第七十三話 たからもの
短いですがどうぞ
ひらひら、ひらひら。つい、目で追いかけてしまう。
きらきら、きらきら。つい、目を奪われてしまう。
何かを掴もうと懸命に手を伸ばす姿。
小さな風にも翻弄される姿。
掴めば潰してしまうような。
触れれば散ってしまうような。
それは宝石と等価値だった。いや、煌めく石以上の存在だったのだろう。
一日中眺め、追いかけ、踊り回る。そんな日々が宝物だった。
少女の名はレイ。四人の姉を持つ、末っ子である。
その可愛さたるや、万物を前に霞むことは無い。姉、保護者はそう語る。
周囲から甘やかされ、すくすくと育ってきた彼女。
それでも我が儘な性格に偏ることは無かった。大人しい性格に偏ることも無かった。
そんな彼女は姉たちが大好きだった。
姉が抱く愛情と同じく、大切な存在の頂点として姉を想っているのだ。
それは、これから先も変わらない。時間が過ぎても、何が起きようとも。
◆ ◆ ◆ ◆
初めての魔人討伐戦が終わり、あれから一か月が経とうとしていた。
あの魔人以外にも、沢山の魔人と戦ってきた。
「我が愛する者のため」
「憎き者を滅ぼすため」
「眷属の自由を求めて」
「この世の美しき者のため」
「幸せ、子が幸せになるために」
沢山の想いがあった。沢山の想いを聞いてきた。そして全ての想いを踏みにじってきた。
最初は独りだったと言うルークス。彼は、どんな気持ちで戦ってきたのだろう。どんな覚悟で乗り切ってきたのだろう。
これから先、彼の想いを知ることはできるのだろうか。
この一か月、リシオと交代で仕事を手伝ってきた。時には一緒にも戦った。リシオがいる時は魔人ではない、沢山の討伐依頼をこなしてきた。
他には、薬草や食料の調達依頼なんかもあった。
町や村の外に、簡単には出られない。満足に食べられる地域の方が少ない。そんな世界を体感した。
自分達に出来るのは、彼らの依頼を受ける事だけ。
多くの人を助けたいのなら、個人との関係は長く築けない。何度か依頼を受けることぐらいだ。少なくともこの世界ではそうだった。
他に出来ることは無いのか。そう聞いたことがある。
「無いよ。既に過ぎてしまった世界なんだ、ここは」
それ以上は教えてもらえなかった。
魔物は増えていくばかり。食料の確保はままならない。魔人も確実に力を蓄えてきている。対抗できる戦力はほんの一握りだ。
ジーンは考えた。この世界に来た意味は何だ? どうしてミカは俺達をこの世界に? 俺たちにできることは何なのか。
終わりが見えない不安は、確実に大きくなっていた。
いつになったら帰れるのだろう。でも、このままルークス達を放ってはいけない。それでもやっぱり、ミィ達も心配だ。
ジーンもチャチャも、戸惑いや焦りに日々精神を削られていた。
ある日、ルークスが突然言った。
「あ、二人ともあと少しで帰れると思うから」
「は?」
「え?」
それは夕食中だった。不意打ちにも程がある。
「戻る方法、分かったんですか?」
「あ、いやーまーそうだな」
少し挙動がおかしいルークス。彼の不自然さに気付くことなく、二人は喜び合った。
「お姉ちゃん達、いなくなっちゃうの?」
「ちゃーちゃ、ばいばいするのいや」
幼女組の顔が落ち込む。彼女たちにとって、二人は既に家族の一員になっていたのだ。二人がいなくなると悲しむのは当然であった。
「二人が帰るのはもう少し後だから」
「やー!」
もう少し時間があるなんて、そんなの関係ない。嫌なものは嫌なのだ。
夕食後、いつにも増してチャチャにべったりな幼女組。ここで勘違いしてはならないのは、ジーンにもいなくなって欲しくないと思っていることだ。ただ、ほんのちょっとだけチャチャが好きなだけ。甘えたい対象がチャチャなだけなのだ。
「……いっちゃやだよぉ」
そんな寝言が聞こえてくる。
「ごめんね、お姉ちゃんもやらなきゃいけないことがあるんだ」
暗闇の中、零したのは言葉だけでなく。
頬を伝うは感情。
誰に知られることも無く。ただひっそりと。
朝起きた時、チャチャが握りしめていたもの。
それは既に輝きを失っていた。
それでも、彼女にとっては宝物。
何に代えることもできない。
なに弱気になってるんだと。
なに諦めかけてるんだと。
なに迷っているんだと。
誰のために私は戦っているんだと。
離れて揺らぎかけた決意。そんなもんは本物なんかじゃなかった。
ぱんっ!
離れたことで揺らぐことの無くなった決意。今度こそ。
「んぁ……おは、よ? お姉ちゃん、ほっぺどうしたの?」
赤く染まった頬。
「おはよ。お姉ちゃんご飯作ってくるけど、どうする?」
「……まだ寝てる」
その日の朝食はいつも通りだった。普段と変わらない、いつも通り。
「うん、美味い。おかわり貰えるか?」
ジーンのおかわりをよそう。これもいつも通り。
それでもただ一つだけ。たった一つだけ違うものがあった。
しかしその時は、それに気が付いた人はいなかったのだ。