第七十話 あの日の記憶
ズジシャッ! ズバッ!
「……?」
何かが切れる音がした。液体が噴き出るような音、何かが崩れる音。恐怖で閉じてしまっていた目を開ける。
「……え……?」
魔人が二人に。いや、縦方向へ真っ二つに裂けていた。血を流し、再生する様子もない。よく見れば首と体が繋がっていなかった。
「死ん、じゃった……の?」
何が起きたのか分からない。状況が全く分からない。助かったのかすら、分からない。
――ふと、届く震動。
「大丈夫か?」
聞きなれた声。
そして再び――。
「ん? どうしたんだ黙っちゃって」
ずっと、傍に居たい隣に寄り添っていたいと。そう、心の底から願っていた。
「あ、もしかして。俺のカッコよさに見惚れてる?」
そう。そうなんだよ。もしかしてなんかじゃなくって、本当にそうなんだよ。優しくって厳しくて、真面目でおちゃらけてて、強くて頼りなくて、何でもできて完璧じゃなくて。
「――そんなジーンが好きなんだよね、私」
その時の私はどんな顔だったのだろう。涙と、不安と、寂しさと。酷い顔だったはずだ。
その時の私はどんな顔だったのだろう。笑顔と、安心と、恥ずかしさと。酷い顔だっただろうか。
そんな私を、抱きしめてくれた。怖かっただろうと、抱き寄せてくれた。
そして――私は意識を手放してしまった。
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身体が、揺れている。疲れていた私には、それがとても心地良かった。
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暖かくて、とっても安心する。
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…………………………………………?
あれ? ちょ、え、ん? 待って。まってまって。これ、ん? 状況が分からん。
完全に抱っこされてます私。抱っこされてますはい。しかも、お姫様抱っこってやつで。んん???
落ち着け、落ち着け私。私は気を失っていた。これは間違いないだろう。そして、今まさに運ばれている途中。これも間違いないだろう。
最後に会ったのは……ジーン、だよね? そうだよね、うん、そのはずだ。
あ、これはきましたわ。私、びびっときましたわ。だってこれ、この状況知ってるもん。
え、どうしよう。
え、どうしよう。
だからといって、どうしよう。
こ、こんな時は一人しりとりだ。……いややっぱ却下。何か話声聞こえるけど、何にも頭に入ってくれない。意味ある言葉として聞けない。
…………………………………………よし。ぎゅっとしよう。
ぎゅっ。
あ、ダメこれ。心臓もたないわ。心臓がお出掛けしそう。猛獣みたいに檻から解き放たれようともがいてます。
「お、持ち方悪かったか?」
ジーンの声がした。
………………。
ッフゥーーー!! ジーンの! お姫様抱っこ! ッフゥーーー!
「よぉ~。……ねえ、よっちにも」
「は?」
「よっちにもやって」
ッフゥーーー!! ジーンの! お姫様抱っこ! ッフゥーーー!
「あと少しだから。我慢なさい」
「ぶー」
ッフゥ――どうやらよっちさんもルークスも無事みたいね。よし、少し落ち着いてきた。あと少しでどこかに着くらしい。恐らく一泊した休憩地点だろう。
それまでは、この幸せを染み込ませておこうかな。
…………なんだか、また、眠くなってきた。結構、疲れてるみたい。……次、目を開けたら、全部夢だったなんて……絶対に嫌、だから……ね。
◆ ◆ ◆
――それでね、初めは何なのこの人って思ってた。でも、何故か気になっちゃってて。自分から付いて行くなんてこと、それまでは滅多に無かったのに。
先輩は信頼できるって言ってたし、本当にその通りだった。時々怒ったこともあったけど、それでも離れたいとは一度も思ったことは無かった。
しばらくして気付いた。この人に憧れてるんだって。好きなんだって。
べったりとくっついてた頃もあった。それは、憧れが強かったからできてたことで、今は恥ずかしすぎてできないかも。
身近な兄ちゃんから、手を繋ぎたい男の子にランクアップ。みたいな? きっかけとか、特別な事は無かったと思う。どんどん気持ちが大きくなっていってた。
ミィとかイッチーは、その辺の細かい変化に気付いてたみたいだけど。それに、あっちも薄々感じ取ってはいた。と思う。
……よし。待っててもしょうがない。状況が状況だけど、こっちもいっぱいいっぱいなんだよね。色々抑えられないというかなんというか。
ミィに先輩、それにイッチーも。きっと心配してるよね。ゼーちゃん。きっと苦しんでるよね。
でもね、私も怖いの。寂しいの。我が儘? それは昔から。今さらって感じ。怒るなら好きなだけ怒ればいい。あ、やっぱちょっと加減して。
ってことで、勝負します。拒否されたら? 関係ないわね。今までと変わらないもの。ただちょっと、ちょこっとだけツラいかもだけど。
あー、寝てるはずなのに何か凄いこと考えちゃってる。夢? とは違うかな。時間の感覚とか全く分かんないし。
目が覚めたときの私頑張れ。いつ目覚めるか分かんないけど。……ふむ、この感覚。都合の良い身体だこと。何だか力が抜けていく。
この不思議な空間ともお別れらしい。隣を見ると見覚えのある人が二人いる。
二人が知らないことを話したけど、ほとんど良い報告がなくてごめん。これから挽回するから。応援しててね。
……そんな顔されると、困る。またね、なんて言えないし。最後、だよ? きっと。笑って、お別れ……したいな。
もう、二人がそんなだと、わた、し、も。
……落ち着いた? なら、さよならだね。……うん。……うん。……分かったよ。……うん。………………。
◆ ◆ ◆
「……ぁ」
見覚えの無い天井。どうやら、どこかに寝させられているようだ。
「おはよう、チャチャ」
手が握られていた。その人物と目が合う。
「泣いていたけど、その、こんなことしかできなくて、その」
そんな言葉を聞きながら、身体を起こしていく。少し重かったけど、決めたことはちゃんとやらなきゃ。
「まだ寝てなきゃ――」
「ちょっと、こっち来て?」
言われた通りにしてくれた。
「私のこと、好き?」
反応に困ってた。何かを言いかける前に、もう一押し。
「私は好きだよ?」
重なる唇。一瞬が永遠に引き伸ばされる。永遠が一瞬として終わりを告げる。
嫌なら拒否できたはずだ。止めることも、避けることもできたはずだ。すなわち。
――完全勝利だ。