第七十四話 稼ぐ者達
その日は突然に訪れた。それは、丁度ルークスがいない日だった。
「ぎ、ぎぎ……ぎ……?」
何かを求めるように。ただ真っすぐに。
邪魔な物など蹴散らせばいいと。ただ真っすぐに。
最初に警鐘を鳴らしたのはシロ。牙をむき、様子を窺う。
「ん? どうしたんだシロ……!?」
遅れてジーンが気付く。
ふたりは森の中にいた。お家から比較的に近くの場所だ。
「わっふ!」
警戒するのは一瞬。シロが家を目指して走り出す。
どんな存在なのかすら分かることはなかった。それでも、彼女達を護らなくては。
その想いで駆け抜けていく。
一方でジーンはその場に留まっていた。
状況が分からないから? 違う。
少しでも足止めをするためだ。
「チャチャ、今すぐこっちに来てくれ」
この世界でも使えるようになっていた、通信魔法で相棒を呼ぶ。
「ん、何か問題あった?」
短く了承の意を伝え、状況を聞くチャチャ。
とんでもないものが近づいてきていること。シロがそっちに向かったこと。正直状況が整理できていないことを伝える。
シロが戻っていったのは何か理由があるはずだ。振り向きざまに、何かを伝えるような眼をしていた。気がする。
そうこうしている内に、かなり近づいてきた。
敵かどうかもまだ分からないが、戦闘の準備を始める。
反応だけ見れば、初めて戦った魔人と同じか、それ以上。
ルークスにも伝えはしたが、数分かかるとのこと。
「あれは……?」
人、なのか。歪な姿だが、人型の何かだった。魔人、とは何かが違う。しかし、一番近いのは魔人。そんな存在だった。
よし、Pと名付けよう。
「あ、げ……ぎえ、ぎ?」
姿を見せないように隠れていたはずだが、Pが顔らしき部分をジーンへ向ける。
距離も近くは無かったし、索敵能力は一級品らしい。
明確な標的を見つけたPは、速度を上げジーンへと向かっていく。
現在の目的は時間稼ぎだ。即座に距離をとるため走り出す。
「う……ぎが、う」
急に動きを止め、言葉なのか何かしら音を発するP。くるりと向きを反転させ、再び移動を開始させる。
ジーンがお家とは反対方向へ誘導していたのだが、時間はあまり稼げなかった。
それでも、このままいけば森を出る前にチャチャとルークスが合流できる。
この世界の生物に詳しくないジーンは、下手に手を出さなかった。シロの様子からも、ルークスを頼るのが良いだろうと判断する。
「ちょ、え嘘だろ」
思い通りには。予想通りにはならない。
こうなっていないだけマシ。こうはならないでくれ。
それは嫌だ、最悪だと。そう自分が思う出来事が、実際に起きた経験があるのではないか。いくつもの予想した未来から、それだけは勘弁してくれと、そう祈った経験があるのではないか。
こんな時に今それ起きる? などと感じたことは?
今、まさにこの瞬間に、それが起きた。
Pが加速したのだ。木々を薙ぎ倒し、風を押しのけ地を駆ける。ドドドドドと効果音を響かせ、そしてPは走る。
恐らく十分もしない内に、お家に到着してしまうだろう。Pの目的地がどこなのか分からないが、幼女達に危険が迫るのは無視できない。
様子見は終わり。少しでも速度を落とさせようとジーンが動く。ついていけない速度では無かったこと。そこは幸運だったのかもしれない。
一直線にジーンとPを結ぶ雷光。ジーンの数ある攻撃手段の中で、一番貫通力があるのでは。そう噂される渾身の一撃。
「が……あ」
Pに穴が開く。血らしき液体は確認できなかった。
それでもPが移動を止めることは無かった。それに、数秒で傷も塞がってしまっていた。ならばと範囲の大きな魔法を試すジーン。森の中であるため火系統は避けつつ、広範囲の魔法。
「ぐ……ぎぎ」
Pを包み込むのは水。大きな水球でPを捕らえることに成功した。そのまま水圧で潰せればよかったのだが、やはりと言うべきか抵抗されしまっている。ここまでは想定内。ジーンは更に魔法を重ねた。
地震の如く揺れる一帯。生物の如くうねる土砂。土製の触手がPを襲った。一本、二本と順に、合計四本の触手に包み込まれたP。四本の柱に支えられ、球体が浮かんでいる。
「何秒、稼げるかな」
手応えを感じなかったジーンは、次の手を考えつつ言った。
魔法自体効きづらいのかもしれない。物理で殴ってみるか? いやでも、質量を持つ水や土ですらこれなんだからどうなんだろう? 斬ってもどうせ同じだろうし……やってはみるけど。
そして数秒、出来上がっていたオブジェが崩れ始める。意図的にではない。打ち消されたのだ。
「はいそこっ!」
落ちてくる岩石を避け、粉砕し、最適化された動きでPへ迫ったジーン。掛け声とともに剣を振り抜く。数回の剣撃、ついでとばかりに盛大な花火もとい爆発をプレゼント。地上数十メートルで行われたので、木々に燃え移る事は無い。
落下に合わせて身体を捻り、標的を確認するジーン。
「ん~? あれ、ダメージどころかデカくなってね」
当初三メートル程あったP。現在五メートルあるかないかぐらいの大きさになっていた。
切断部分は四つ。その周囲だけ、靄のような感じで隠れていた。傷の修復だろうとジーンは推測した。
先程の穴の傷に対してもそうだった気がする。と、そんな曖昧な事しか分かっていない自分の観察力に、少し苛立ってしまうジーン。
先に着陸した後、ジーンは罠を仕掛ける。巨大な穴を作り、そこにPを落とす作戦だ。落下地点を予測し、力が届く限界まで穴を作った。
倒せないにしても、落ちてしまえば時間は相当に稼げるだろう。それこそ、Pが飛べない限りは。
予想通り穴へ落ちていったP。そこまでは良かったのだ。
暫く様子を見ていたジーン。しかし、米粒程の大きさになったPが、今度は大きくなってきたではないか。
「いやお前飛べるんかいっ」
ぬっと穴から抜け出し、ぎこちない飛行で着陸に成功。そして、なにも無かったかのように再度移動を開始した。
「――どうすりゃいいんだ」
数分後、ジーンとPは森を抜けていた。対処法が分からず、色々と試していた結果。Pは十メートル程にまでに成長していた。
この数分で攻撃はしてこないし、害が有るのか無いのかすらジーンは分からなくなっていた。
「ぉ―ぃ。ぉーい!」
声がする。そちらを向けば、チャチャが走っていた。ぽぽぽと可愛らしい音で、魔法を発動させている。
いや意味ないからそれ。
そうは思いつつも、Pの様子を確認するジーン。頭部と思われる部分から煙が上がってた。やはりダメージは通っていないように思える。
「ぎ……げ……ぎえ、ぎ?」
しかし、Pは動きを止めた。ジーンが何度やっても止められなかったPを、チャチャが止めたのだ。
その隙にジーンと合流し、あの存在について問うのだった。
「なにあれっ! 説明して!」
「動く点Pだ」
説明ですらなかった。
「は? 何言ってるのよ。分かるように説明して」
「うむ、あれこれやっては見たが、手応えは無いし大きくなるし。俺にはさっぱりだ。ルークスが来るまで状況は変わらんだろうな」
二人して見上げる。チャチャの魔法によって焦げていた部分は綺麗になっていた。さらに言えば、目の存在を確認できないが、顔をこちらに向けている。かと思えば腕を伸ばしてきた。
見た目が大きいのでゆっくりに見えるが、エネルギーとしては凄まじい。風を置き去りにし、二人を襲う。
「うおっ、あぶねぇっ」
「せいっ」
回避と反撃。伸びる腕と平行に、二人が挟む形になって斬りつける。直後、突風によって地面に叩きつけられる二人。ダメージこそ少ないものの、大きな隙が出来る。
狙われたのはチャチャ。先程とは反対の拳が迫っていた。
避けるのは厳しい。即座に防御を固めた。また、ジーンによって幾重にも結界が張られていく。
空を舞う。衝撃により、一瞬息が詰まる。
これから先味わう事は無いであろう程の速度で回転するチャチャ。しかし、それは長く続くことは無い。風を回転方向とは反対へ、逆噴射させる形で態勢を立て直した。
なんか手から炎のような風が噴き出ててカッコいい。
直接的なダメージは少なく、早々に離脱するという事にはならなかった。
このまま二人に注意を向けてくれていれば良かったのだが、Pは再び移動を開始した。