第五十一話 心の形
「ん、どうしたんだチャチャ」
ジーンがこっちに向かってくる。いや、よく考えれば別に普通だ。いやでも、その、あれが見えたというかなんというか。ジーンはもしかしたら気付いてないのかな?
「ぃゃ、なんでもないけど? ただ、ちょっとびっくりしたかなぁーって」
声裏返ったのは気のせいだと信じたい。いやそんなことより、ジーンが気にしてないのなら、私もしれっとしてなきゃなのかな。してなきゃだよね、うん。私が変に気にするとジーンも見られてたこと気づいちゃうよね。ここは、自然に、いつも通りに……いかんいかん、視線が勝手に。落ち着け私。なに良い子ぶってんのよ。もう子供じゃないんだからいちいち反応することじゃ無いわね。ん?
「あ、えと、チャック……」
その後から何とも言えないビミョーな空気が流れている。そう感じているのは私だけなんだろうけど。ジーンもゼーちゃんもミィですら何も気にしていない様子だし。何故だ。助けてイッチー。
「何も気にすることないだろ。というか気になる方がおかしいと思うけど」
「だよねー、私がおかしいよねー」
……だめだ、何か集中できない。こんなにも耐性が無かったとは、自分でも驚きなんだけど。あれから一時間も経ってるのに。
「……トイレ行ってくるわね」
「大丈夫か? 具合悪いなら休んで良いと思うぞ。気分って何かするときには大事な要素だからな」
「うん、いいの。ちょっと頭冷やせば大丈夫だと思うから」
ジーンと同じように少し離れた場所で壁を作るチャチャ。ズゴゴゴッと分厚い土壁に囲まれ、コツンと頭を打ち付ける。数分程そうしていたが、やっぱり気は落ち着かなかった。
「さてさて、どうしたもんかな……ま、いつまでもこうしてる訳にはいかないし、さっさと済ませるか」
んー、ジーンも最中にやっちゃったんだよね。あ、吸われる系の魔法っぽい感覚も近いかもって言ってたっけ。吸われる感じ、無駄に流す、脱力……。こ、こんな感じで、合ってるのかな?
「だめだ、さっぱり分かんない」
誰でも上手くいくはずないか。ジーンが天才なのか、それとも私が才能無いだけなのか。はぁ~、自信無くしちゃうなぁ。
立ち上がったチャチャは土壁を元に戻して、ジーン達の元に戻っていった。
本人は上手くいかないのは自分の能力が低いからだと思っている。確かに間違ってはいないが、気を落とすのは少し早いと言えるだろう。
今回は魔力解放という特別な事をしようとしているのだが、常人ならばたった数日で身につけられることではないのだ。ジーンにしても偶然できてしまっただけである。明日は恐らく、というか確実に自分の意志で、狙ったタイミングで、魔力解放の発動は出来ないだろう。
何が言いたいのかというと、チャチャ頑張れ。
「はっはっはー、これでもくらえっ」
トボトボ歩いてきたチャチャに向かって、抑揚のない言葉でジーンが言い、イッチーが魔法によって生成された水の玉をぶつけた。何故魔法を使ったのがイッチーなのかといえば、魔力解放後で魔法が使えないジーンの代わりである。
「びゃあぁ! ……ちょっと、何するのよ!」
全身ずぶ濡れにされたら怒るのは当然の事だ。反撃とばかりにチャチャも魔法をぶっ放す。
「「ですよねー」」
ただし一応抑えてはいても、一般人なら骨折確実の威力である。それでも、二人なら痛いっ! くらいで済むので問題ないけれども。
悪い事をしたという自覚もあり、避けたりガードしたりということはしなかった二人。同じようにずぶ濡れになった。そんな二人をじっと見ているチャチャ。
「……えいっ」
なんともまあ綺麗に二発目が入りましたわ。しかも威力が上がっていて、上半身に木で殴られたような衝撃を受ける。結果二人ともぐるぐるぐるぐるっとうしろ向きに転がっていった。
「ぷぷぅ、いたずらするからバチがあったたんだねっ」
……バチを与えたのはあなたですよ、チャチャさん。
そもそも何故二人がこんなことをしたのか。理由はチャチャを元気づけるためである。二人ともが、ミィもミカもゼーちゃんも、チャチャの暗い顔を見たくなかったのだ。他にもやりようがあったとは思うが、チャチャが笑った時点で作戦は成功。でいいのだが、まだ終わらない。そろそろとチャチャに近づく人物がいた。
「えいっ」
可愛らしい掛け声とともに、チャチャへと水がかかった。犯人は勿論この人。
「ミィ? 覚悟は出来てるんでしょうねぇ?」
後ろにいるミィに振り向くことなく、チャチャが言った。
「ひゃぃっ!?」
チャチャの放つプレッシャーにビクッと体を震わせるミィ。
「ぶべべべばべばべ」
水が滝のようにミィへと襲い掛かる。鼻に入らないように調整しているのは、妹への優しさなのだろうか。ミィへのお仕置きを終えた後、転がっていった二人を回収。ずるずると引きずってミィの隣にほかった。
「で、どうしてこんなことしたのよ」
君を笑わせるため、なんて正直に答えるのもなんか照れくさい。三人は目配せをして、作戦実行前に用意していたあるものを取り出した。
『『『ぴゅ~~っ』』』
気の抜ける音とともに、ちょろちょろとした水が三本チャチャに向けられた。全て顔面に直撃し、すぐに水もおさまった。ぴとっ、ぴとっ、と水の滴る音が今は不気味に感じる。水を打ち出すのに使った道具はチーお手製の水鉄砲である。
「……なにか、言い残したことは?」
「「「すいませんでしたっ」」」
ビシッと正座した三人が正座した頭を下げた。次いでジーンが一言。
「ミィは、俺たちが巻き込んだんだ。許してやってくれないか」
少しの沈黙の後、
「……ミィは許してあげる」
ピシッとミィの頭を手刀で叩いて、チャチャが言った。
「でも、そっちの二人は……」
「待って! ちーねぇ、あのね。ミィたちはちーねぇに元気になってもらいたくて……」
二人を庇ってくれたミィを遮ったのはジーンだった。
「ミィ、いいんだ」
「でもっ」
「ミィ、男ってのはな、引いちゃいけない時ってのが必ず来る」
一拍。
「今がそうだ」
「いや、ちげーよ」
無慈悲な一撃がジーンを襲った。
「おい、ちー! ジーンの想いをそんな風に!」
「うっさい、沈め」
無慈悲な一撃がイッチーを襲った。
時間は流れ、夕食の時間。おなかの虫を暴れさせる匂いによって、二人は目を覚ました。
「あ、おはよう。気分はどう?」
ゼーちゃんが聞きつつ、もぐもぐと口を動かし、うみゃ~。と声を漏らす。
ジーンがとイッチーが体を起こしたら、スッと目の前に料理が盛り付けられた皿が出された。
「はいこれ、残したらダメなんだからね」
チャチャが二人に渡したのはオムライスだった。イッチーの方は大きく“ありがと”と、端の方にはちっさく“ごめん”とケチャップで描かれていた。
「へへっ。いつも以上にうめぇな、これは」
チャチャに聞こえるように、わざと大きめの声で言った。この二人は互いに素直じゃない。だが今は、お互いの気持ちを伝えられていた。普段ツンケンしているだけあって、たまにあるこういったことが目立って仕方がない。
普段ツンケンしてもギクシャクしないのは、互いに信頼しあっている証だと言える。ジーンはいつも仲良くやればいいのに、と思っている。また、それが二人の一番良い距離感なのかもしれないとも思っているが。
イッチー達を撃沈させたチャチャは、その後ミィにお叱りを受けていた。いたずらの裏にあった事情を聞き、嬉しいような恥ずかしいような気持になったチャチャ。何かで返したいと考えて、これを思いついたのだった。
「……どうも」
少し頬を掻きつつ、チャチャが言った。
「……」
一方ジーンは、無言で食事を進めていた。少し予想は出来たが、気になったイッチーはチラリとジーンのオムライスを見てみる。ジーンもその視線に気づいた。
「なんだよ」
「いいや、俺もそっちが良かったかなーって」
「……」
からかう様にイッチーが言い、ジーンは背中をイッチーに向ける形で、くるっと体を回転させた。ただ、そのせいでチャチャと目が合った。その視線から逃げるようにオムライスに目を向ける。
次の一口のためにでかでかと描かれていたそれを崩した。
「……うめぇ」
描かれていたそれがどういった意味なのか、気付かないジーンではない。いつもの事ではあるのだが、今回は何故かいつも以上にジーンの心に突き刺さる。この気持ちをジーンは言い表せないでいた。
それはどうしてなのか。また、ジーンが言葉にすることができた時、その先に何が待っているのか。
ただ一つだけ、この仲間達との時間がいつまでも続けばいいのに。それだけは感じる事ができていた。
スイ「わたしもいっしょにあそびたかった」
ヒー「スイを止めておくのは苦労したぜ」
チー「全くだ」
スイ「どうしてとめたの」
フー「私達が行くと収拾がつかなくなるからです」
クー「お話が進まないのは、問題だもんね」
ゼー「私まで仲間外れはひどすぎない!?」
ヒー「途中完全に空気だったもんな」
チー「……そのぶん修行で張り切ればいい」
ゼー「よーしっ、覚悟しておきなさいよ! 今来るからねっ」
クー「いっちゃった、大丈夫かな」
フー「気にしない気にしない」
スイ「わたしたちもひがいにあう、かも」
フー「……気にしない気にしない」
ヒー「ま、なんにせよ俺たちの出番はすべてアイツの匙加減だからな」
チー「……我々を出すと、“どうしてもわちゃわちゃしちゃう”らしいな」
クー「文才がないんだね……」
スイ「へっぽこ」
ヒー「もうやめてあげて。あの人、自分でも分かってるはずだから」
チジミ団の活躍が見れる日はまだまだ先になりそうだ。