第五十六話 届いた言葉
「もうこんなこと止めてくれ! 僕の、僕たちの子にこれ以上手を……っ!?」
「回復魔法が使えるから残してはいたが、そろそろ限界だな。ふむ、思いついたぞ。これは良いものが出来そうだ」
「もういらない」
「……? どうしたの?」
「何故、全てはお前のせいだ」
「えと、何言って」
「話しかけるな、もううんざりなんだ」
「……」
「このクズが」
「おお、そんなことが。可哀そうに」
「おじいちゃんも私が嫌いなの?」
「そんなはずないだろう。ずっとお前の味方だよ。約束しようじゃないか」
「……うん」
「さあ、言われたことはやったぞ! 早く……?」
「何で来たの? 悪い人には罰を与えなきゃ」
「これは、いったい……?」
「これはこれはお父様。困惑されていらっしゃるようで。説明してもいいのですが、彼女は怒りを抑えられないようで」
「!? これは、あの時の? でも私はこんなこと……まさか」
「はい、自分の娘にあんなことするなんて、父親失格ですね」
「ご、誤解だ私は操られて」
「死んで? もう顔も見たくないの」
「……ちなみに、彼女もです」
「っ、そんな……」
「きゃああぁああぁ!!」
忘れていた、記憶の奥に押し込まれていたものが次々と溢れてくる。堪らず叫んだゼーちゃん。うずくまる彼女の傍で声をかけるジーン達。しかし彼らの声が届いていないのか、落ち着く様子もない。そんな中、水の大精霊がゼーちゃんを魔法で眠らせ強制的に黙らせた。
「君たちが動揺してどうするのよ。彼女を助けたいのならもっと気を張りなさい」
ジーンもミィもチャチャも、誰もが彼女の異常に対しパニックになってしまったのだ。
「彼女が目を覚ましても、またさっきと同じようになるかもしれない。その次も、またその次も。彼女は覚悟を持って決断したのだから、それを支えてあげなさい」
そう言い、水の大精霊は幾つかの対処法をアドバイスする。その後で、私が出来るのはここまでと引き上げて行ってしまった。
「まあなんだ、お前らが投げ出したら本当に独りになっちまうってことは頭に入れておけよ」
水の大精霊を追いかけるように、火の大精霊も姿を消していった。残ったのは地の大精霊。
「わしはもう少し付き合うからの」
気になることを彼女に聞き忘れたらしい。それを聞くまでは居てくれるようである。
「あ、美味しいごはん期待しとるからの」
ちょっと見回りにーと言い、てこてこ歩いて行ってしまった。寂しさを感じるほど静かになった。
「色々と急な話ばっかり。混乱しちゃった」
「ミィも、何も出来なかった。ゼーちゃんが一番辛いはずなのに、身体を動かせなかった」
眠るゼーちゃんの傍で、同じように寝転がり話す二人。雲が流れ、心地良い風に包まれる。こんなにも穏やかな空間に居るはずなのに、二人は不安を感じていた。
「……あれ、私」
記憶が戻ってから、どれ程の時間が経ったのだろうか。ゼーちゃんが身体を起こした。一瞬言葉に詰まるチャチャだったが、いつも通りに話しかける。
「ほら、水飲みなさい」
「あ、ありがと」
コップを傾け、くっくっと飲んでいく。
「……ごめんね、色々と思い出しちゃって、衝撃とか、えと、すごくって……」
「ううん、いいのいいの。大変なのはこれからだし、ゼーちゃんもミィたちを頼ってね?」
ゼーちゃんは笑ってそれに答えた。それがつくりものであるということは一目で気が付いた。
「じ、ジーンは? あれ? 近くにはいないみたいだけど。どこなの? あれ、どこ? ねえって」
「……大丈夫。ね? ジーンはすぐに戻ってくるから」
チャチャは彼女の手を取り、目を合わせながらそっと言葉をかけた。手を繋いだのはそうしないと身体中を自ら傷つけてしまうから。視線を合わせたのはここには自分がいると確かに認識してもらうため。言葉をかけるのは今、この瞬間は自分に集中して欲しいため。なにより自分が、チャチャ自身が逃げないようにするため。
これで四度目になる。彼女の対応に慣れてきたことを自分で把握していた。それと同時に早くジーン帰ってこいと心の中でつぶやく。
『悪い、まだかかりそうだ。中々見つからん』
おっと、心の声が漏れていたようだ。気を引き締め直さないと。
「ジーン、もう少しかかりそう?」
「みたいね」
何度目覚めても同じような事を繰り返すゼーちゃんを寝かせる役は中々に大変だ。精神的に。水の大精霊には十分以上興奮するようなら魔法で寝かせなさいと言われ、それを何度も繰り返した。
日を追うごとに落ち着いていったのが救いだった。会話が成立し、修行も再開された。ただ、一日に二、三度は暴れまわる。その度にジーンとチャチャ、精霊達で抑え込んでいた。
「中々見つからないね」
「ゼーちゃんのためにも早く見つけたいとこだが、こればかりはしょうがないな」
ジーンが探していたのは心を落ち着けるためのもの。昔から心の病に対して使われてきたものだ。その中でも効果の高い物をいくつかせっせと探していたのだ。その中の一つは見つかった。それがよく効いたように見えたので他の物も欲しかったが、数日経っても見つけられなかったのだ。
「ごめんね、私のせいで時間を無駄に使わせちゃって」
「そう思うのなら早いとこ立ち直りなさいよね」
ズバッと言い放つチャチャ。
「あは、これは手厳しい」
「もう、ちーねぇはもっと優しくしなきゃだよ! ちーねぇが厳しい分、ミィに甘えていいんだからね」
『まあまあ。慌てても仕方ないと思うし、のんびりやってこうよ』
のんびり、とは言うがあと二週間もしない内に作戦の実行日になる。そちらはミィの問題を解決できるかもしれない。出来ればこのチャンスは逃したくはない。
ここ最近判明したことなのだが、奴らは拠点を一定間隔で移り替えているらしい。場所が分かっている内に実行したい。
「……あの、さ。元々あと一週間くらいで終わりの約束だったでしょ? ここにいるのって」
「まぁ、そうだな。あと十日くらいか」
「十日、か。うん、私負けないから」
誰一人として諦めることなく、残りの時間を過ごした。結果だけ見れば間違いなくそう言い切れた。出会って一か月も経たないが、深い絆を結べたと言える。
弱気になった時には喝を入れ、励まし、笑わせる。一方通行などではなく、立場が逆転することも。そして、彼女は言った。
「行ってあげて」
当然、不安定な彼女を残していけるはずはない。が、それは彼女が許さなかった。結果的に最終日となったその日、それまで以上に激しい戦闘訓練になった。反論をさせる暇を与えないためなのか、自分が行けない悔しさがあったからなのか、理由は分からない。
彼女と別れることになった日。
「成長した所、ちゃんと見せてとらよね!」
久ぶりに口調が戻った気がする。
「……どうして邪魔をするとら?」
「さぁ、どうしてかしら」
久しぶりに彼女から触れ合おうとしてくれた気がする。
「な、仲間か。そう、なんだね。えへへっ、うれしいな」
……初めて言葉が届いた気がした。