第七話 ミィと出会うまで(4)
二人はルオナ草を求めてクーガの森の中に入っていく。普段人が立ち入らない場所なので、道が整っておらず大変歩きづらい。
今のところ魔物に襲われてはいないが、ジーンのレーダーにはいくつか反応があった。それほど大きな反応ではないし、不意打ちもされる心配も無い。チャチャに注意を促す程度にしていた。
「それにしても見つからないですねぇ。本当にあるんでしょうかぁ?」
参考資料を手に、そこらじゅうの植物を見比べている。
「簡単には見つからないだろうな。先人達が残した記録に頼るのなら、この森の奥にある湖まで行けば見つかるかもしれない」
汗を拭いながらジーンは言った。ルオナ草はこの森に生えているのだが、それでも滅多に見つからない植物だ。
今までにもこの森へルオナ草を探しに入った人は沢山いるのだが、その中でもほんの数名しか見つけられなかったらしい。その多くが湖付近だったのだ。
まぁ、無事に発見して帰ってこれた人自体少ないので、情報が正しいかどうかは分からんが。
「ならぁ、最初からそっちに向かいませんかぁ?」
うんざりした様子でチャチャが言う。
「うーん、そうだな。奥に行くほど危険になるし、できればこの辺りで見つけたかったが……急がないとな」
今回はただルオナ草を見つければいい、ということでは無い。スピードも大切なのだ。
ジーンは考えを改め、奥の湖に向かうことにする。しかし、移動をし始めた時、レーダーが魔物の反応を捉える。
「チャチャ、上だ!」
その言葉で魔物の気配に気づき、チャチャが武器を構える。そして、木の上から襲い掛かってきた魔物を避け、それと同時に魔物に斬りかかる。深い傷を与えられなかったようで、魔物はすぐに態勢を整えてチャチャに飛び掛かる。
「しまっ……!」
ジーンが茂みの奥から隙を狙っていた別の魔物を始末し終え、戻ってきたところだった。大丈夫だと安心していたが、チャチャは魔物の攻撃を避けようとしたところで足場の悪さからか、バランスを崩してしまっていた。
それを見てジーンは魔法を発動する。
「ぎゅうぅ!?」
魔物は土壁に激突して、動きを止めてしまう。その隙にチャチャが態勢を立て直し、魔物にとどめを刺す。少しばかり焦ったが、何とかなった。
「あ、ありがとうございますぅ」
チャチャは服に着いた土の汚れを落としながら言った。
大きな怪我はしていないし、問題なく動けるようであった。
「そこ血が出てるぞ。治してあげるからちょっとこっち来て」
多分、最初の攻撃を完全に避けられなかったのだろう。傷は浅いが、赤く滲んでしまっていた。
「あれ? 本当だぁ。でもこれぐらい薬つけとけば直るし、大丈夫だよぉ」
「いや、この森は毒を持ってる魔物が多いんだ。多分バランスを崩したのもその影響だろうし、傷薬じゃ効き目が薄いからここは任せてくれ」
魔物の毒をそのままにしておくのは良くない。傷の治りが遅くなったり身体が重くなったように感じたりと良いことが無い。早く治療しなければならないのだ。
「なるほどぉ。さっきから体がだるいのはそのせいなんですねぇ。そうゆうことならお願いしますぅ」
チャチャはジーンの隣に立つ。少し顔色も悪いみたいなので、早く気が付いて良かっただろう。
「始めるぞ――」
そう言ってジーンが意識を集中させていく。
温かい光がチャチャの傷を包み、少しずつ傷が塞がっていく。光が収まると、チャチャの傷は完全に治っていた。
「おぉー、ジーンって何でもできるんですねぇ」
チャチャが不思議そうに、自分の傷があった場所を触りながら言った。
「基本一人で行動してるし、色々出来た方がいいからね」
たまーにパーティを組んで依頼を受けることはある。しかし、依頼が終わった後はパーティを抜けてしまっているのだ。
理由はいくつかあるのだが、一番の理由としては一人でいるのが一番落ち着くから。今までも、パーティを組んでいるときは何か居心地が悪かった。ただ単に相性の問題なのかもしれないが、パーティを組み続けていたいと思ったことが無いのは事実であった。
「ふぅん、そっかぁ。何か私がいる意味がない気がするんだけどぉ」
ちょっと拗ねたようにチャチャが言ってくる。
うーん、そんなことはないと思うけど。チャチャがいると、一人でいるよりも楽しいからな。
「そんなことで気を落としてたら、ルオナ草なんて見つけられないぞ」
ジーンが笑って言い、ついでにチャチャの頭をぐしゃぐしゃする。
このやり取りの間にもジーンは、魔物を数体葬っていた。チャチャは気づいていなかったが、ジーンのレーダーを誤魔化すことなんてできないのだ。
木の上から攻撃のタイミングを狙っていた奴らは風魔法、他は土魔法で音も立てずに始末していた。
確かに今のままでは、戦闘では貢献できないかもしれない。が、楽しく旅ができることは良いことなのでジーンは気にしていなかった。
「もぉ、頭はやめてって言ってるでしょー」
チャチャはジーンの手から逃げていき、早くしないとおいてくよぉ、と森の奥に進んでいく。
もう少し警戒して欲しいものだが、それがチャチャの良いとこなのかもしれない。ガチガチになっていても良い結果が得られるとは限らないし、気を緩ませすぎてもダメなのだが、チャチャはそこのバランスをしっかりと取れているみたいだった。
ジーンが楽しいと思えるのは、今まで会ってきた冒険者よりも、チャチャが気持ちのコントロールが上手いのも関係しているかもしれない。
「一人で進むと危ないぞ。あんまり離れるなよ」
そう言ってジーンがチャチャを追いかける。そんなやり取りの中でもまた襲われかけていたのだが……元凄腕冒険者の肩書きは何だったのだろうか? 深く考えてもしょうがないので、敵の殲滅に集中するジーンだった。
久しぶりに魔法を使い続けているので、これもいい修行だと途中から思うようになったジーン。その結果、魔物に襲われることなく湖に到着してしまう。
「あれぇーもう着いちゃったんですかぁー? てっきり到着は夜になると思っていたんですけどぉ」
それはそうだろう。魔物に襲われることなくここまで来れたのだから、その分早く着くのは当たり前である。もっとも、ジーンが襲われる前に全部処理していただけではあるのだが。
「早く着く分には問題ないだろ。それよりも今日はここまでだ。日が落ちるまでもう少しあるけど、まずはここで泊まる準備をしないとね」
ジーンはそう言って、チャチャに準備を手伝わせる。その辺に落ちている木の枝を集めてきてもらったり、食事の下ごしらえをしたり。
その間ジーンが何をしていたのか。魔物除けの結界を張ったり、チャチャが持ってきてくれた木の枝を使って火を起こしたりしていた。
結界とは、魔物除けに使ったり、敵の攻撃を防御する時に使ったりと。魔法の組み合わせで効果に違いが出てくるもので、ジーンは主に防御に対して使っている。
しかし、魔法を組み合わせることはとても難しい。そのため、望んだ時に望む結界を張れる者は少ない。技術が伴なっていない者の結界は、効果が薄かったり発動自体しなかったりするし、時間もかかってしまう。言ってしまえば頼りにならないのである。なので、魔法使いとは別に結界師という者をパーティに入れているところも多い。
ちなみにジーンは魔物除けの結界、防御結界、魔封結界、維持結界などが使える。他にもあるが、有名なのはこの辺りだ。
「ジーンって、結界も使えたんだねぇ……」
いつの間にか準備を終えたらしいチャチャが、呆れたようにそう言った。
「便利だからな。教えてあげようか?」
「むぅ……私には無理そうだからいい」
ちょっと残念そうにチャチャが言う。もじもじしていているので、迷っているのかもしれない。
「ちょっとだけだから、手、貸してみてよ」
ジーンがそう言うと、チャチャは少し考えてから恐る恐る手を伸ばしてくる。やはり迷っていたのだろう。
「な、何をすればいいのぉ?」
少し顔を赤らめて言ってくる。手を握ったせいなのだろうか。
……もぅ、可愛いなぁこいつぅ!
「まずは結界を張る感覚を掴んでもらう」
ジーンは、自分の魔力とチャチャの魔力を循環させるように意識し、結界を発動させる。結界を発動させる感覚はどの結界も同じであるので、感覚が掴めれば割と簡単に出来ちゃったりする。
そして今回は維持結界を発動させる。理由としてはせっかく起こした火が消えないように、早めにかけておきたかったからだ。使う魔力や技術によって長さは変わってくるが、結界をかけることで火が消えにくくなる。
今回は一晩火が点くようにした。ちなみに、新人結界師なら一時間程度の維持が限界で、その度に結界をかけ直す必要がある。
「……何か、こう、混ざり合うような感覚は分かった……気がする」
「それが掴めたなら上出来だよ。今度はもう少し丁寧にやってみるから、次は発動の感覚に気を付けてみて。発動する時は言ってあげるから」
そしてもう一度結界を張る。魔力をを混ぜ合わせ、結界を作る基礎を組み立てていく。チャチャに一声かけて、結界を発動させる。
「……言葉では説明できないけどぉ、こうして、こうして、こう! みたいなのは掴めた気がするなぁ」
「うん、それなら後は魔力を混ぜ合わせることが出来れば結界を発動させられると思う。けどまぁ、続きはご飯食べてからにしよっか?」
丁度魚が焼け、料理が温まってきたのでチャチャに提案する。
チャチャはそうですねぇ、と料理を盛りつけにかかる。
ジーンは自分の分も盛ってくれるかと思い待っていた。しかし、チャチャは己の食欲に負けたらしく、自分の分を用意したらすぐに食べ始めてしまった。
ちょっと悲しい。
「ふぅー。なんだか慣れないことしたから疲れちゃいましたぁ。あっ、これ美味しいですねぇ」
チャチャが美味しそうに食べるのを納得できない自分を心から捨て去り、ジーンも食べ始める。
……うめぇなこれ。
「「ごちそうさまでした!」」
二人が揃って食材への感謝の言葉を告げると、それが合図だったかのように太陽が沈んでいくのであった。