第五十二話 戻ってこないで
さてさて、昨日は突然だったから上手くいかなかったけど、今日はちゃんと計画したからきっと大丈夫! なはず。
すっかりチャチャ、ミィの作った料理の虜になっているゼーちゃん。そんな彼女は朝食をとりつつ、今日の予定をもう一度整理していた。
まずは魔力解放が出来るようになってもらうのが一番最初とらね。すぐに出来るものでもないみたいとらし、剣術指導とか、風系統の魔法を教えるとか、そういったものを挟んでみてもいいとらよね。うんうん。あ、でも魔力解放しちゃっとら、魔力を使えるようになるまでの時間が要るとらから魔法教室を先にやった方がいいとらか。よしっ、久しぶりに張り切っちゃおっとらかな!
「ご馳走さまでした。さあ! さっそく私の魔法教室から――」
カット。
「成長した所、ちゃんと見せてとらよね!」
時は流れ、作戦実行二日前。この日でゼーちゃんともお別れである。口調が砕けていることから、この数週間でジーン達と仲を深められたようだ。
「ゼーちゃんこそ、変なヘマしないでよね。こっちから行くよっ」
チャチャとゼーちゃんの戦闘が始まった。今回はイッチーの力は借りないでの戦闘だ。
先に動いたのはチャチャ。ダガーを手に、一気に接近する。魔闘技も同時に発動済みである。
「私相手にそれは悪手とらよ?」
ゼーちゃんは魔法を発動させ対応する。ジーン達が最初に襲われた時と同じくものだ。ゼーちゃんが言うようにこれを突破するのは厳しい。常人であればの話だが。
チャチャがニヤリとした。すると、目の前に金属の壁が現れる。土属性の魔法だ。それを盾に距離を詰めるつもりなのだ。
それは予想済みであったようで、ゼーちゃんは上や左右の、盾が無い方向からも風の弾を打ち出した。自然と前方の攻撃が手薄になる。
「ここっ!」
その隙を狙っていたチャチャは、盾を左右に移動させる。チャチャの実力では盾を二つしか出せないため、前方と上空ががら空きになる。
迫り来る魔法をダガーで斬り捨て、多少のダメージは無視して突っ込む。結果、チャチャの間合いにゼーちゃんを捉えることに成功する。
キィン! カンッ! と三度剣を交える音がした。
「剣術もまだまだとらね!」
この数週間でジーンもチャチャも剣の扱いは上達している。それでもゼーちゃんには敵わないが。では何故チャチャは突っ込んだのか。
「めっ、目がぁ! 急に前が真っ暗とら!」
チャチャが仕掛けたのは視界を奪う魔法。それのせいで、ゼーちゃんの顔はモヤモヤした闇に包まれていた。ここぞとばかりにチャチャが攻撃を重ねていく。
「(っ、攻撃が通らないっ!?)」
チャチャは何度も剣を振るうが、全てゼーちゃんに上手く捌かれダメージを与えられないでいた。継続して視界を遮っているのにも関わらず、だ。
「ふっふっふ、驚いているとらな? この程度で私を攻略出来ると?」
バッと一旦距離をとるチャチャ。
「ざんねん」
ゼーちゃんは即座に距離を詰め、剣を振り下ろす。
「なっ……んの!」
重い一撃をなんとか受け止めるチャチャ。しかし、大きな隙を見せることになってしまう。
「そいっ」
見えない何かがチャチャの鳩尾に衝撃を与えた。ゼーちゃんが魔力を不可視にして殴ったのだ。更に攻撃が続く。四方から風の玉が襲い掛かっていく。
鳩尾への攻撃ですぐに反応できなかったチャチャは、もろに魔法を受けることに。ダガーで防げない代わりに結界を張ることは出来たが、全てを防ぎきるのは難しいだろう。
「……ゼーちゃん……ほんと強すぎ」
大きな怪我をしないようにと、結界が破れた時点で魔法を逸らしていたゼーちゃん。なので、チャチャ自身には一撃も当たっていないようだ。その代わりに、チャチャの周りにはいくつか穴ぼっこが出来ていたが。
「いぇーい」
ブイブイ、とピースサインをジーンに見せつけるゼーちゃん。ニッコリ笑顔でちょきちょき指を動かす彼女はとても可愛らしい。ピコピコふりふりと耳や尻尾を存分に動かしているのもたまらない。
そして、二人は反省会を始めた。
「んー、目隠しは何で効かなかったの?」
「精霊って基本的に魔力の流れってのが分かるのとら。だから、目が見えなくても、こう、感覚で分かる? っていうか。精霊相手にはそれは使えないってこととらね。」
「それなら、プラスで……こうやって魔力をばら撒いてたらどう?」
「一瞬隙は出来るとらね。私ならすぐに距離をとったり自分の魔力で吹き飛ばしたりしちゃうけど。悪くないとらね」
二人は熱心に話を進めていった。それを少し離れた場所で聞いていたジーン達。
「なぁ、ミカ、イッチー。ゼーちゃんあんなこと言ってるぞ」
『ごめん、僕目見えなかったらあんなに正確に対処できないよ』
「魔力の流れが分かるっつっても、なとなくって感じだしなぁ。目隠しされたままで戦うのは流石に無理やさ」
元々ミカ達より魔力の流れに敏感なのか、訓練でそうなったのか。どちらにせよミカ達にも一つ目指す目標が増えたのだった。
「うん、こんなとこかしら」
「それじゃ、ちょっと休憩したらもう一回やるとら」
いくつか気になる点を出し、反省会は終了したようだ。
「はいっ、二人ともお疲れ様! これ飲んで、次も頑張ってね!」
とててっ、とミィが駆け寄り、特製のドリンクを二人に渡した。体力魔力の回復、精神を癒し小さな傷も治す。それでいて美味しい。気が付けば、どんどんミィの薬精製技術がとんでもない事になっている。それだけミィが努力しているという事なのだが、その内何でも治す秘薬とか作ってしまいそうである。
「っはぁ~、やっぱりいつ飲んでも美味しいわね」
チャチャの一言に嬉しさの笑顔を返すミィ。
「はい、ジーンも休憩したら?」
ミィはついでにといった具合で、ジーン達にも特製ドリンクを渡した。それを受け取り、一気に飲み干す。
「ジーン、そっちはー、あ~? ゔっ!」
ご機嫌でジーンに飛びつこうとしたゼーちゃん。それをチャチャが全力で阻止したため、ビターンと地面に叩きつけられたのだ。
「……どーして邪魔をするトラ?」
「さぁ、どうしてかしら」
この数週間で何度か見たやり取りである。ゼーちゃんはジーンに懐いてしまい、何かとくっつきたがるようになった。本人に理由を聞くと“好きなんだからくっつきたいのは当たり前でしょ?”とのこと。ここでの好きは“バーニングラブ”的な意味ではなく、“親戚のお兄ちゃん姉ちゃんだわーい”くらいの感覚だ。
チャチャが全力で止めようとするのは、謎である。ミィ、精霊一行、ゼーちゃんですら検見当がついているが、しかし! 本人が、“なんとなく”と言っている以上は、なんとなくやっているのだそれ以上でも以下でもない。
「素直に好きって言えばいいのに、なんでとら?」
「さぁ、どうしてかしら」
否定することもないのである。不思議なのは、以前はあんなにも好き好きオーラ全開だったのに、今は大人しいということ。
「それで、何だったんだ?」
スッとジーンが話を進める。これもこの期間で何度もあった流れだ。
「ん、そうだったとら。もう、飛ぶのには慣れたとら?」
「大分な、それでも実戦では使えないな。マスターするには、まだまだ時間がかかりそうだ」
ジーンも別に、今の時間ぽーっとしていた訳ではない。ゼーちゃん直伝の風魔法、“飛べや舞えや青空駆けろ”。命名者ミィ。にっこにこのうっきうきで言われたら断るなんて、出来る訳ないだろう。因みに命名センスはお兄ちゃんの影響であるが。何にせよ、得意げに提案するミィを見るに……お察しである。
その魔法の効果は空が飛べるようになる、というシンプルなもの。しかし、現在使用できる人間はジーン。そしてチャチャだけである。二人とも緻密な制御はまだ出来ないが、真っすぐ目的地に移動するくらいなら問題ない。一つ気になるのは、転移できる二人にとってこの魔法を使う時があるのか。……きっとくるよね。
「子供の頃からの憧れだからな。絶対マスターしたい。」
ロマンは大切である。
「私は、空中戦とかカッコいいと思う」
チャチャもロマンを求める者の一人である。
「むー、皆ばっかりずるいんだから」
ミィも例外ではないようだ。
少し、“飛べや舞えや青空駆けろ”の練習をして、チャチャ、ゼーちゃんの二試合目が始まった。結果はチャチャの負けではあったが、一試合目より長く戦っていた。色々試すのにゼーちゃんが付き合った形にはなったが、見ていて面白い試合だっただろう。
そして昼食。ゼーちゃんにとっては大勢で食事をする、最後の機会でもあった。
「本当に……ありがととらね」
寂しげな声がチャチャ達に伝わる。
「それはこっちのセリフ。この数週間、とっても楽しかったんだから」
チャチャが言う。
「うんうん。お別れは寂しいけど、また遊びに来るからね」
ミィ、ここには遊びに来た訳じゃなかったんだけど。
「また、来てくれるとらか?」
もじもじとゼーちゃんが言った。ツンツンいじいじと指を絡めている。
「もちろんよ。ね、ジーン」
ミィがくるっと顔をジーンへと向ける。続いてチャチャが、精霊一行、そして最後にゼーちゃんが。
「仲間なんだから、当たり前だろう?」
“仲間”と聞いて少し驚いたように固まるゼーちゃん。
「な、仲間か。そう、なんだね。えへへっ、うれしいな」
今、ゼーちゃんと出会ってから一番の笑顔頂きました。はい、大変に可愛らしいとら。
昼食後、嬉しさで変なテンションのゼーちゃんと最後の手合わせ。次来るのはいつ頃になりそう、その時は何をしよう、何が食べたい。なんてことの無い話を沢山した。
何故ゼーちゃんと別れるのか。別れが辛いのなら、ジーンについていけばいいのではないか。しかし、そう出来ない理由が彼女にはあるのだ。
知らぬ間に課せられた役目。彼女を縛る枷。いつ解かれるのか、永い時を生きる彼女にとって、それがどれ程の苦痛なのか。好きに生きていたつもりが、行動を制約されていた。その事実。全てが彼女に重く、深く、いつまでもまとわりつく。
そんな彼女が見送る背中。遠くなる足音。追いかけ、捕まえ、自分の欲望のままに縛る。その力が彼女にはある。しかし、その道を選択することはしなかった。
歯が鳴り、足が震え、鼓動が荒ぶる。爪を立て、血は流れ、膝をつき、蹲り、そして吐いた。
泣き、叫び、壊し、傷つけた。
数週間で分かった事実は次回。無かったらごめんなさい。