第七十八話 帰還の日
帰還の日、お家近くの開けた場所。ルークスをはじめに、メイ、ユイ、リイ、レイ。リシオ。シロ。子ペット達。それによっちがいる。
それぞれに別れを告げ、ジーンもチャチャも気持ちの整理は既に終わっていた。最後の最後まで泣いていた幼女組も、今は笑顔でチャチャと話をしている。
「次に来たらいっぱい遊ぼ!」
「約束ね!」
ユイリイとの約束。
「レイもね、こんどはいっしょに行きたい!」
レイの願い。
「これ、持ってって」
メイの想い。
メイに渡されたのは三日月形のペンダント。少し魔力を帯びているのが分かる。
たった一つのアイとの繋がり。アイの形見とも言える魂の残滓。それをメイは分け与えたのだった。
「ありがとう」
「大切にするね」
戦闘の邪魔にならない位置に縛り付けるジーン。大切な物が増えたと、二つ目になるペンダントを首にかけるチャチャ。
最後とは思いながらも、やはり別れが惜しくなってしまう。特にユイとリイがあのねあのねと必死に話題を探していた。
このまま幼女組に合わせてしまえば、いつまでも待つことになってしまうだろう。準備が整った以上、この世界に留まる理由は……ない。
元々、神子ミカによって修行のためにと連れてこられた二人。どちらもが、この世界に来た頃よりも確実に成長している。精神、技術、肉体も強化されたが、最大の収穫は空想を現実へと昇華させる力だろう。
二人の成長は、ルークスとよっちも公認の事である。すなわち、当初の目的は達成されているのだ。
ただ、この世界にも問題は山ほどある。あるのだが、二人が解決しなければならない事ではない。この世界は、この世界の人間が動かしていかなければならないのだ。
冷たくは無いのか? 元々いるはずのない存在ではあるが、既に関わってしまった。ならば助けるべきではないのか。
しかし、チャチャもジーンも心に決めていることがある。二人に迷いは無かった。
「じゃ、そろそろお別れの時間だ」
ルークスの言葉に、シロが前へ出る。見送る側と、見送られる側に挟まれる形になる。
最後にと言って姉妹四人と抱き合い、そして四人は離れていく。シロを境界に完全に分断された状態になった。
シロから大きな圧力を感じる。膨大な魔力を保有しているためであった。
何十何百という魔人のエネルギーを前に、自然と身が締まる。
「わっふ」
「二人とも手を繋いで。じゃないと、あっちで別々の場所にいっちゃうからね」
魔法を発動させるのはシロ。指示や注意事項を伝える。
勿論二人には伝わらないため、ルークスが通訳をする。
「わっふ、わふわふ」
「大分高い場所に出ると思うから、そこは勘弁」
少し適当なのはルークスの性格が出ているのだろう。分からないからちょっと誤魔化している。なんてことは無いと信じたい。
「わふ、わっふわふ」
「前にも言ったけど、時間のずれも勘弁」
「わっふわっふわふ。わふわふわふ、わっふわっふ」
「それじゃ、二人とも魔力で身体を覆って。多少の負荷は我慢してねわっふわっふ」
おいその通訳信用して大丈夫なんだろうな? 最後なんか余ってたぞ。
そんなジーンの気持ちも知らず、唐突にシロの魔法が発動する。
――絶対、こんな世界にしちゃいけねぇぞ
それが、聞こえた最後の言葉だった。
気が付けば景色が変わっていた。転移と同じような感覚。
光に包まれた後、閉じていた目を開けたらこれだ。
「これ、大丈夫……だよね?」
おいおい。俺も不安なんだぜ?
そんな事言えるはずもなく、大丈夫だとジーンは告げる。
「あれだな。神子ミカがいた場所へ転移していた時と、今いた世界へ転移した時と。それと同じ感覚だ」
「ん~、言われてみれば?」
なんにせよ魔法が発動したのだ。シロを信じるしかない。
カチ、カチ、カチと。
時計が時を刻むように。
トクン、トクン、トクン。
二人は時を刻む。
トクン、トクン、トクン。
トクン、トクン、トッ、トッ、トッ。
トッ、トッ、トッ。
ついに。
トッ、トッ、トッ。
舞い戻る。
薄暗い視界が明け、陽に照らされる。
空は澄み、大地は青々と、海は煌めいている。
この景色を見たのは自分が初めてだろうと。そう二人は確信する。
それもそのはず。高度数万メートルの、空気すら地上の何千何万分の一しかない空間だ。そこに二人はいた。
互いに離れないよう身を寄せている。そのせいか、二人とも何故か怖さは感じなかった。
「き、綺麗……って違う違う。え、これどうするの」
「……今は、景色を楽しめばいいさ」
パラシュート無しのスカイダイブ。
だとしても。まぁいいかと、チャチャはその景色を焼き付けるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――忙しくあっちへこっちへと行き来する職員。一人、また一人と資料を手渡しし、そしてまた別の一人へ。
広く狭い空間。見上げれば高くに天井が見える。しかし、自分達が行動できる範囲には物が多く人も多い。
そんな中たった一名、立体的な移動を繰り返していた。
「はいこれ、よろしく~」
「かぁーまた増えた! おい、確認しとけ」
資料を渡され、声を荒げるチームリーダー。仕事が重なりに重なり、相当ストレスがたまっているご様子。内容の確認を部下に任せ、その部下から別の資料を貰う。
「終わったもんだ。この二つは二個上によろしく」
「はいはい~、お疲れ様です」
資料を受け取り、すぐに目的地へと向かっていく。
「いやー、カッコイイっすよね」
「なんだ、あーゆうのが好みなんか」
その後姿を眺め、別の職員二人が言葉を交わす。
「いや好みっていうか、憧れっていうか」
「憧れ、ね。普通もう少しシャキッとしてる人に抱くもんじゃね?」
「いやいや、あれはわざとっすよ。働きづめの僕たちに、少しでも元気を分けようとしてくれてるんです! 彼女なりの気遣いっすよ」
「……ま、どう思うかは自由か」
想いを募らせる後輩に、相手をするのが面倒になった先輩。その後もつらつらと想いを垂れ流す後輩君だったが、適当に相槌を入れる先輩君。
作業の邪魔にはなっていないし、ラジオ代わりだと思えば気にならない。
「くら! いつまでしゃべっとるんだ!」
リーダーのおしゃべり許容量は大きくはなかった。我慢の限界だと怒りをぶつける。
「あ、リーダーも同志だったんですか?」
勘違いも甚だしい。
後輩君の演説は、反省部屋なる場所へと引き摺られていくまで続くのだった。
円柱状の、五階に分けられた大きな空間。中央には上下の移動が可能な装置と、反対側へと渡れる通路がある。一階から五階まで吹き抜けになっており、他の階の様子が見えている。
新たに増えた資料を手に、職員は通路の間を抜けていく。
飛んでいる。よく観察すれば何かに乗っているのが分かるが、初めて見る人はそう思うかもしれない。
しかし、ここにいる人間は慣れっこのようで、飛んでいるのも当たり前になっていた。
昇降を繰り返し、ようやく両手が自由になる。また増える前に。そう思い職員はその場を離れ、扉をくぐる。
先程の部屋とは違い、落ち着いた空間。だが、それは人の移動が少ないというだけ。誰も彼もが作業をしていた。
「いつも思うんですけど、どうしてあんなことを?」
「前も言わなかったかしら。たまには運動しなきゃって感じ?」
席に着いたところで話しかけられる職員。お疲れ様です、と飲み物も渡される。
どうやら、彼女は部下を持つ役職に就いているらしい。立体的な構造の中でも上部に席があるため、偉い人なのかもしれない。
「いやー、運動はいいねぇ」
「だらしないですよ。せめて普通に座ってください」
私の全てを君に預ける! などと言い、質のいい椅子にぐでーんとしていた彼女。当然注意される。されてもやめないが。
「まーまー。で、何かあったん? もーくん」
「……いえ、報告するような事はなにも」
もーくんと呼ばれた彼。仕事はしっかりやる子だ。報告をしろと言われたからには断われない。
彼は優秀である。問題ごとは上司に届く前に片づけてしまう。というか上司へ確認し、指示を待っていたらいつまでも仕事が終わらない。手遅れになることさえある。上司がいつも席を外しているせいもあるが、いてもあまり変わらない。おい上司。
上司もそんな彼を信頼していた。だから好きにやっていいよと指示しているのだ。
「……でも本当にいつ、なんでしょうか」
「さあね。今日かもだし、一年後とか……百年後って可能性も」
上司の様子をちらりと確認するが、冗談ではなさそうだった。だらけきった彼女でも、その眼は何かを信じているかのようだった。遠くを見つめ、救いを求めるような眼だ。
彼女が待つもの。それはこの日も来ることはなかった。
ミカ 「何か知らない人達が出てきたんだけど」
イッチー「チャチャもジーンも、帰ってきたんだよな?」
ミカ 「そのはず……なんだけど」
イッチー「実は別の世界でしたーってオチは」
ミカ 「無いと信じたいよね」
イッチー「……」
ミカ 「……」
イッチー「ま、なんだ。会えないのは寂しいけど、二人なら大丈夫だろ」
ミカ 「僕が大丈夫じゃないよ」
イッチー「……確かに寂しい、な」
ミカ 「それ絶対チャチャにも言ってあげてね。寂しかったって」
イッチー「は? 言うわけないだろ。恥ずかしい」
ミカ 「はぁ、早く会いたいなぁ」
イッチー「そう、だ……な?」
ミカ 「どうした…………!」
イッチー「おい。これは、この感じは!」
ミカ 「うん! この感じ!」
二人の声が揃う。
ミカ・イッチー「「二人が帰ってきた!!」」