第五十三話 怪奇現象
「何が聞こえても、何が起きても、絶対に振り返らないで。絶対に戻ってこないで。きっと、抑えられないから。だから、絶対に。約束だからね」
彼女との約束を守り、安全に転移できる場所まで来た。すぐに転移し、ギルドへ戻る。
「あ、おかえり。どうだっ……何があったのよ」
誰も、何も答えない。答えられなかった。
「……少し、休ませてもらう」
そう言って、彼らは奥の部屋に入っていった。
「――ね、私も連れてってよ!」
出会って間もないのに、彼女はそう言った。契約しようよ、君達と一緒なら楽しそうだし、と。
契約するのは特に問題はないとジーンは思っていた。彼女の力は強力だし、最初の印象こそ良いものではなかったが、すぐにそれも改めることになった。それに、今までも特に拒むことは無かったので、今回もすんなりと契約することを決めた。
「……あれ、成功、したの? これ」
ゼーちゃんは不思議に思って、そう呟いた。
ジーンも違和感を覚えたのは始めてだった。自分は数回しか経験は無いので、詳しい一人に確かめてみることにした。
「ミィも……分からない。けど、失敗する可能性は、いくつか……」
一つ、対象の精霊と契約する資格がない。
一つ、対象の精霊が既に他のものと契約していた場合。
一つ、対象の精霊の寿命が近い時。
一つ、対象の精霊が大精霊だった場合。
ほかにもいくつかあったみたいだが、この時思い出せたのはこの四つだった。
「俺の実力不足が原因……なのか?」
一番考えられる理由はそれくらいなのだ。誰とも契約していないのは事実であり、本人は自身が大精霊でもないと言う。普通であれば寿命はまだまだ先のはずである。このことから、ジーンはそう結論付けた。
その言葉にがっくりと肩を落とす彼女。が、気持ちの切り替えは早かった。
「ま、契約はまたの機会にやるとして、別にジーン達についてくのは良いでしょ?」
コロコロと表情の変わる彼女は見ていて飽きない。これは彼女が素直だからなのか。そんな彼女の提案を受け入れることにした。
それから、ジーン達は修業の日々にを重ねていった。契約が失敗した日から二週間位経った頃、彼らは契約が失敗した真の理由を知ることになった。
「うん、今日も私の料理は完璧ね」
「いや、全部チャチャが作ったわけじゃないだろ。それに自分で言う事じゃない」
「何よ、美味しくないっていうの?」
「……そうは言ってないだろ?」
『もー、二人ともせっかくご飯美味しいんだから、もっと楽しくお話ししようよ』
何度目になるのか分からないこのやり取り。チャチャがお料理当番の時は毎回というほど行われている。
「この二人は昔からこうなのとら?」
これを見るのにも慣れてきたゼーちゃんが、疑問を口にした。
「んー、俺がチャチャと契約した時は、どっちももう少し柔らかかった気はするけどな。でも同じようなやり取りはやってたな」
「昔って言っても、まだ出会ってから一年経ってないんだけどね。ちーねぇはジーン好き好き! って感じだったし」
イッチーとミィが答え、チャチャがそれに反応した。
「気持ちを抑えられる、つまり大人になったってことね。それに、押してダメなら引いてみろって先輩も言ってたし」
言ってることは合ってるかもしれないが、チャチャの口から出る言葉に納得できない一同。しかし、ツッコミを入れることはしない。あははそうだネー、と相槌を打つだけである。
『まーチャチャはともかく』
チラリ、とミカが視線を移す。
「ジーンの気持ちが分かんないわね」
同じく視線を移すミィ。つられてゼーちゃん、イッチー、最後にチャチャが。全員の視線を受け、ジーンが口を開いた。
「前から言っているだろ。俺はチャチャを“弟子”として見てるって」
いつもと同じ答えが返ってくる。この言葉に嘘はない。
『そこは“可愛い弟子”って本心を言わなきゃだめだよ?』
ここで珍しくミカの援護射撃。
「……そ、そんな。可愛いだなんて、もう」
「マジ照れちーねぇキタコレ」
ちょっと興奮気味のミィは置いといて、ジーンは不満の腑を込めてミカを見る。え? そんな言葉は無い? 遺憾の意って言葉はあるのにな……。
「あはっ、やっぱりみんな面白いね。ジーン達とずっと一緒にいたいよ」
和気あいあいと食事を進めていたが、一瞬空気が変わる。違和感を感じたのは二人。ミカとイッチーだけだった。
「ん、どうしたんだ」
二人の様子を見てジーンが声をかけたが、二人は上手く言葉に出来ないようだった。ゼーちゃんも様子がおかしいので声をかけるが、反応がない。
「ゼーちゃん大丈夫?」
ミィが肩を揺らすがそれでも反応が無い。微妙な間があった後、ゼーちゃんが立ち上がった。突然の事に動揺する一同は声をかけるタイミングを逃した。
「*********」
凄まじい風がゼーちゃんを中心に吹き荒れる。近くにいたジーン達は数メートル吹き飛ばされた。
「なにが、起きたんだ?」
体を起こして確認したら、ゼーちゃんは風剣で何かを受け止めるような恰好をしていた。瞳が不気味に輝き、表情は人形のように一切変化しない。別人かと錯覚するほどの変わりようだった。
「*********」
何かを呟き、一気に薙ぐゼーちゃん。地面が抉られ、茶色の土が飛び散る。かと思えば少し離れたところに移動したゼーちゃん。風剣を何かへと叩きつけるように振り下ろす。すると直径四、五メートルのクレーターがつくられる。
『戦ってる……のかな?』
何と戦っているのか。それは誰にも見えておらず、全く状況を掴めない。
トドメと言わんばかりに、風剣を突き刺すゼーちゃん。そのまま飛び上がり、風剣の突き刺さった場所を魔法で滅多打ちにする。土煙が収まるのも待たずに次の行動に移ったゼーちゃん。風剣を新たに作り出し、同じ場所へと投げつける。二つ、三つと時間をおくことなく投げつけ、おくことなく五本目を投げて
ようやく動きを止める。
その場の誰もがゆっくりと降りてくる彼女を、ただただ見ることしかできなかった。
彼女が地面に降り立った後、少しの硬直があった。顔を俯けているため、表情を確認する事は出来ない。
「……? あれ、皆どうしちゃったのとら? そんなとこにぽつんと立って」
今の彼女からは不気味さは感じられない。ジーン達が知っている彼女がそこにいた。
「え、いや、今のは何だったんだ」
ジーンは困惑して上手く言葉が出てこない。そんなジーンの言葉に疑問を浮かべるゼーちゃん。
「今のって、何言ってるとら。今は皆でお昼ご飯を……?」
自分の周りの変化に気付いた様子のゼーちゃん。
「最近は無かったとらから、油断してたとらよ。皆は怪我無かったとら?」
申し訳なさそうに話すゼーちゃん。
「どういうことなのか、説明してくれるか?」
「説明って言っても、実は私もよくは分からないんだよねー」
ゼーちゃんはたった今起きたことについて話してくれた。短くまとめると、ゼーちゃんは“時々起きる怪奇現象”として認識しているらしい。自分が何かと戦闘をしているといったことは、自分では理解していないよう。そのことを話しても記憶にないらしい。
「……全然分かんないね」
ミィが呟く。本人でも分からないとなると、誰に聞けばいいのか。その悩みを解決する選択肢を、ミカが一つ答える。
『大精霊様たちに聞いてみればいいと思う』
「どうして大精霊が出てくるのよ」
「さっき、ちょっとだけど精霊の魔力を感じて、何か変だなー、やっぱ気のせいかなって思ってたら急にゼーちゃんがシュババァーン! って。ね、イッチー」
「そうだったな。上手い具合に魔力というか気配を消していた感じだったから、確信できてた訳じゃないけど。なんて言うんかな、こう、不信感を持たせないギリギリっていうか」
二人の索敵能力をも掻い潜るって、二人以上の力を持った精霊だったってことか。そんな精霊がどうしてこんな所に? ほぼ間違いなくゼーちゃんが目的だと思うが、理由が分からない。
「大精霊様を頼るのが今は一番良さそうか」
そう結論付けてジーンは転移しようとする。最初は火の大精霊の元へ行くと伝え、ミィとゼーちゃんの手を取り魔法を発動。
「……どうしたのジーン?」
「転移、出来ない」
その事実に動揺するジーン。しかし、転移できなかったのはジーン達だけであり、チャチャやイッチーは既に大精霊のところへと転移しているようだった。
少し試してみたが、この草原地帯の範囲内にしか転移が成功しないようだった。理由は不明。それならばと草原の外に出てから転移しようとした。
「っ、いやっ。私、いけない」
もう少しで草原地帯から出るかといった場所で、何かに怯えるようにそれを拒否したゼーちゃん。先程までは初めての遠出とルンルンしていたのが嘘のようだった。
「一応事情を話してきたけど……何か、問題でも起きた?」
あまりにも遅いのでチャチャが戻ってきた。ジーン達の様子を見て心配するチャチャ。そんな彼女にジーンがあることを伝える。
「ゼーちゃんだけがここから、この草原一帯から出られない」