第六十六話 到着
翌日、ジーンとチャチャの実力を再確認する。数日前よりも成長はしているが、それでも満足できる域にまでは届いていない。実際に戦闘の中で経験する事で、何かを掴めるとルークスは言っていた。ならば、迷う事は無い。全力をぶつけるだけだ。
「そんな事よりも、俺はアイ達の成長が嬉しいよ!」
そんな事とはなんだ。俺は良いが、チャチャに失礼じゃないか。
「ちょっと目を離した隙にこんなにも上達してるなんて! あぁ! その貴重な時間を一緒に過ごせなくて残念だっ、かなしい!」
嬉しいのか、悲しいのかどっちなんだろうか。どちらにせよ、流れている涙には様々な想いが詰まっていることだろう。
「午後からは俺が教えてあげ――」
「お昼寝のあとはいっぱい遊ぶからやー」
「ぐはぁっはぁぁあっあぁっ!!」
余程のダメージだったらしい。四つん這いになり絶叫するルークス。
「びぃっ」
あまりの迫力に、メイが涙目に。そして、皆がチャチャの後ろへと避難してしまう。魔物を屠り、無双していた男とは思えない程落ち込んでしまったルークス。意外な一面を見た一日だった。
夕食後には大分回復はしたようで、明日の心配はしなくてもよさそうだ。良かった。ルークスの弱点? を知って、少し安心する気持ちがどこかである。あんなに強くても、どうしようもない事がある。そう教えてくれたような気がした。
翌朝。
「「「「「いってらっしゃい!」」」」」
「! ああ、行ってきます」
玄関に響く声。チャチャの策略により、元気いっぱいになったルークスがいた。
「明日は元気よく、『いってらっしゃい』って、言えるひと~?」
「「「「「はぁ~い!」」」」」
夜の内に仕込まれた幼女達。そうとは知らず……いや、そこは知らなくてもいい事か。とにかく、ご機嫌のルークスに連れられて、まずは移動することになった。仲間と合流するため、ルークスの後ろを走って付いていく。
しばらく走っていると、前方に魔物の姿が見えた。何度かルークスが屠っていたので見覚えがある。自分で倒したことは無い。強敵ではないはずなのだが、如何せん攻撃が効かなかったために、この世界に来た日はルークスに任せていた。
「ん~、丁度いい。二人であいつ倒してみてよ」
移動中、適当な魔物を見つけたルークスが言った。ずざぁっ、とルークスはブレーキをかけ、二人は勢いを緩めることなくそのまま前に出る。
「初撃は俺でいいか?」
「任せたわ」
距離を縮めつつ、言葉を交わす二人。確認をとったジーンは魔法を放つ。槍に電気を纏わせ、貫く結果だけをより強く思い浮かべる。
「雷槍・ツラヌキ」
四足動物の魔物に槍が突き刺さる。
「っせい!」
突然の衝撃によろめく魔物。隙を見逃すことなく、チャチャが側面に刺さった槍を拳で押し込む。そこで槍を魔物の身体に貫通させることに成功する。
魔物がこれで倒れる事は無いと分かっている二人は、態勢を立て直される前に追撃。目を潰し、腹を裂き、一撃で仕留めるのではなく、今自分に出来ることでダメージを確実に与えていく。
「嵐切」
チャチャが注意を引き、仕留めるための時間を稼ぐ。そして最後はジーンの一撃。戦闘自体は三十秒にも満たなかった。
「うん、良さそうだね。あっちに着くまでは、戦闘を任せるよ」
それからは数回戦闘を繰り返すことになる。攻撃役、囮役を交互に試し、戦闘後にその都度ルークスから助言を貰う。
その後の戦闘でも特に危ない場面も無く、無事に目的地へ着いた。
この世界に来て初めて目にする街だ。多くの人が歩き、多くの建物があった。
当然と言えば当然なのだが、何か心にくるものがある。荒れた景色しか見てなかったからだろうか。
「それじゃ、先にあのでっかい建物に向かってって。俺はちょっと用を済ませてくるからさ。ルークスの知り合いって言えば何とかなると思う。多分」
「多分じゃ困るんだけど」
「大丈夫、大丈夫。仲間がいるはずだから」
一時間くらいしたら来ると言って、そのまま行ってしまった。
「……どこか行っちゃったな」
「ま、私はジーンと二人になれて嬉しいけど?」
ゆれる髪にきらめく笑顔。眩しい、そして実に美しい。ぽろっと本音が出そうな程だ。久しぶりにチャチャの顔を、頬を、くちびるを、目を。惹き込まれる。目を離したくない、ずっと見ていたい。
「ん、黙っちゃってどうしたの? なにさ、私の可愛さに見惚れてた?」
「……はぁ」
いかん、これ以上はいかん。心を落ち着けねば。
「あ、なによそれ。何で溜め息つくのよ」
「気にしなくていい。さ、俺たちも早く行こうか」
ぷんこす文句を言うチャチャを引き連れ、ルークスの言っていた建物へ向かう。すぐに着いた。だが、冷静になるだけの時間は稼げた。全く問題はない。
中に入ると、薄暗い景色が目に入ってくる。机がいくつも並んでおり、セットで椅子が用意されているようだった。食堂だろうか。客はおろか店員もいないようではあるが。
「すいませーん。誰かいますかー?」
居るかも分からない誰かに対し、声をかけるジーン。すると、二階から足音が聞こえてきた。軽快な足取りだ。
「はーい、待ってたんよ。あれ、二人だけなんよ? ルーはどこ行ったんよ。およよおよよのおよよよよ」
すっごい人が出てきた。なんか、すっごい人が出てきた。しかも知り合いにこんな奴がいた気がする。チャチャ達に会う前の、古い知り合いに。
「えっと、ルークスは後で来るって言って、何処か行っちゃいました」
「あれよあれよのよよよよよ。むっかしからよー分からん人なんよ。そんならば付いてきてよ。上に色々用意してあるんよ」
「あ、お邪魔します」
「そんな硬くならんでよ。よっちらはもうお仲間なんよ。よよよ?」
よよよ? ってなんよ。同意を求めてるのか? 分かった? いい? みたいなニュアンスなのか?
「わ、分かった」
「そ、そうするね」
よよよに連れられ、二階へと上がる。背は小さく、ゆったりとした服を着て、真っ赤な髪をぴょっこぴょこさせている。外見は子供のようだが、恐らく年上だ。それもかなりの。……ただの勘ではあるが。
「二人は座っててよ。今飲み物を持ってくるんよ」
ルークスの仲間がいると言うから来てみたものの、見た感じはよよよ一人。心配になってきた。
「さて、よっちはよっちよ。二人の名前を教えよ」
なんか急に偉そうになりましたけど。それよりもよっちって名前だったのか。本名では無いのだろうが、まぁよっちはよっちでいいか。
「俺はジーン。よろしく」
「私はチャチャ。よろしくね」
「よよよ」
ルークスが戻ってくるまでの時間、三人で情報を交換していた。ほとんど世間話みたいなものだった。最初はよっちに対し、少し戸惑っていたチャチャ。しかしルークスが来る頃には完全に受け入れていた。
一時間が経った頃。言っていた通りに、ルークスが部屋に入ってきた。そしてルークスが入ってくるなり飛びつくよっち。ぴゅぅ~っと一直線だった。
「もう、ジーンもチャチャも見てるじゃないか。二人とは仲良くなれたかい?」
「よんよん、もっちろんよ。はぁ~、会いたかったよ~」
すりすりと顔をこすりつけるよっち。ルークスも別段嫌がっては無さそうだ。
ルークスを入れて、これで四人になった訳だが、他の仲間は一向に来る気配は無い。
「ん? 今回はこの四人だけど、なんかまずかった?」
「……いや、もう少し人数がいると思ってた」
「大丈夫だよ、よっちも俺に負けないくらい実力があるから」
別に戦力の心配をしていた訳ではないのだが。にしても、よっちがルークスと同等の力を持つとは思えないが。
「よよよ~、魔法に関してはルーより私なんよ。なんでも聞いていいんよ」
成程、魔法専門ね。いたるところに結界が張られていたが、全部よっちだった訳か。聞けば攻撃に関しても問題ないようだ。魔力が切れない限りは最強なんだとか。自称ではあるが。
魔力量に関しても凄まじいよっち。独自の技術により魔力を貯めているらしい。足りなくなったらそこから補充して、と持久力もある。その方法は彼女にしか出来ないらしい。理由は教えてくれなかった。
ルークス、よっち、ジーン、チャチャ。今回はこの四人で魔物と戦っていく訳だ。基本ルークスとよっちは補助に徹し、ジーンとチャチャをメインで進めていく。
場所は少し遠いらしく、今日の内に出かけて一度野宿をし、それから目的地へ。夜はよっちの結界に頼るので特に心配はいらないとのこと。
「ちょっと手強いかもだけど、二人ならやれるはず。臆することは無い。全力でぶつかっていこう」
「よよよ、よよよで出発よ~」