第六十二話 行ってしまわれた
言われるがままに移動したジーンとチャチャ。猛スピードで走り、途中で出会った魔物は切り捨てていく。
最初に出会った魔物が特別だったわけではなく、どの魔物も二人の攻撃は効かないようだった。何故なのか、ルークスに聞いてみた。
「君たちが弱いから、じゃないかな」
なんとも分かりやすい答えだこと。自分達に倒せない相手を簡単に処理するルークスは、確かに実力者なのだろう。
「なんか、悔しい」
「まぁ、確かに」
しかし、強者から感じるプレッシャーを感じない。それ故に、いまいち納得が出来ない二人であった。
休憩を挟みつつ、移動すること数時間。目の前にある古びた建物が、目的の場所だと言うルークス。村、街を想像していた二人は少なからず驚くことになる。
ルークスが扉を開け、中に入ろうとする。
「ていやっ!」
入り口で待ち構えていたらしく、少年が斬りかかってくるのが見えた。少年だと認識。斬りかかってくるのも驚きはしたが、対応は問題無く出来る程度。勿論ルークスに当たるわけもなく。
「あいたっ」
「当たるんかい」
渾身の一撃が頭に直撃する。少年の持つ剣はしっかり刃もついていて、手入れもされているようだった。血が出る程度では済まないはずだ。
「いやー、良い攻撃だったな。俺でも避けられなかったよ!」
「ほんとほんとっ? 俺、皆を守れるかなっ!?」
「ああ、勿論さ。もっと頑張れば、俺にも勝てるようになるかもな!」
その子と和気あいあいと会話するルークス。いや何でだよ。血も出てなければ、髪の毛すら斬られてないような気がする。いや、何でだよ。
「あれ。後ろにいる人達は、お友達?」
「いんや、偶然見つけたから連れてきた。ほっといたら死んじゃいそうだったし」
「へー。俺、リシオ! よろしくな!」
リシオは元気な子のようだ。ニコニコしている。チラリと家の中を見ると、まだ何人か中にいるようだった。曲がり角から顔だけを出して、様子を窺っている。
「ま、詳しい事はは中に入ってからにしようか。ずっと気を張ってばかりで、疲れただろうからね」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「おじゃましまーす」
かなり古そうな建物だったが、中は思ったよりも綺麗だった。掃除はこまめにされているらしい。
部屋に入ると、先程の子供たちが隅の方で身を寄せ合って座っていた。女の子が五人。それを囲むように、一匹の獣が寝そべっている。大きな犬、狼っぽい。白い毛が美しい。あ、ぬいぐるみかと思ったが、五人が抱いているのも生き物だ。こちらも犬、狼っぽい。
「急に知らない人連れてきて悪かったね」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
ルークスの言葉に対し、子供たちは無言で返す。
「こんにちは、私はチャチャっていうの。よろしくね?」
子供たちの目の前まで移動し、目線をなるべく合わせるように屈むチャチャ。相変わらず無言だったが、全員がこくりと頷いてくれたようだった。今度は俺だと、ジーンもチャチャの隣に移動する。
「俺はジーン。しばらくお世話になるけど、よろしくな」
じーっ、と見つめられる。大きなおめめが可愛らしいが、何故チャチャの時のように頷いてくれないのか。
「やー」
「やー」
「やー」
「やー」
「ぷっ」
拒否、拒否、拒否、拒否、ぷっ。
「可哀そうに。にぃちゃん嫌われちゃってるね」
何故だ。特に何もしてないよな、嫌われるようなことは。横に目線を移せば、ペットと目が合った。一応声をかける。
「……よろしくな」
「フスッ」
ペットにまで笑われた。いや、表情は変わらん気がするが。でもしかし、雰囲気的にそう感じる。
そんなこんなで顔合わせが終わり、丁度いい時間になったのでチャチャが昼ごはんを作るということになった。食料はここに来るまでに狩った魔物の肉。他にも、ため込んであった野菜類や穀物をルークスに貰った。
「いつもは誰が作ってるんだ?」
「あー、一応俺なんだけど」
「ルーにぃはあんま上手じゃないんだよな」
「ふーん」
焼いただけ、茹でただけ、みたいなものが多いらしい。それじゃ駄目だよな。とは思いつつ、自分も大して変わらないので何も言わないジーン。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
暫くすると、食欲をそそる匂いがしてくる。この匂いはカレーだろうか。
そんな匂いに、子供たちは待ちきれないとそわそわしている。美味しそうな涎が――間違えた。美味しそうな匂いによって出てきた涎を拭かれる子もいる。
「お待たせ! お肉もお野菜も沢山入ったカレー。プラスでカツも追加ね。あ、卵欲しい人は言ってね」
皿をそれぞれに渡していくチャチャ。ジーン、ルークス、リシオ。五人の沈黙幼女のアイ、メイ、ユイ、リイ、レイ。ペットのシロ。更に子ペット五匹。そして自分自身。
全員に料理があることを確認し、ルークスが一言。
「いただきます」
ジーン達も後に続き食前の挨拶を済ませる。
「美味しい! これ美味しいよチャチャさん!」
リシオがガツガツとカレーを口に運んでいる。勢いよく減っているのは良いのだが、野菜だけを隅に避けている気もする……。
「全部食べないとおかわりさせてあげないからね? リシオくん」
今まさに皿を持ち上げ、おかわりを宣言するところだったリシオ。当然と言えば当然だ。一瞬固まっていたが、思い切って処理し始める。ちまちまと小刻みに口に運んでいく。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
幼女達も一心不乱にスプーンを往復させていた。口周りが汚れてしまっているが、それがなんとも微笑ましい。こっちも嫌いな物は残すんだろうなぁ、と思っていたが違った。
「あげる」
「もらう」
「これやー」
「おいしぃ」
「もっもっ」
最初から決まっていたかのように、野菜をトレードし始めたのだ。それわたし、これあなた。自分が食べられる物を貰い、要らない物をあげる。ちまちまと食べ進めるリシオと違い、あっという間におかわりを要求してくる。
いや確かに無くなったけども。ほらその、結局食べてない物が出てきてるわけで。
「いやー、可愛いだろ。いつの間にかこんな感じで分担されてたんだよね。うちの子らみんな賢いんだよなぁ。やっぱ俺に似たのかなぁ」
幼女組が可愛いのは認める。が、ルークスのその言い方に少しイラっとくる。五人のおかわりをよそってあげた後、遅れてリシオがおかわり宣言。
「おっかわりおっかわりう~れしいなぁ~」
自分の作ったものが好評だったので、ご機嫌なチャチャ。
「あ、俺も貰おっかな」
「あ、俺のも頼む」
ついでとばかりにルークスもおかわり。それならとジーンもおかわり。シロたちはいいのかな、と見てみれば、自分でおかわりをよそっていたご様子。先程、のそっと台所へ向かっていたので、その時おかわりに行ったのだろう。ちゃっかり子ペット達の分も用意していたようだ。……毛とか入ってないよな。
「はーい、ちょっと待っててね」
よそい終わった皿を持ってくるチャチャ。
「皆の口に合ったものが作れたみたいで安心し――」
二人のカレーが宙を舞う。
子供達、ぼへぇとそれを見守っている。
子ペット達、食事に夢中。
シロ、ピクリと反応を示し、カレーが床にぶちまけられる未来を阻止しようとする。
ルークス、位置的に背後の出来事なので反応できず。
一つは床へ、もう一つはルークスへ。このままではせっかくの明るい場が台無しになってしまう。次回、ルークス死す。お楽しみに。
「っぶねぇ」
大丈夫だった。まだまだ続くんじゃ。
頼りになるのはやはりこの男。実体化させた魔力を器用に使って、お皿をキャッチ。倒れかけたチャチャもキャッチぐっじょぶ。無事カレーは届けられた。
「いただきました」
食後の挨拶も済ませ、各々が皿を持って外へ出ていった。何だろうと思って付いていったら、自分の使った食器を洗い始めたではないか。自分の使った物の後片付け自体は別に驚くことではない。しかし、その方法に二人は驚いた。
「皆、魔法が使えるんですね」
リシオが使えるのはまだ納得できる。だが、幼女組までもとなると話は違ってくる。三、四才の子供が魔法を使うなんて、秀才どころの話ではない。
「ま、基本的なことはね」
さも当たり前のようにルークスは言う。納得は出来ないが、この世界ではこれが当たり前なのだろうか。
この世界は元いた世界の過去かとか思っていたが、流石に違うだろうな。未来ならもしかして……というくらいか。あるいは全く別の世界か。ミカの居た空間は隔離されているとかなんとか言ってたからありうるだろう。
いつまでも呆けてはいられないので、二人も食器を洗っていく。全部洗い終わるかといったところで、ルークスが二人に言った。
「今日は上手い飯ありがとうな。美味しかった。じゃ、俺はちょっと出かけてくるから、二、三日頼むわ。もし魔物が来たら、リシオにコツでも聞いて適当に片づけてくれ。俺からのアドバイスは……ま、常に結果を思い浮かべろってとこか。よろしくな」
「え、あ、」
「まっ、え、ん?」
ぴゅーっと遠くなっていくルークスの背中を見送る二人。
「子守りを」
「押し付けられた?」
「なぁー! 二人ともー! ちょっと手伝ってくれよー!」
リシオに呼ばれて向かった先はお風呂場。めちゃくちゃ大きい。めちゃくちゃ広い。
「おめめいたぁーいー!」
「いーやーあ!」
「ぴゃああぁぁー!」
「あわあわ! あわあわ!」
「いーこ。いーこ」
わぁー。洗剤が目に入ったのか泣き叫び、それを見て恐怖を覚え、逃げようとしてもシロに阻止され、泡立った洗剤に興奮し、子ペットを洗ってあげて。初めてのお風呂でもないはずなのにこの状況。
早く手伝えと急かされ、言われるがままに五人の身体を洗っていく。パンチを貰い、キックを貰い、泡を貰って。
「はい、おめめぎゅーっ」
「ぎゅーっ」
何とか洗浄を終わらせることに成功。湯船で子ペット達と一緒にはしゃぎ始める。あんなに泣いていたのが嘘のようだ。同様に、シロも済ませる。
それが終わった頃、幼女組は満足したのか一斉に出ていく。べったべたで歩かれても困るので、急いで追いかけタオルで拭いていく。髪は自分でやると自信満々に言っていたが、魔法の制御はまだまだ甘いようで、結局乾かしてあげることに。
もこもこの服を着せたところで、リシオが風呂から出てきた。
「二人ともありがとうな。後は一人で大丈夫だからさ、ゆっくり入ってきなよ」
そうさせて貰おうかと、二人で風呂場へ向かっていく。
「凄かったな。何か……凄かったな」
「毎日だよね、きっと。リシオ君も大変だね」
びしょ濡れになった服を脱ぐ。
「いやでも、何かいいな」
「あ、ジーンもそう思ったの?」
身体を洗い終わる。
「最初だけなんかな、こんな風に思うのって」
「うーん、どうなんだろ」
湯船につかる。
「あぁーぁ。どうなるかと思ったけど、ルークスのおかげで助かったな」
「ほんとにねぇー。感謝だよぉー」
リラックスして、とろーんと表情も緩む。
「はぁ~、気持ち良かったなぁ」
「そうだねぇ~、気持ちよかったねぇ~」
リシオに渡された服を着る。何故二人の分があるのかは、分からない。
部屋に戻っても、誰もいなかった。別の部屋から声が聞こえてきたので、覗いてみると、絵本を読んでいるようだった。
二人に気付いた幼女達は、リシオをベットから追い出し、チャチャを新たに招き入れる。チャチャを中心に左右に二人ずつ、そしてチャチャのお膝の上に一人。勿論、ひと悶着あったものの、順番こということで落ち着く。
その様を見ていたジーンだったが、読み聞かせが始まるや否や部屋を後にする。
リシオに案内された部屋のベットに転がり、鍛錬を始める。魔力を循環、変化、放出、実体化。基礎的な事をやっていく。実体化は最近だが、それ以外はずっと昔からやっていることばかり。それでも毎日続けている日課である。
常に結果を思い浮かべろ、か。懐かしい。子供の頃、ずっと言われていた言葉だ。
「今まで忘れてたとか、俺も不出来な弟子だな」
ジーンはそう呟き、誘われたままに眠りにつくのだった。