第八話 ミィと出会うまで(5)
日が落ちてしまったので、今日の捜索はここまでにすることをチャチャに伝えるジーン。元々ここに着いた時から決めていたことだ。
食後の片づけを済ませてから、チャチャへの結界魔法習得の授業を再開した。
「属性魔力ってどうすれば混ぜられるんですかぁ?」
両手を前に突き出してチャチャが聞いてくる。「ふぬぬぬぅ……」と試しているが、残念ながらそんなに簡単にはできないようだ。
「『魔力を混ぜ合わせる』ということを実戦で使えるレベルに到達するまでには、センスの良い人でも数か月、普通なら遅くて数年は掛かるということを伝えておく」
「えぇ~、そんなに!? わ、私はやっぱり無理だったようですねぇ……さっきまでは順調だったのになぁ……」
チャチャのヤル気がみるみるうちに無くなっていき、表情も暗くなっていく。
「まあ、そんなに落ち込まないで。これは一人でやるならの話だし、二人ならもう少し効率よく出来るから」
ジーンがそう言うと、チャチャの表情が少し戻ってくる。
「……それでもぉ、普通は数か月掛かるんでしょう?」
「そう、普通ならどれだけ頑張ってもそれぐらいかな。でも、ここには俺がいる」
ジーンが自信をもってそう言うと、チャチャは疑った目を向ける。それはもう疑いの目コンテストがあったら(以下略)。
そんな目で見られると傷つくのでやめて欲しいのだが。
「……それで、ジーンが手伝ってくれるとどれだけ短くなるのかなぁ?」
「個人差はあると思うけど、遅くても一週間で実戦レベルには出来ると思う?」
なぜ疑問形? とは口には出さないチャチャ。しかし、ジーンの言葉にチャチャは更に疑った目を向ける。それはもう(以下略)。
「どうしてそんなに短くなるんですかぁ? ヤバイ方法だったら遠慮したいんですけどぉ」
「少しは信頼してくれてもいいと思うけど……一言で言えば、俺にも分からん。昔何度かやっただけだし。それでも一週間程度で実戦で使える最低限には合格できてたし、副作用みたいなのも無かった。安心はしていいとは思う」
ジーンは何人か冒険者に魔法について、教えていたことがある。要するに弟子を持っていた。その時は結界魔法だけでなく、色々な魔法を教えていた。
その際も魔力を混ぜ合わせる壁にぶち当たっていた訳だが、今回行う方法を試したらすぐに習得に至ったという経験があった。
ちなみに、その時に教えた人達はほぼ高ランク冒険者で有名になっている。そのことも忘れずにチャチャに伝えておく。これで少しは信じてくれるだろう。
「約束ですからねぇ? それならぁ、やってみようと思いますぅ。どうすればいいんですかぁ?」
色々と説明し、やっとのことでチャチャにやる気を出させることに成功。
最後に何故か“町に戻ったら買い物に付き合う”という条件を付けられてしまったが、気にしたたら負けだろうと思い気持ちを切り替える。
「そういえば何の属性が使えるのか聞いてなかったな。使える属性と得意な属性を教えてくれ」
「えーっとぉ、私が使えるのは水と風です。得意なのは風属性ですかねぇ。ちなみに火属性を今練習中ですねぇ」
水と風。この二つは性質が似ていて、どちらかが使えるようになればもう片方も習得しやすい傾向にある。そのため水と風をセットで使えるようにしている人が多いのだ。
それに水と風は相性が良いため、混ぜ合わせやすい。この二つを習得出来ていて良かった。
「それなら、風属性の魔力を手に集めるように意識して。その後、こっちで水属性の魔力を重ねていくから」
そう言ってジーンがチャチャの手を持つ。「ふぅー……」と一度深呼吸をして、意識を集中させていくチャチャ。
魔力が集まってくるのが伝わってくる。
ジーンもそれに合わせて、魔力を手先に集めていった。
ジーンの魔力とチャチャの魔力を混ざり合っていく。ぼんやりと、魔力によって重なる手から光が漏れる。
最初はお互いが色を主張し合っていたが、ジーンによって調和が生まれる。
「どうかな? 魔力が混ざったのが分かると思うけど」
そうチャチャに聞くと、閉じていた目をゆっくりと開いていく。
「これはぁ……維持するだけでも相当えらいですねぇ……」
「そうだね。それでも最初でこれだけ維持できるの人は少ないかも。まぁ、魔法を発動させるだけなら維持する必要はないんだけど」
チャチャは少し汗をかいて、息も上がっているようだ。
チャチャに言ったように維持の必要がない、というのは本当のことである。しかし、魔力を維持することは全く意味が無いのか。そんなことはない。
チャチャを見ていて分かるように、魔力を維持するということは集中力がいるし難しい。このことから魔力コントロール、魔力量の最大値増加など、修行として役に立っている。
次は、魔力を混ぜ合わせるのをチャチャ一人で行う必要がある。
「これを一人でやらなきゃいけないんだけど、出来そう? あと何回かは手伝うけど、一人で、っていうのが大切だし、二人に慣れちゃうと逆に出来なくなるかもしれない。感覚だけでも伝わってればいいんだけど」
「大丈夫だと思いますぅ。感覚は掴めたはず……後は一人でやってみますねぇ」
そう言ってチャチャは魔力を集め始める。少し水属性が風属性に混ざっていくのが分かった。理想は混ぜ合わせる比率を自在にコントロールできることなのだが、今回はそこまでは求めない。
複数の属性を使う魔法は難しく、属性の比率が結構厳しいものが多い。しかしその一方で、結界魔法は少し雑でも発動してしまうガバ魔法だ。なんとなくできればそれで良い。当然発動時間が短くなったり、耐久力が落ちたりといったデメリットはあるが。
もっとも、命がけの場面、予想外の事態ではその少しが命取りになる。発動するからと安心はできない。これから精度を高めていく必要がある。
見た感じ大丈夫そうなので、少し周りを見てくると伝えてからジーンは歩き出す。魔物は出ないので心配はいらないが、何となく体を動かしたい気分になったのだ。
魔法で明かりを作り出し歩いていたが、しばらくするとあることに気付くジーン。
「あれ? わざわざ火、起こさなくても良かったんじゃ……」
別に明かりは魔法で作れたし、料理に必要な熱とかも魔法で何とかなったはずなのだ。なのにどうして、わざわざ火を起こしてしまったんだ? うーん……分からぬ。チャチャも自然にそうしていたし、特に何も言われなかったから別にもういいか。
そんなこと考えていたら、ジーンのレーダーが何かに反応した。まだ少し距離があるが、魔物にしては反応が小さいし動きも遅い。警戒しながらも近づいていく。
距離を詰めていくが、正体が何なのか分からない。念には念を入れて結界も張り準備を整える。防御はこれでばっちり、のはずだ。
あと十数メートルのところまできて、ジーンは足を止め明かりを反応がある方に向ける。木が邪魔でまだ姿は見えないが、ジーンは少し焦っていた。
近づいたことで分かったのだが、ここにいるはずのない反応だったからだ。自身の目で見ないと納得が出来ない。あちらから姿を見せるまで、ジーンはじっと待った。
ガサガサと音が聞こえるくらい、近くまで来たそれ。すぐ近くの木に隠れたまま、なかなか出てこようとしない。
「もし、言葉が伝わるのなら出てきて話をして欲しい。俺は君を傷つけるつもりはないし、事情を聴きたい」
ジーンがそう言うと、トコトコと目の前まで歩いて出てきてくれた。思った通りレーダーに反応したのは、魔物ではなかった。
それ――その子が疲弊しきった様子で近づいてくる。大丈夫かと声をかけようとした時、その子が倒れそうになった。
ジーンは何が起きても大丈夫なように気を張っていたので、すぐさまに反応する。贅沢なまでに力を使って、衝撃が無いようにしっかりと受け止める。
「おい、大丈夫か? 何があった?」
「お……おなか……すい……た……」
その子は既に限界が近かったのだろう。想いの込められたその一言を伝えてから、ジーンの腕の中で意識を手放してしまった。
……いや、一言目が「お腹空いた」ってどうなのよ。