第六話 ミィと出会うまで(3)
二人は無事、クーガの森の入り口まで来ていた。道中は当初の思っていた通り魔物が多かった。最初に襲われた後も、クーガの森に到着するまでに何度も魔物に遭遇した。しかし、ジーンに注意されてからのチャチャは、ジーンが助けるまでもなく敵を倒せていた。そのため、予想していたよりも消耗せずに来れたのは良かった。
最初は少し不安もあったが、信頼して任せられると思っているジーンだった。
「初めて来たけど、何か他とは違う空気が流れてるねぇ。こぉ、本能がここは危険だぁ。って暴れてる感じ?」
チャチャはこの森が危険だと直感で分かったらしい。ジーンも何度か来ていたが、最初に来たときはとてつもない不安に襲われたのを思い出していた。
この感覚は冒険者だから分かる、といったものではなくて動物の本能が働いている気がする。
「そんなに気を張らなくても大丈夫だよ、ここなら魔物は寄ってこないから。一旦休みを取ろうと思うんだけど?」
大丈夫だというのはちゃんと理由がある。まず、クーガの森にいる魔物は森から出てこない。なのでそちらの魔物に意識を向ける必要がないということ。そして、森の外の魔物はクーガの森には滅多に近づいて来ないということだ。
ここはその二つの条件が重なり合う場所なので、魔物が来ないと言えたのだ。そうチャチャにも説明してあげる。
「そうなんだぁ。うん、私は賛成だよ。ちゃんと心も体も休ませないと、私にはこの森は厳しそうだしー」
チャチャは座るのに丁度いい岩に腰をかけて言った。こうして戦闘したりするのは久しぶりらしく、思ったより体力を消耗していたようだった。
「じゃあ、ちょっと遅いけどお昼ご飯にしようか」
そう言ってジーンはバスケットを取り出す。中身は出発する時にギルド職員さんが作ってくれていたサンドイッチだ。どれも綺麗に作られていて、大変に美味しそうである。
メッチャいい匂いだし、早く食べたい。
「……いつ見てもすごい魔法だよねぇ。そんな魔法聞いたことないよぉ」
チャチャはサンドイッチよりもジーンの使った魔法が気になるようだった。
ジーンが使ったのは空間魔法。この魔法で事前に空間の中に物を入れておけば、いつでも取り出せるといった便利な魔法だ。
実はこの空間魔法は前例がない魔法らしいので、ジーンが勝手に名前を付けている。
「空間魔法っていうんだよ。便利で使い勝手がいい魔法なんだ」
ジーンはそう言って、傷薬や衣服などを出して見せる。しかし、この魔法は便利なのだが少し欠点がある。それは食料は気を付けていないと腐ってしまうということだ。
昔、ほったらかしにしていたパンが無残な姿になってしまっていたことから、この弱点が発見された。なので食材などは、あまり多く入れないようにしているジーンであった。
「ハッキリ言って反則ですよぉ。皆は荷物を運ぶのにも苦労しているんですからぁ」
サンドイッチを食べながらチャチャが言ってくる。
「出来ちゃったんだから、ちゃんと活用しないとね」
というのは、この空間魔法は偶然できたものなのだ。ジーンもサンドイッチに手を伸ばしながら言う。
ジーンが子供の頃にこんな魔法があったらなぁ、と軽い気持ちで試してみたら出来てしまったもの。ハッキリ言って、空間魔法の仕組みは説明できないのだ。それでも問題なく使えてしまっているので、彼自身あまり気にしてはいない。
「ま、私も今は助かっていますからぁ、別にいいんですけどねぇ」
さらにチャチャの手がサンドイッチに伸びていく。
それにしてもこのサンドイッチ美味いな。これだけで商売していけるんじゃないか。ジーンは思った。
チャチャもすごい速さでサンドイッチを食べている。リスみたいに口がぷくっ、ってなっててすごい可愛い。ジーンも、もたもたしてると全部食べられてしまいそうだと思い、サンドイッチに手を伸ばして……
「ジーン、あれ魔物じゃないですかぁ!? どうしましょう!?」
チャチャが慌てて、ジーンの後ろに指を向けて言う。
「なにっ、俺の感知レーダーには魔物の反応なんて……!?」
ジーンはチャチャが指し示す方へ視線を向ける――向けてしまったのだ。ジーンは魔物を見つけられず、チャチャへ振り返る。
「チャチャ! どこに魔物が……チャチャ?」
そこには先ほどよりもほっぺが大きくなったチャチャがいた。目が合うと、ジーンから視線をそらす。ぷいっと横を向いたのだ。
もしやと思いバスケットの中を確認すると、サンドイッチが全部なくなっていた。
……欲しいなら言ってくれれば良かったのにな。たとえそれを言うのが恥ずかしかったとしても、今の状況によりもましな気がするが……気づかれないとでも思ったのだろうか?
ものすごい勢いで、サンドイッチがチャチャの腹の中に納まっていくのが分かった。
「き、気のせいみたいでしたねぇ。さて、もう少し休憩しましょうかぁ? それとも、もう出発しちゃいますぅ?」
口の中が空になってから、チャチャはジーンに聞いた。ジーンが何も言わないので安心したのだろうか?
早速とばかりに次の行動に移ろうといているところ悪いが、少しお仕置が必要だろう。
「そうだね、もう少し休んでからにしようか。デザートもあることだし」
そう言ってジーンはデザートのプリンを取り出す。チャチャは目を輝かせて頷いている。が、ジーンはプリンを一つしか出さなかった。
そしてジーンが一人で食べ始めるのを見て、少し顔を引き攣らせるチャチャ。
「あれ、ジーン? どうしたんですぅ? 私の分を忘れていませんかぁ?」
チャチャが少し涙目になりながら聞いてくる。
ふむ、少しは反省したかな?
「あぁ、ごめん。チャチャの分はこれね」
そう言ってジーンはチャチャの分を渡す。
「……これなんですかぁ? 明らかに食べられないものなんですが?」
チャチャが安心しかけていた顔を固まらせ、そう聞いてくる。
「団子なんだけど? 見たら分かるじゃないか」
ジーンがチャチャに渡したのは団子だ。しかし、ただの団子ではない。実は遊んでいた子供達に貰ったものなのである!
ギルドに向かう途中、これあげる! 食べて! と子供たちから言われたときはすごい焦ったものだ。普通の団子なら良かったのだが、どこから見ても砂で出来ていた。まぁ、とっさに空間魔法を駆使して食べたように見せかけることが出来たし、子供たちも本当に食べるとは思っていなかったのか、驚きと嬉しさの声を上げてくれたので良かった。
その後、近くを歩いていた大人に大丈夫か? なんて聞かれてしまったが。
「こんなの食べられませんよぉ! さっきのことは謝りますからぁ、私にもプリンをください! お願いしますぅ!」
むっ、こんなのとは失礼な。この団子は俺と子供たちの絆の証だからな。しかし、チャチャがついに泣いてしまったのでこのくらいにしよう。
「反省してくれたか? 言っておくが、俺はサンドイッチを食べられたことに怒ってるんじゃないからな」
ジーンは団子を回収しながら言う。
「……なら私は何に反省すればいいんですかぁ?」
涙を拭きながらチャチャが聞いてくる。
「俺が気に入らないのはサンドイッチが欲しいならそう言葉で言ってくれなかったことだ。恥ずかしい気持ちもあったかもしれないが、それは仲間の分を勝手に食べていい理由にはならないと思うんだ。これからは一言でも言ってくれると嬉しいんだけどな」
ジーンはハンカチをチャチャに渡しながら、チャチャに説明する。
「うん、分かった。ごめんね」
「分かってくれたならよし。これ食べてから出発しようか」
そう言って俺はプリンを渡す。
「ありがとぉ、ジーン」
チャチャはニカッと笑って、プリンを受け取り食べ始める。結果として、お互いの距離が近くなった気がするので良かったのかもしれない。
全然意見が合わない者同士だった場合、ギクシャクしたまま森に向かうことになっただろう。
「よーし! お腹もいっぱいになったしぃ、張り切っていきますよぉ!」
プリンを食べ終わったチャチャは、やる気に満ちた声を轟かせ歩き出していく。
ここからは本当に気が抜けない。張り切りすぎて最後まで持たなかったなんて事はやめて欲しいが……チャチャもその辺は考えているだろう。
そう信じてジーンもある魔法を発動させてから歩き出す。
二人は無事に依頼が達成できると、そう信じてクーガの森に入っていった。