第八十話 ただいま
ミーチャは、二人が消えた後に起きた事や変わった事を二人に伝えていく。
まず、どれだけの月日が流れたのか。おおよそ二年であるとミーチャは言った。
「ルークスが言ってた誤差……ってことだよね」
「二年しかズレなかったと思えばいいのか、それとも二年もズレてしまったと思えばいいのか……分からんな」
待つ側にしてみれば二年という期間は長かったのは事実。しかし、何もかもが手遅れだといった状況ではない。最悪のパターンじゃないだけマシ。そうミーチャは考えているようだった。
「まぁ、成長した二人には期待してるね?」
そう笑顔で語るミーチャであった。
後は二人が消えたから、徐々に征服派の勢力が大きくなってきたこと。保護派の人たちと協力し、対抗してきたこと。ミーチャ自身の、今の役職や立ち位置なんかも教えてくれた。
二人とも、最初はミーチャの話を聞いていた。しかし、二人が一番聞きたかったのは世界の異変ではない。一度ミーチャの話を止め、声を揃えて二人は言う。
「ミィを見ないが、どこにいる?」
「ミィは今どこにいるんですか?」
少し呆れるミーチャ。しかし、一刻も早く無事を確かめたい気持ちも分かるのだ。ここは素直に教えることにする。
「今は……家かな? ついてきて」
家とはどこなのか。二人が真っ先に思い浮かべたのは、ミィと過ごしたあの家だった。
ここはミーチャに従った方が早いので、二人は素直に後ろをついていく。
しかし、それも数十秒の間だけ。チャチャが急に走り出したのだ。それに続き、ミーチャを持ち上げ、ジーンも後ろをついていく。
「きゃぁっ! 何!? どうしたのよ!」
驚きの後、状況を確認し恥ずかしさがやってくるミーチャ。見知った顔の前で抱っこされるのは慣れてないらしい。まぁ、それが普通だとは思うが。
驚いているのはその他の職員も同じで、すれ違う誰もが目を点にしていた。自分の上司が知らない人に抱っこされているのだ。驚くなという方が無理であった。
では、二人が突然走り出した理由は何か。
「早く会いたいって気持ちは分かるだろ?」
そう言い右へ左へ通路を曲がっていく。
「場所が分かったの!?」
ジーン達は知らない事だったが、結界等で魔力による探知がされないように対策はされていた。敵に攻められた場合を想定していたのだが、二人には意味が無かったようだった。
二人が成長している証拠を早速見せつけたのある。だが、驚き恥ずかしのせいで二人の成長を確認できる程の余裕が、今のミーチャには無かった。
そして三人はひとつ、また一つと扉を抜け外へ出る。目に飛び込んできたのは見覚えのある景色。上からはよく分からなかったが、いつも見ていた高さになってようやく理解する。
ミィがいる場所の目前。あと数歩といったそのタイミングで、何かにぶつかる。いや、ぶつかられた。
「ジーーーーーン! 会いたかったよぉ!」
耳元で、久しく聞いていなかった声がした。
後ろから誰かに抱き着かれ、少しバランスを崩すジーン。それでも倒れるなんてヘマはしない。きゅっとブレーキをかけ、声の主をその眼で確認する。同時に、声に反応したチャチャも振り返ってしまった。――スピードを緩めることなく。
「え? な、に゛っ!?」
壁に激突するのは必然だった。
「はぁ、成長したのかしてないのか……ま、無事で何よりだな」
痛みにビクンビクン身体をのけ反らせるチャチャだったが、その声を耳にし目を向ける。
「あはは、相変わらずだね。ちーねぇは」
二人が目にしたのは相棒とでも言うべき存在。
「ミカ!」
「イッチー!」
己が契約した精霊の名を呼ぶ二人。
「私達が」
「い、いることも」
「忘れちゃ」
「……困る」
「あるじおかえりー」
続々と集結する仲間。ジーン達からすれば数か月。精霊達からすれば二年。
喜びを爆発させ、あれやこれやとお祭り騒ぎ。爆音爆光どんちゃん騒ぎ。
収集がつかなくなり始めた頃、家の扉が音を鳴らす。
ギギギッ
開きますよーと音で察知できるよう設計された扉が、ゆっくりと口を開いていく。
「さっきから何やって……る…………?」
一人の少女が中から出てくる。
少女の目に映ったのは、大騒ぎする精霊達ではない。ここ二年ずっと一緒にいたミーチャでもなく。心配だからと傍にいてくれたミカやイッチーでもなかった。
心配で心配で。寂しくて寂しくて。我慢して我慢して。会いたくて会いたくて。
気にしない日など一日として存在しなかった。日々、その想いを募らせてきた。
たった一人で時間を超越した彼女にとって、最も信頼できる相手。誰に代わることもできない唯一の存在。
するすると力が抜けていき、ぺたりと座り込んでしまう。少女は突然の事に整理ができずにいた。
二人は座り込んでしまった彼女へ近づき、膝を折り目線を合わせる。
「ぇ……ぁ」
少女は未だ声も出せずにいた。そんな彼女への最初の一言。
「ただいま」
「ただいま」
顔がひしゃげる。
この二人に、その声で、その言葉を。ずっと、ずーっと待っていたのだ。
彼女が返した言葉は一つだけ。
「おかえりなさい」
その一言に。
そのたった数音に。
ミィの想いが詰まっていた。