全員が揃っていることを確認し、再び周りに目をやる。何度見ても不思議な空間であった。


 何かを見ているようで何も見えない。歪んでいるのか、そうでないのか。進んでいるのか、落ちているのか。

 色に形に時間に。全てがちぐはぐな空間。不安を感じることは無いが、もっと奥底に感じるものがあった。好奇心なのか、恐怖なのか、それとも感動であるのか。


「ここがどこなのかって、分かるか?」


 未だ目の覚めないミィ、チャチャ、ミーチャの三人を引き寄せつつ、ジーンが聞く。


「えっとね、どこでもない場所? が一番近いのかな」

「入り口はどこにでもあるけど、出口は限られてるっぽい気もするな」


 ミカとイッチーが答えた。どこでもない場所? ぽっかり空間に穴が開いていて、ここはその中。みたいなイメージでいいのだろうか。いやでも、そんな場所があったら普通気付くだろうし。などと考えるが、まとまる様子の無いジーン。


「ねー、ミィとちーちゃんはだいじょーぶなの?」


 ツンツンと身体のあちこちをつついているスイ。

 心配するのはいいが、つんつんはやめなさい。あ、ほらそこは際どい部分だからっ。見てるこっちが怖いから!


「やめなさい、スイ」

「へ?」


 タイミングが悪かった。注意したはいいが、そのタイミングが悪かった。

 ジーンの言葉に振り向くスイ。それと一緒に手も止めて欲しかった。


「ふがっぁ、あっ……ぅ」


 わざとだろう。そう思える程に的確であった。彼女のために具体的にどことは言わないが、敏感な部分にスイの指が刺さった。


「そうはならんでしょ!」


 急いでスイを引き離すジーン。微妙に抵抗があったのは気のせいだと思いたい。スイの指がぐりぐりと半回転を繰り返していたのは気のせいだと思いたい。


「スイ。そーゆーとこ、直さなきゃだめよ」

「ん~? なんのこと~?」


 フーの説教が始まりかけるも、スイのお気楽モードには勝てなかった様子。本当に分かっていないのか、全てが演技なのか。スイ、恐ろしい子である。


「……長い、な」

「あ? 転移時間のことをいってるのか?」


「……そうだ」

「確かにな。まぁ、大勢だし? 遠いし? ってことなんじゃないか?」


 ヒーとチーが言う。


「えっと、情報量……とかも関係ある、かも」


 クーは続けて言う。


「砂時計、なら分かりやすいかな。物がいっぱいなのに、出口が狭いから全部通るのに時間がかかる……みたいな」

「あー、私も膨大な量の情報を管理してるから、ちょっと分かるかも」


 クーの言葉に反応するミーチャ。いつの間に起きたのか、少し驚くクーと他七名であった。

 大変だよねとクーに同意を求めるが、別にクーは気持ちが分かる訳では無い。それでも、そうだねと合わせてあげているあたり、クーの優しさが伝わってくる。


「でもそれだと、いつもやってる転移でこの空間を通らないのは、どうしてなんだ?」

「それは……分かんないけど」


 幾つか意見を交換したが、結局答えは導きだせなかった。出来れば自分たちで答えを見つけたい所だが、ヒントくらいはもらいたいという気持ちであった。神子に会うのだから、その時に聞けばいいという事に落ち着く。


「? あれ、ミィ……」


 薄く開いた目で、周りの状況を確認するミィ。見知った顔を発見し、安心したようす。ぐぐっと身体を伸ばすが、周囲の様子に驚きの声をあげる。

 

「え゛。なに、これ」


 お天道様がいない!? とあたふたしている。かわいい。

 そんなミィを見守る一同であった。


 それにしても、チャチャはいつ目を覚ますのだろうか。ミィよりも寝坊助なのは皆が知ることではあったが、こんな状況であるのだ。流石に心配し始める。


「ちーねぇ、だいじょーぶ?」

「おーきーてー」


 ミィとスイは、チャチャの身体を揺すって声をかける。しかし反応は無い。


「ちーちゃん、ごめんね!」


 ぺしりとチャチャの頬を鳴らすフー。しかし反応は無い。こてん、と反動によって首が動いただけであった。


「一番負荷が大きかったのかもしれないな」


 魔力を最も負担したのがチャチャであるため、反動がより大きかったのでは。その可能性を伝えるイッチー。


「そう、か」


 ジーンはチャチャの手を握り、感謝の言葉を呟く。


 俺にもっと魔力があれば。

 俺が一人でやれるだけの力があれば。


 そんな言葉は聞きたくないだろう。彼女が目覚めた時に“ありがとう”と、そう言おうと思うジーン。


 暫く、会話がなくなる。それでもそこは、静寂とは程遠い空間であった。

 風、ではないのだろう。高く心地よい音、低く心地よい音。それらが合わさる瞬間。低く、いたずらに意識に触れてくる音。高く、意識にちょっかいをかけてくる音。それらが合わさる瞬間。かと思えば、一切が消える瞬間。


「ん、もうすぐだな」


 音という情報に気をとられていた中、その声に正気を取り戻す一同。


「ジーン、分かるの?」

「なんとなく、だけどな」


 その会話を聞き、気を引き締め直す一同。チャチャを除いて。

 ジーンは彼女を抱え、その時を待つ。


 この感覚も何度目になるのか。

 視界が明け、真っ白な空間に目が戸惑う。


「――や、久しぶりだね。ようこそ、僕の部屋へ」


 そう声がするまで、そこにいると認識できない存在。

 いや、今回は少し違った。二人は認識できたが、最後のその一人だけが認識できなかったのだ。


「――久しぶりだな、ミカ」


 ミカは椅子に座り、本当に嬉しそうに笑っていた。

 その後方へ控えるのは、ドーシルにドート。


「今回は、こちらが呼ぶ必要は無かったみたいだね。二人の成長が嬉しいよ」

「ま、相方は今お休み中だけどな」


「ゆっくり休ませてあげてよ。時間はたっぷりあるからさ」


 ミカの言葉が終わると、目の前にベットが現れた。まるで最初からそこにあったように、それを違和感なく受け入れるジーン。そこへチャチャを寝かせ、用意された椅子へと座る。ミィ達もそれに倣い、腰を下ろしていった。


「あ、初めましての子がいるね。僕はミカ。今代の神子として人生を捧げる存在さ」


 聞き覚えのある言葉。同じように自己紹介をされたのをジーンは思い出す。


「こんなにも沢山の人が訪れるのは初めてじゃないかな? ねぇドーシル」

「はい、間違いないかと」


「だよねっ。うれしいなぁ! ねぇドート」

「はい。俺も神子様と同じ気持ちですよ」


 もう少し言動が軽いイメージだったドーシルだが、今は敏腕秘書を思わせる態度であった。ドートは変わらず、といった感じだ。もっとも、ジーン達は二人をよく知っている訳ではない。気に留める事は無かった。


 ただ、一つだけ。たった一つだけ気になっていることがあった。


「えへっ、うれしいなぁ」


 ブラブラと足を前後に動かし、喜びを表現していた神子ミカ。

 ただ、ただ一か所だけ。ジーンは不自然に思う。


「あの」


 ドーシルが一言。


「いつまで繋いでいるんですか? 私の手」


 それなのだ。ずっと気になっていたのは。


「あっいやこれはだな」


 言われるまで気付かなかった様子。離した手のやり場に困ってあたふたする神子様。


「い、いつからだ。いつから手を繋いでいたんだ!」


 最初から、今までずっとだった。最初の威厳あるセリフも台無しな程に。


「怖いのでしたら、いいですよ? 私がずっと繋いでいてあげます」

「ふんっ、さっきまでのは気の迷いだ。もういい」


 あら残念、と差し出したてを引っ込めるドーシルであった。

 怖い、という言葉が気になったが、それを聞くことは出来なかった。何故か。彼女の雰囲気が変わったからだ。戻ったと言ってもいいかもしれない。初めて会った時の彼女に戻ったのだ。


「恥ずかしいとこ見られちゃった。このことは内緒ね?」


 立てた人差し指を口元へ当てる神子ミカ。しーっ、のポーズだ。

 空気が変わったのを無意識に感じ、知らず知らずの内に緊張に包まれてしまっていたミィ。そんな彼女に気付いた神子様は、あの言葉をかける。


「ほら。笑って~、にこっ」


 目が合い、自分に向けての言葉だと理解するミィ。だが、すぐに反応数ることが出来ずにいた。そこでもう一度。


「笑って~、にこっ」

「に、にこっ」


 彼女の不安を僅かでも取り除けたことに満足する神子様であった。


「それで、今回はどうしたのかな」


 チャチャがまだ寝ているが、仕方がない。

 二人が転移させられた世界について。ここに来るために通る空間について。この世界の現状について。どれも聞きたい事であった。


「なぁ、ミカ」

「うん、なんだい?」


 しかし、ジーンが最初に聞いたのはそのどれでもなかった。


「ミカ達は、本当に俺達の味方なのか?」


 ニヤリと、神子は笑った。



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