第五十七話 どちら様?
朝、ジーン達の様子を見に行くミーチャ。ノックをし、返事があった後ドアを開ける。昨日は思い詰めた様子をしていたので心配だったが、引きずっていないようで安心する。
「おはよ、三人とも起きてるわね」
「おはようございます、先輩」
「あ、ミーチャさん。おはよーです」
ジーンと出会ってから変わったなと感じるミーチャ。随分とチャチャが大人びて見えた。ミィはいつもと通りといったところ。ただ、いつも以上に気合が入ってるのが分かる。
「ん、こっちは大丈夫だったか」
剣の手入れ……なのか分からないが、何やら作業をしていたジーン。ちらりとミーチャに目を向け言った。ミーチャは大精霊の事について聞きたかったが、ここはぐっとこらえた。
「そうね、何かしらの騒ぎは日常茶飯事だけど、精霊関係では問題無かったかしらね」
「そうか、なら良かった」
それだけ言い、ジーンは止めていた手を再度動かし始めた。
「それじゃ先輩、朝ごはん作ってきますね」
「あ、ちーねぇ待ってミィも行く」
ミーチャが一か月の修行の成果を聞く前に、二人とも部屋から出て行ってしまった。自然とジーンから聞き出すことになる。いざ彼女が口を開く。前に、どこから現れたのかミカがそこにはいた。
『ミーチャおはよ!』
「きゃっ」
油断していたのか、驚いて小さな声を上げてしまうミーチャ。ぴくっと体を震わせたが、すぐに状況を把握する。
「ミカ君、か。おはよう」
『あのね、今は一人にしてあげて欲しいかな。事情は僕が説明するから。ほら、あっち行こ!』
ミーチャは、主導権を握られ何もできないまま、ミカに連れていかれる。出来る事なら、出来る事ならばもっと自然に連れて行ってほしかった。ミカの気遣いは嬉しいが、やり方も考えてくれいとジーンは思った。
「……」
イッチーにミカについて行って欲しかったが、既にいないことに気付く。チャチャ達が出ていった時、実はそちらの方へ行ってしまっていたのだ。
一人部屋に残されたジーン。嬉しさ半分寂しさ半分、特に深い意味は無い……ことはないが、習慣になっている当たり前の作業を黙々と進めていく。
朝ご飯ができたと呼びに行った時。あんなにも目を輝かせた彼を見たのは初めてかもしれない、と彼女は姉に語ったという。
「こんなにゆっくりしていいの?」
そんなこんながあった朝食後、ミーチャが聞く。何があったのかを一通りミカから聞き、大まかな状況は把握していた。だからこそ、一刻も早く事を起こした方が良いんじゃないかと思ったのだ。
「いや、明日じゃないとダメなんだ」
体力、魔力を完全に回復させるため。万全の状態で臨まなければ、返り討ちにされる心配もある。万全の状態だからといって全てが上手くいく訳ではないが、可能性を下げるだけでも意味はあるとジーンは言う。
「それに、ミィを連れて乗り込む訳にもいかないからな。それなりの準備はしないといけない」
ミィは拠点にしている家に置いていくつもりだ。結界を張り直したり、抜け道に罠、非常食におやつなどなど……。一応ミカの分身も残らせるが、戦闘能力は期待できない。戦闘能力は本体に割り当てたいからだ。何かあった時に最低限の対応が出来るだろうが、結界や転移での時間稼ぎ役と考えている。
「ミィも戦えればいいんだけどね……」
自分は見ているだけ、という事実に悔しさを感じているミィ。
「いつもみたいに、お菓子でも食べて待ってればいいのよ」
ポリポリと揚げ芋を食べながらチャチャが言った。揚げ芋とは芋を薄く切ったものを揚げたものである。うまい。
「もう、ちーねぇと一緒にしないでよ~」
『え、本気でそう思っ……』
ミカの口が途中で止まる。にこっとミィが笑ったのを見たから。正確にはその裏に隠された「それ以上言ったら……ね?」と飛ばされた言葉によって。
「へぇ、ミィちゃんもね。意外だったわ」
はい、ミカのお仕置きが確定しました。
隠さなくてもいいとジーン達は思っているのだが、ミィはいい子ちゃんでいたいらしい。自分はしっかりしていて、何でもこなせる出来る子。と人から思われたいのだ。確かに優秀ではあるのだが、それが全てではないのはジーン達にはもうバレていた。
何故人前でそれを見せないのか、自分たちには隠そうとしないのか聞いたところ、「ん? 家族だからだけど」と返ってきた。ジーン、チャチャはその強烈な一言に電撃が走る。家族を失っている二人にとって、それは心に染みる一言。それからはミィに甘々になったという小話。
「ま、まぁそんな訳で、俺たちはもう行くから。何かあったら連絡してくれ」
話は終わった、と立ち上がるジーン。特に荷物も無い――魔法でいつでも出し入れできるから便利である――ので転移を始めようとする。
「バンッ! おい、そこのお前! 俺と勝負しろ!」
セルフ効果音と共にドアを開け、ビシィッと指をさす、青髪の青年。冒険者なのか体つきが良く、腰に剣が二本ぶら下がっている。ちなみに全く見覚えが無い。誰ですか君は。
「何だその顔は! 俺との勝負が怖いだなんていわせないからな!」
「いや、君はどちら様?」
「俺はドチラなんて名前じゃないぞ。ソチラだ、間違えんな!」
あ、はい。
「ジーン、そんな奴相手にしちゃだめ。アホが移るから」
「チャチャは『ん?』……さんは少しだまっ『んん?』……お、お黙りになって?」
いや最後おかしいだろ。
二人がどんな関係なのかは分からないが、どちらが上でどちらが下なのかは理解できた。それとチャチャ、アホは感染しません。
「え、えと、そこのお前!」
「ジーンだ、よろしくな」
「あ、はい。……ではジーン、表に出て俺と勝負しろ! 俺が勝ったらもうチャチャ、さん、を連れまわすのは止めるんだな!」
うん、何がどうしてこうなった。
なんとも状況が掴めないまま、外に連れていかれたジーン。なんだどうしたと、野次馬も集まってきた。
「おいおい、ソチラの奴ジーンを相手に何するつもりだよ」
「面白いことになってるじゃねぇーか。ジーン、怪我させるんじゃねーぞぉ!」
「ぜってー敵わないだろ、実力の差ってやつも分からんのか」
「なんだアイツ。ソラチの剣技を知らないのか?」
「一分も要らないな。秒殺だよ、秒殺」
冒険者、特に二人を知っている者たちは笑いながら声をかける。逆にジーンを知らない者たちは、誰もがジーンを馬鹿にする。
「はぁ、ジーンも相手にしなくていいのに」
「あんなに心配してくれてるのに、何が嫌なのよ」
「……本気で言ってます?」
「さぁ。ただ、一途なのは嫌いじゃないわよ?」
「鬱陶しいだけですよ」
準備は万端、とジーンと向かい合っているソチラが二本の剣を抜く。
「これだけ観客がいれば、後から何を言っても無駄ですよ。さっきの事、守ってもらいますからね」
いや、まぁ、証人ってことで集めたんだろうけど、別に悪いことしてたとかそんなこと無い訳で。だから何だって感じです、はい。
「ソチラが負けたら、どうするんだ?」
ジーンが言う。それを聞いたソチラファン? からブーイング、野次が飛んでくる。が、ソチラがそれを制した。
「僕が負けたら、ジーンは今まで通り過ごせばいい。これから先、僕は何一つ口出ししないよ」
こちらにメリットがあるのかどうか。しかし、ちょっと面白いし、メリット無くてもいいとジーンは思っていた。
「先手はどうぞ、どっからでもきてくれ」
ジーンの言葉に少しムッとするソチラだが、すぐに戦闘モードに切り替える。意識を集中させ、自分にとって最高の状態までもっていく。身体強化の魔法をかけ、ある人物にちらりと視線を向ける。すぐにジーンへと視線を戻し、一歩を踏み出した。
――こんなもんか、ソチラはそんな言葉が聞こえた気がした。