第七十一話 黒焦げの次はデュラハン体験でした
ジーン達は魔人を倒した後、よっちと合流した街まで戻っていた。その間チャチャは気を失っていたが、無事目を覚まして一安心といったところ。ちょっとしたハプニングもあったが、また一つ大きな山を乗り越えられただろう。
チャチャが目を覚ました頃には、既に夜になっていた。幼女組が待つお家へ帰るのは一泊してからになる。
「わぁ、よっちさんの料理も美味しいです」
「むっふぅー、そうなんよ。よっちも負けていられないんよ」
そう言葉を交わす二人。チャチャが起きるまで待っていてくれたよっち。今は少し席を外しているが、ルークスも待っていてくれた。
「ん、このスープもとっても美味しい」
「おかわりもあるからどんどん食べていいんよ」
何を使って、どう作ったのか。そんな話も聞こえてくる。勉強熱心でとてもいいことだ。より美味しい物を食べられるのは歓迎だと、ジーンはそう思いつつ食事を進めていた。
「おっ、目が覚めてたのか。良かった良かった」
しばらく出掛けていたルークスが戻ってきた。ルークスがまだ食事を済ませていなかった。そのことまで頭が回らず、先に食べていたことを謝るチャチャ。別に気にしなくていいと笑うルークス。
「逆に俺を待っていたら、その方が気分悪いよ。あ、このスープ好きなんだよね。美味しかったでしょ?」
「は、はい。よっちさんに、作り方まで教えてもらっちゃいました」
なんてことも無い会話。それが無性に嬉しかったチャチャ。生きているんだと、普段気にしたことがあまりない感情が込みあがってきていた。
原因はあの戦闘。死を間近に感じたせいだった。
「あの、聞きたい事があるんですけど」
食事が終わったのを見計らって、チャチャが言った。
「さっきの戦い、分かんないことだらけだったんですけど……ジーンが死んだり、かと思ったら生きてたり。よっちさんも何故かピンピンしてるし」
ぐるぐると回り続けていた疑問に答えるのはよっち。
「あれは全部よっちの魔法なんよ。ある瞬間を鍵に発動させる、よっちの傑作なんよ!」
自慢げな顔を晒し話すよっち。そんな彼女を見て、ルークスが小さく小さく拍手している。
「魔法? えっと、幻覚……って感じ、でいいのかな」
「よっちっち。幻覚じゃないんよ。全てがホントの出来事なんよ」
どうやら、幻を見せるのとは違うらしい。
「実際に俺は首を斬られたし、よっちも捕まって地面に叩きつけられた。それは確かな事実なんだ」
「よっちかというと意識誘導? みたいな感じ、なんよ」
とある事象、今回はジーンの首を落とした。あるいはよっちを投げつけた、ルークスを魔法にかけた。といった場面。魔人にしてみればどれも重要な局面だった。それも自分の状況が良くなる分かれ道だ。
強烈な出来事として、記憶に強く残る。それが重要らしい。
「何かやってて、つい熱が入っちゃうことってあるでしょ? 周りが見えなくなって、それしか考えられない、みたいな。よっちが言うには記憶に鍵を掛けてるような感じなんだって」
さっぱり分からんけど、とルークスが付け加える。
「同じようにやれって言われても絶対再現できないね、俺は」
よっち的にも言葉で説明は出来ない魔法なんだとか。こんな感じでどうなんよ? といった感覚のようだった。長い期間研究して、ようやく実戦で使えるようになった魔法らしい。
それでも条件とか相性もあるようだが、滅茶苦茶使いにくくないか? この魔法。
「すごい魔法ってことは分かった。分かったんだけど、それじゃ、え? ジーンが死なない理由が分かんない……」
「よよよ~。それは簡単なんよ。えっと……こっちだったよっけ?」
別の部屋へと何かを探しに行ったよっち。死を克服出来るほどの代物なら、置いてある場所くらいしっかり覚えているんじゃ? そんな事を思うが口には出さない一同。数分した後、小瓶を手に戻ってくる。
「それは葉っぱ? ですかね」
「よんよん。これがヒミツの切り札!」
小瓶を掲げ、自慢げに宣言する。ぺかーっ! と絶妙な光加減で強調されている。演出はルークスが担当している模様。
「いや、切り札ってそんなに簡単に……」
「その名も――」
チャチャが心の準備をする時間なんて与えない関係ない。
「その名も――」
「その名も……?」
その名も……なんなんだ? 今考えてるんじゃないかってくらいの間が訪れている。
「――なんだっけ?」
ずでーん。
全員が崩れ落ちる。そんな映像が思い浮かぶ流れだった。
「ルー、これの名前なんなんよ?」
「えっとねー、実は俺も分かんない」
二人とも忘れたんかい。
「名前なんて別にいいんよね。うん、そういうことにしよ」
思い出すことを諦め、説明を続けていくよっち。話をまとめると、この薬草は貰いもの。とっても偉いお方から譲ってもらったそうで、今はもう手に入らないんだとか。
効果としては擦り傷から骨折。果てには部位破損まで治せるそう。そんな万能薬のおかげで、ジーンの首が胴体とオサラバしても大丈夫だったという訳だ。
「え、そんな貴重な物良かったんですか? 今回の作戦に使っちゃって」
お金にしたら桁がいくつになるのか。想像もできないような代物が目の前にあるのだ。身体がきゅっとなるような感覚になり、チャチャは聞く。
「よんよん。問題なっしよ。仲間の為なら尚更なんよ。こんな物があるのに使わない方がめっ、なんよ」
なんて言ってるが、実はこの秘薬の使用は最初から決まっていた事だった。事前に打ち合わせをして、よっちの魔法と相性の良い状況を作り出す。おかげで魔人はまんまと罠に掛かったのだ。
首を斬り落としたと、その事実だけを認識させる。実際は一瞬で修復し、しばらくしたらその場を離脱。虎視眈々とチャンスを狙っていたのだ。よっちも同様。ルークスは演技。
痛みはほぼ無かったそう。一瞬、刃の感触を感じただけだと。それでも、もう絶対に味わいたくないと語った。
……いや私それしらないんですけどぉ!? という悲痛な抗議が届けられるも、三人はそれをスルー。
「まー、今回の魔人はここ最近で一番の猛者だったからな。けど結果犠牲ゼロ、消耗も想定内。作戦成功だ」
ここ最近で一番。ルークス的に危険度ちょいヤバだったらしい。なにそれ怖い。一人なら絶対戦いたくない相手だったという。え、なにそれほんと怖い。
「いやちょっと。そんな敵と戦ってたんですか、私達!?」
気付いたのはお昼休憩の時だったので、急遽作戦を組んだのだとか。秘薬を仕込んだのもその時。
「どうして私に教えてくれなかったんですか?」
「あー、それはジーンがやめた方が良いって」
何故チャチャに教えなかったのか。力不足? 心配かけたくない? 危険な事させたくない? どれも違う。その理由は簡単だ。
「だってチャチャ、こういった作戦って必ずやらかすじゃん?」
そう、彼女はドジっ子なのだ。騙そうと意識するほど、決めるべき重要な場面ほど。必ずと言っていいほどやらかすのだ。
昔の話で言えば、ある依頼での森の中。あらゆるドジをかまし、モンスターカーニバルへと発展させたこともあった。知り合いの前で、急に転移してきて抱き着いてきたこともあったか? まぁ、これはドジじゃないかも。
最近ではドーシル達のアジトへ侵入した時。あらゆる罠にことごとく引っかかっていたし。それに幼女組と掃除していた時。色んな物を壁や天井へぶつけていたが、結界のおかげでキズなど増やさなかったあれ。結界を張ったのは実はジーンである。
思い返せば、なにかある度にそうだった気がしてくるのだ。そんな訳で今回はあえて伝えなかったのだ。
「……ぷーだ」
自分でも思い当たる事があり、あまり強くは言えないチャチャ。しかし、それでも仲間外れは嫌なのだ。理由に納得できても、受け入れることはできない。
終わってみれば、悲しい思いをさせてしまったのを後悔するジーン。しかし、伝えてしまっていたらどうなっていたか分からない。もしかしたら上手くいかなかったかもしれない。
たらればの世界になってしまうが、もっといい結果になった可能性を考えてしまうのも仕方がないだろう。
「あ、明日はゆっくりしてていいからね。出発はお昼頃だから」
ルークスの一言によって、一旦解散となる。寝室へ案内され、それぞれそのままベットへ身体を預ける。
目を閉じれば反省会が始まる。あの時、あの瞬間。こうしていたら、ああしていたら。果たしてどうなったのだろうか。どれも確かめようの無い、分岐した世界。過去に戻ることが出来たら、結果を変えられるとしたら。
そんなことを考えていたジーンに、話しかけてくる声があった。
「助けてくれて、ありがとね」
その一言で。きっと正しい道を選択できたんだと。これが最善ではないのかもしれないが、最悪でもなかったと。
「――返事、待ってるから」
青年は思った。もしかしたら、選んだのは最恐の道だったのかもしれないと。