第六十一話 光
「うぉおおおおお!!」
「いやぁぁあああ!!」
「ゲシゲシゲシ!!」
自分磨きの旅とやらが始まって数分。二人は気味の悪い鳴き声をする魔物? から逃げていた。その魔物は足が三本あり、それをドタドタ動かしている。胴体は球体を三つ合わせたような感じになっていて、それぞれに目と口らしきものが一つずつついている。その口からは涎っぽい液体をまき散らし、ジーンとチャチャ目掛け、一直線に向かってきている。
「魔法も効かないし、どうなってんのよ!?」
「知らねぇよ! 余計な事考えてると追いつかれちまうぞ!」
「ゲシゲシゲシ!!」
一向に諦める様子を見せない魔物君。このままずっと追いかけられるのか。
「ゲシッ!」
と思いきや数秒後、何やら様子がおかしくなる魔物君。体をビクンと硬直させる。
「なんだっ!?」
「諦めてくれたのっ!?」
「ゲシ」
「ゲシ」
「ゲシ」
「三」
「体に」
「「ふえたぁぁぁああ!!」」
バネの如く体を伸縮させ、猛スピードで距離を縮めてくる魔物君達。十メートル程あった差も徐々に縮まってくる。
「……先に行け」
「分かったわ」
「即答、だと」
「じゃ、後は頼むねっ」
「っ、ああ、任せとけっ」
ずさぁっ、と勢いを殺しつつ魔物君達へ振り向くジーン。
「ゲシ(たべ)!」
「ゲ(て)!」
「ゲシ(やる)!」
「うぉおおおおお!!」
結界を張り直し、魔法で牽制し、魔闘技を発動。地面を盛り上げ視界を遮り、確実に自分が注意を向けられるようにする。
「ゲシ(いてっ)」
「ゲシ(いてっ)」
「ゲシ(いてっ)」
魔物君達の足を止めることに成功するジーン。やはりダメージを与えられていない様子だが、時間稼ぎをするだけなら問題はない。
「さぁっ、俺の後ろには一歩も――」
逃げるチャチャ。一瞬ジーンの反応が不自然な動きをした気がするが、今は走るのが最優先だ。最も信頼する人に任せろと言われたのだ。疑うなんてことは無い。
「ほんと何なのよ此処は。自分のいた世界とは違う全く別の場所とかだったら、冗談でも嫌なんだけどっ」
赤橙の地面、ぽつりぽつりと飛び出た岩の頭。植物は見当たらず、建物などの人工物は見当たらない。遠くに魔物らしき影が見える気もする。ヒトが居るのかどうか不安になってくる。
ズガガッガガァッ。
大きな音に振り返ってみれば、造られた土の壁が崩れるのが見えた。ジーンが自ら壊した? けど、あんなに大きな音を立てたら、別の魔物に見つかってしまうのでは。
「ゲシ」
「ゲシ」
「ゲシ」
見えるのは三体の魔物。
「って、何よ! まだ追いかけてくる訳!?」
差は広がったものの、問題の解決には至らない。それに、気になることが一つ。
「あれっ、ジーンはっ、どうしたのっ……」
任せろ、何て言っていた本人がいないのだ。前を走っているのでもない。しかし、反応は確かにあるのが不思議な点だ。
「ゲシ」
「ゲッゲッ」
「ゲシ」
何やら中央にいる奴の様子がおかしい。チラリと見た時、一つだけある口らしきものから何かが飛び出ていた。余裕のない中、もう一度確認する。
ぷらーん。
「って、あれでしょ! 絶対あれでしょ!」
間違いなくジーンだった。腰のあたりから上は完全に口の中。口から出ている部分は、振動に合わせてブラブラと揺れている。
「後ろには一歩も行かせないんじゃ――」
いや、待て待て。ジーンは、俺の後ろには行かせないと言った。もう一度現状を把握するために、チラリと確認。左の魔物が少し遅れ気味、続いて右の魔物、先頭は真ん中の魔物。ジーンがいるのは真ん中の魔物の口の中で……。つまり、現在トップにいるのは――。
「ジーンである……じゃないわよ! 確かにっ、ジーンの後ろにはっ、私しかいないけどっ! 喰われてるしっ、意味ないよねっ、それっ!」
「ゲシ」
「ゲッゲッ」
「ゲシ」
「ぷらーん」
何となく、あの足を見ると『すまない』と言われている気がする。
「もうっ、どうすればいいのよ!?」
ジーンでも敵わない。自分の足でも逃げ切れない。イッチーとも連絡取れないし、転移も無理。ジーンは、未来になるであろう姿を見せてくれたのだろうか。涎でべとべと、何やら細いものがうねうね。一体私はどうなってしまうんだろう、とチャチャの希望ゲージがガリガリと削られていく。
十メートル。
八メートル。
五メートル。
見る見るうちに差が縮まってくる。
四。
三。
二。
一。
頭上に迫る黒い影。あ、これ終わったわね。
あの涎には発情させる効果があって、他種族とでも子を作れるようにさせるんだ。きっとジーンも、天国にでもいるような快楽のせいで動かないんだ。きっと私も、体から生えてるあのうねうねに、あんなことやこんなことを……。痛いのはやだな。でも、気持ち良くなるんなら……。
と、加速するチャチャの思考が、一旦止まる。
あれ、何で私まだ走っているのかな。走れているのかな。
頭上に迫っていた影も、あの絶望感も無い。改めて後ろを振り返る。
びったーんと壁にぶつかったかのような状態で、魔物君達が止まっていた。
「君、大丈夫?」
「え?」
走っていた方向から声が聞こえた。急に止まれるはずもなく、ぶべしっと魔物と同じようにぶつかってしまう。
「あー、ごめんね。急には止まれなかったよね」
「い、いえ。助けてくれて、ありがとうございます」
「どういたしまして。でも、どうしてこんなとこにいたのかな?」
「えっと、私達、急にここに飛ばされちゃって。何が何だか混乱してて」
「私達ってことは、お仲間さんが?」
「あっ忘れてましたっ、あそこに、あの真ん中からぴろって出てるあれがそうです!」
ジーンの存在を確認すると、慌てた様子で近づいていく男。
「出番だ魔剣ジン」
一言呟くと、男の手に剣が出現する。ジーンでもダメだったんだ。無理だと言いかけるチャチャだったが、目の前で起きたことに驚くことになる。
まさに一閃。剣を振ったのだろうと、その程度しか分からなかった。左にいた魔物が縦に真っ二つになる。右の魔物も続いて両断される。最後に真ん中にいた魔物。一瞬で処理してしまった。
「おらっ、男ならシャキッとせんかっ!」
男は、無理やり引っこ抜いたジーンを殴り飛ばす。
「早く起こさんと戻ってこれんくなるぞっ」
理由は分からないが、男の様子からするに危機的状況らしい。チャチャとしても、こんな所でジーンとお別れは嫌なので全力で叩いた。
「逝かないでっ、目を覚ましてっ、独りにしないでっ」
何度も頬にビンタを入れるチャチャ。ぺぺぺぺぺぺぺと猛烈な勢いで顔面を往復するチャチャの手。ビンタしたのは、男がそうジェスチャーしたからである。
「おぉ、これは、流石に……」
想像以上の勢いに、男も若干引いてしまう。
「(ぺぺぺぺぺぺぺ)……!」
「あ、ちょいちょい。もう起きてるみたいだよ」
「(ぺぺぺぺぺぺぺ)へ? あっ、やっと起きたのね! 良かったわ!」
ビンタを止め、ボンボンに腫れた頬に回復魔法をかけるチャチャ。目が覚めたジーンは説明を求める。
「助けてくれたみたいだけど、状況を、教えてくれるか」
ジーンが喰われた後の事を教えるチャチャ。男の説明もしようとするが、名前も知らないことに気付く。
「俺はただの旅人さ。名前は、そうだな。ルークスと呼んでくれ。皆にはそう呼ばれている」
ルークスに連れられ、二人はある場所へと向かう。そこでこの世界の状況、自分たちの状況を説明するのだと言う。ジーンもチャチャも助けてくれたし、と信じることにする。
それが罠だとも知らずに。