第五話 ミィと出会うまで(2)
「――で、あんたは何か用事があったんじゃないの?」
スッキリしたー、と言いつつミーチャがジーンに聞いた。
「あー、依頼に必要な物を揃えて欲しくて来たんだ。一応これにまとめておいた」
少し顔を引き攣らせつつ、ミーチャにそろえて欲しい物が書かれた紙を渡すジーン。紙に書かれていた物は、傷薬や食料等。ちょっとしたものばかりが書かれていた。
「今度はどんな依頼を受けたのよ? あーまぁ多分あれだと思うけど」
「先輩、あれってどれですかぁ? チャチャには分かんないんですが」
ミーチャは昔から勘はいい方だった。今回も何となく把握したようではあるが、チャチャの方は何のことかさっぱりな様子。先輩教えてくれとミーチャの袖をクイクイしている。
「ジーンは多分、ルオナ草採集を頼まれたのよ。この辺の冒険者たちじゃ誰もできそうになかったけれど、ジーンならできると思うし。ジーンがここに来たのは……偶然だろうけど。ギルド長とは昔からの知り合いだから……ギルド長に会いに行ったときに頼まれたんじゃないかしら。どう? 私の想像でしかないけど?」
ミーチャは自分の考えをまとめながら話す内に、ほぼ確信したようだった。
「ほとんどその通りだよ。さっき、チルドと一緒にロゾクムさんのところに行ってきたんだ。チルドはまだ用事があるみたい。だから俺だけ帰ってきたんだ。できるだけ早く出発したいから、すぐにでも準備してくれると助かるんだけど」
ジーンがそう言うと、ミーチャは他の職員を呼びつけて準備をさせ始めた。ミーチャからにじみ出る圧力の前に、その職員も何も言えず逃げるように紙に書かれた物を用意し始めた。
「うぅー、チャチャは納得できないんですけど。クーガの森に行けるほどの人なんて限られてきますし、全然強そうには見えませんよぉ? 先輩、この人そんなにすごいんですかぁ?」
チャチャは細めた目をジーンに向け、ミーチャに確かめるように聞く。
確かにジーンは強そうには見えないと言われることもある。それに、そう言われるのももう慣れていた。
しかし、チャチャはそれに加えてジーンを蔑むような目で見ていた。それはもう見下し王コンテストなるものがあれば優勝するでは? と思うほど強烈な軽蔑の視線をジーンにぶつけている。
……心が折れそうだ。
「こんな噂を聞いたことない? Sランク級の実力があるのに、冒険者ギルドに登録もしない変わり者。あちこちで危険な依頼をこなし、報酬も貰わないで逃げるように消えていくっていう気味の悪い人がいるって」
ミーチャも何気なくジーンに対し、精神的ダメージを与えていた。
そんな噂が流れてたなんて知らなかった。あれ? 勝手に涙が出てくるんだが……。
「二人とも、もうやめてくれないかな……? 俺、もう泣いちゃいそうだよ……」
ジーンは泣きそうになりながらも二人に言った。ミーチャはごめんごめんと笑っているが、チャチャはまだ少し納得のしていない顔だった。
「まぁ、チャチャもこの依頼の後にはジーンのことを認めざるを得ないと思うよ?」
「……ダメです。今、納得させてください――」
刹那、ジーンの剣とチャチャのダガーがぶつかり合う。ガードされた後、瞬時にチャチャが次の行動に移り始める。しかし、それは途中で中断されてしまった。
「これで認めてもらえたのかな?」
耳元で囁く。ジーンはチャチャの後ろに回り込み、チャチャが持っていたはずのダガーを首元に押さえつけるようにしていた。
そして、ダガーを返してからチャチャの頭をぐしゃぐしゃする。顔を赤くして、やめてくださいよぉ! と言ってジーンの手を振りほどこうとするチャチャ。
可愛いなぁと思ったところでやめてあげる。
「認めてあげますよぉ。私の攻撃を防いだということは、ほんとに強いんですね」
チャチャが髪を整え、少しむっとしたように言ってくる。少しやりすぎたかなと反省。ここはフォローしておかなければ。
「君も実力があるみたいだから、自信持っていいと思うよ。まぁ、怖い顔してるより今みたいな自然にしてる方が可愛いけどね」
「ジーンは相変わらず強いね。チャチャだって元凄腕冒険者だったっていうのに。それと、私の後輩をいじめないで」
ミーチャが褒めてくれる。まぁ、さっきの分と合わせてプラスマイナスゼロだけどね。
それにしてもチャチャは元冒険者だったのか。この若さでその実力があるのなら、まだ冒険者としてもやっていけそうだが……何か事情もあるだろうし、聞かない方が良いだろう。
そうこうしている内に、先ほどの職員が荷物をまとめてくれていた。ジーンはありがとう、と言って荷物を受け取る。
「準備もできたことだし、俺はもう行くよ。運が良ければ一週間もしない内に戻ってこれると思うし、チルドにもそう言っておいてくれ」
二人に向けて言った。ミーチャは心配していないようだが、チャチャは不安そうな顔をしている。
お気楽な性格をしているなと最初は思っていたが、根っこはすごい優しいんだな。俺を試したのも、実力が無ければクーガの森でルオナ草を探せない。最悪、死んでしまうと思ってくれたからだと分かる。あくまでも俺の予想でしかないが。
「そんな不安そうな顔するなよ、すぐ戻ってくるからさ」
そう言って、チャチャの頭をまたぐしゃぐしゃしてやる。
「や、やめなさいよぉ。別に心配なんてしてないんだし! でもまぁ、急がないといけない依頼だし、早く戻ってきてよねぇ」
チャチャはそう言って、ぷいっと顔をそらす。顔が赤くなっているのは気のせいだろうか。なんか途中からキャラ変わってきてないか? と思うジーンだった。
ジーンがクーガの森に向けて出発する。移動手段として馬を使うのが普通だが、今回は歩いて移動する。
理由としては二つ。一つ目は森へ行くまでに、凶暴な魔物が多いところを通っていくから。馬を連れて行くとなると、馬を庇いながらの戦闘になってしまう。それは少し厳しいと判断したからだ。二つ目は魔物が少ないルートもあるが、少し遠回りになっていて時間がかかってしまう。結果として歩いて行くほうが早く到着してしまうからである。
「まぁ、馬の代わりにお前を連れて行くのもどうかと思うが」
ジーンは隣で歩く人物に言った。急遽今回の依頼に同行することになったのだが、いきなり過ぎてジーンもびっくりしていた。
「私を馬と同じにしないでくださいよぉ! それにぃ、私が一緒に行くことで依頼の成功する可能性がぐんと高まったんです。感謝して欲しいくらいですよぉ」
とててっと今回の同行者――チャチャがジーンの前に出てくる。さぁ感謝しなさいと胸を張っている。
ジーンは溜め息が出そうになるのをこらえ、ありがとうと言い頭に手を置く。機嫌を損ねないように気を付けねばならないと、そう心に刻み込んだジーン。
「……えへっ」
頭を撫でられ満足したのかご機嫌になって、可愛らしい笑顔で答えてくれる。俺はまぁ少しくらいいいかと許してしまうのだが、チャチャはこれを計算でやっているのだろうか? もしそうなら俺はまんまと引っかかっているな。
そんなことを考えながら、森へ向かって歩いていたジーン。
「ガウ! ガウ!」
早速、二人の死角に潜んでいた魔物が襲い掛かってきた。といっても、ジーンにとっては相手にもならない雑魚だ。狙われていたのも気づいていたし、わざわざ此方から仕掛けることもないので放っておいたのだ。
ジーンの左後から二匹、チャチャの左右から三匹、俺たちの気を引き付けるために前方に二匹。魔物にしてはしっかりと考えられている。
「えっ、何ですかぁ!?」
チャチャは魔物の存在が分かっていなかったらしく、左右からの攻撃に気づいていないようだ。ここでケガをされても困るので、助けに入るジーン。ジーンの後ろから襲ってきたやつらはもう処理済みである。
左の一匹は氷結魔法で対処する。瞬時に魔物が凍り付き、同時に右の二匹を剣で斬り捨てる。
ここで重要な点は、魔物の血が飛び散らないようにすること。
「ぎゃうぅっ!?」
仲間と連携して、とどめを刺すつもりでいたであろう最後の一匹。攻撃に移ろうとしていたが、それを中断し驚きの声を上げている。
それもそうだろう。一瞬で今まで狩りを共にしてきた仲間達。それが目の前で殺されてしまったのだから。
しかし、ここで死ぬわけにもいかない。二人から逃げようと行動を移すが、何かにぶつかりそれは叶わなかった。
「これでおしまいっと」
ジーンは逃げようとしたらしい魔物に対し魔法を繰り出す。今度は土魔法を使った。
土を盛り上げて魔物の逃げ道を無くし、そのまま魔物を押しつぶす。このままでは妙なオブジェが出来上がってしまうため、平らになるように押し込んで地へと還す。他の魔物も同様に地面に埋めていき、掃除を済ませる。
「あ、ありがとぉ。ちょっと油断してたよ」
「今回は俺が気づいていたから良かったけど、次も助けられるかは分からないからな」
これから行くクーガの森はもっと危険なのだ。油断していてらすぐに死んでしまうだろう。
チャチャに死んで欲しく無いと思っているジーン。なのでここは少し強く言っておく。
「うん、ごめんね。私の我が儘でついてきたんだから、足手まといにだけはならないようにするよ」
チャチャは真面目な表情でそう言った。
おぉ、まじめなチャチャを見れたのは珍しいな。
「分かってくれたのなら良かった。それに、チャチャは足手まといなんかじゃないぞ。本当にチャチャを足手まといだと思っていたら、きっと連れてきてなかったはずだし」
ネガティブな考えは戦闘に悪い影響を及ぼす。ここはフォローしてあげないといけない。
「あと、真面目なチャチャはなんか変だぞ。いつも通りでいいからな」
ジーンが笑いながらチャチャの肩に手を置いて言う。これでチャチャも少しは落ち着くだろう。
「……むぅ、いいこと言ってくれたと思ったのに台無しだよぉ! それに私はいつも真面目なんだからぁ!」
チャチャはほっぺを膨らませて抗議してくる。調子が戻ってきたようで良かった。
「よし、なら早く依頼を終わらせないとな。真面目なチャチャ様?」
「次言ったら許さないんだからなぁ!」
チャチャがそう言ってくる。これ以上はやめておこう。
今日は晩ご飯どうしようかぁと思いながらジーンは移動を開始した。クーガの森には、半日程度で着いてしまうだろう。
「……ありがとうね」
チャチャが呟いたその一言は誰にも届くことなく、チャチャの不安とともに消えていくのであった。