第八十一話 知らぬ顔
ミィをはじめ、ミーチャ、ミカ、イッチー、ヒー、チー、フー、スイ、クー。九人の仲間と再会を果たすことが出来た。
ジーンとチャチャの二人からすれば数か月ぶり。ミィ達からすれば約二年ぶりとなる。
話したい事、聞きたい事などいくらでもある。すぐにでも腰を落ち着けたい気持ちを、誰もが持っていた。しかし、一同は未だ家の外にいた。
「えっと……あれ、おかしいな」
突然の事で腰が抜けたのだろう。玄関先で座り込んだまま、ミィは動けなくなっていた。
仕方なしにジーンが彼女を持ち上げようとする。
「あ、だめちょっとまって」
しかし手のひらをジーンへと向け、それを拒むミィ。
はーふーはーふー。深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けようと努める。
はーふーはーふー。
はーふーはーふー。
「よしっ」
全然良くなかった。こてんっとうしろ向きに倒れてしまうミィ。
「……ちーねぇ起こしてぇ」
恥ずかしかったからなのか、頭を打ったからなのか、涙目になりつつミィは助けを求めた。
かわいいかわいい妹の頼みだ。断わる理由もない。むしろそう言われる前に動き出していたチャチャ。
「えへっ、ありがとちーねぇ」
「ん、どういたしまして」
チャチャがミィを向き合う形で抱き起した。
尊い。この光景を、一人の精霊はそう表現していた。
二人が微笑み合う姿。
首辺りに顔を擦り付け、めいっぱいに愛情を表現し、それを受け入れる互いの信頼関係。
屈託のない笑顔を姉に向け、慈愛の笑みでそれに答える。
あぁ、なんとも尊い光景なのだろうか、と。
「え、フーちゃん大丈夫? なんか……凄いことになってるけど」
異変に気付いたのはクー。初めて見る仲間の表情に驚いてしまっていた。
「あー、まぁ大丈夫だ。心配しなくていいぞクー」
「……いつものことだ」
「え。いつもって、僕初めて見るんだけど」
フーとは古くからの知り合いであったヒーとチーの言葉に、更に驚くことになったクー。
「あーもーだめだよフー」
ふきふき。フーの緩んだ口元を、布巾で拭うスイ。実に手慣れた手つきであった。
このやり取りに驚いていたのは、何もクーだけではなかった。
「……っは。ま、マスター。いえ、これはその、えっとですね。今まで隠していたとかではなくその……お気になさらずに」
いや気になるけどね! そんな言葉をぐっと抑え込むジーン。ここで話を広げる必要は無い。いずれ詳しく聞くことになるだろうが、それは今ではないのだ。
「皆何やってるの?」
「あのね、お菓子もいっぱい作ってあるの! 皆で食べよ?」
一連のやり取りを知らないチャチャ。家に入るように皆を促す。
丁度女子二人の死角かつ意識外だったのは良かったのかもしれない。
「お、ミィの手作りお菓子か。楽しみだな」
お菓子と聞いて、皆のテンションが目に見えて上がる。そして、その反応を見てミィ自身も嬉しくなってしまうのだった。
大勢が揃って食卓を囲んだのはいつ以来だろうか。ジーンとチャチャが消えてから二人がいないのは勿論だが、精霊達も散り散りになってしまっていたのだ。普段はミィとミーチャ二人。何日か置きでミカやイッチーが来ていたが、基本は二人きりだった。しかもミーチャの都合が悪い時もあった。そうなればミィは独り。大勢でいるのが普通だったミィにとって、独りというのは辛いでは言い表せない程の事だった。
こうしてまた皆でいられる。それだけで胸がいっぱいになるのを感じているミィ。無意識の内に、チャチャを抱く力が強くなってしまう。
チャチャはそれを感じ、同じように抱きしめることで返したのだった。
もう離れたくない、もう離したくない。
その想いは温かな輝きとなり、この先二人を。そして仲間を照らす光に変わるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ほんとに会えるのかな?」
「やってみなきゃ、でしょ?」
数時間ほど言葉を交わしていたジーン一行。しかし、とある疑問を晴らすため揃って家の外へ出ていた。
とある疑問とは、ジーンとチャチャが転移させられた世界。あれはどこなのか、だ。その答えを持っているのはたった一人。
「その神子様も……ミカってお名前なんだよね」
「同じ名前なんて沢山いるだろ」
「まぁ、ジーンのミカは僕一人だけだけどね! 神子さんは二番!」
ジーンはある程度の予想はしていた。過去か未来か。つまりは時間軸の異なる世界である。
別の星だとかも考えたが、判断材料が足りなかった。
共通の言葉、同じ体型、見覚えのある場所。時間の跳躍が可能というのは、ミィが言っていた事でもある。過去もしくは未来という可能性が高いだろう。だが、それはあくまでも予想である。確定事項ではないのだ。
「場所は俺が」
「魔力は私が」
「僕が導き」
「俺が支える」
「願うのなら」
「……挑戦するのなら」
「それを叶えるのが」
「そ、それを実現させるのが」
「わたしたちの、やるべきこと」
膨大な魔力反応を検知し、大急ぎで対応に追われる職員もとい保護派の観測員達。有能であったミーチャの部下も慌てふためく。
どうして事前に言わなかったのか。なんてことはない。ただ忘れていた、こんな事になるとは思わなかった。というだけである。後日、驚くからやめれと怒られるミーチャであった。
光に包まれた十一名の姿が消える。無事、転移の魔法が発動したのだ。もっとも、神子の元へとたどり着くかどうかは別であるが。
大勢での転移。不確定な場所への転移。それらを問題とすることなく、彼らはそれを行った。有り得ない、異常、化け物。この世界での常識では、彼らを理解し得ることが出来なかった。
最先端を行く者達。つまりは保護派の職員たちであるが、その彼らですらも驚きに戸惑っていたのだ。誰に理解できるはずもなかったのだ。
数名を除いて。
「――こいつ……分かっているのか?」
「…………」
「あ、そいつ反応ないから無駄無駄ぁ」
「せ、先輩、お疲れ様です」
「お疲れちょー。ま、命令には忠実だから安心しなよ」
「どうして反抗とか……しないんですか?」
「どうしてって、そりゃお前“道具”だからだよ。石っころに意思がないように、“道具”にも意思ってないよね。だから反抗なんてしない。しゃべりすらしない」
「成程、勉強になります」
「真面目か君は。まーこっちに来て日が浅いようだし? 徐々に慣れてちょー」
「はい! では失礼します」
「………………」
「……とは言ったものの、心配は心配なんだよねー。彼らにどの程度通用するのかな、これは」
二人の帰還を起点に動き出すは、世界の終わりか始まりか。
神歴八一二八年。誰かの思惑なのか。はたまたそれは星の意志なのか。世界は大きく動き出す。
「ねぇ、こっち来てるよね?」
「はい、そのようですね」
「どうしよどうしよ!?」
「何か問題が?」
「だって、二年だよ? そんなにかかるって思わなかったし、絶対怒られるって! 最悪殺されるかも……」
「はぁ、彼らがそんなことをするはずないでしょう。それにまだまだ彼らには負けない程の力をお持ちでしょうに」
「そこは気持ちの問題だよぉ~どーしよぉ~」
「二年前のようにどっしり構えていればいいんですよ。まぁその時は私、いませんでしたけど」
「……ま、そうだよね」
「そうです。いつものように、です」
「にこっ、だね」
「にこっ、です」
「よしもう大丈夫だ。ありがと」
「お役に立てたようで何よりです」
「……もう来るね」
「はい、もうすぐです」
「…………」
「…………」
「――や、久しぶりだね。ようこそ、僕の部屋へ」