第四十九話 魔法よりも?
今日は素晴らしい日だ。こんなにもワクワクしたのはいつ以来だろう? 数年、数十年。もっと前かもしれない。昨日から大きな力は感じていたが、ここまでとは思わなかった。あいつら、こっちの攻撃にまだ耐えてる。くぅ~っ、いいねぇ!
最近は雑魚ばっかで退屈してたんだ。まだまだ楽しませてくれると嬉しいけど、どうだろうか。殺す気はないけど、ちゃんと抑えられるのだろうか。かぁ~っ、ヤバい、ワクワクが止まんねぇ。
「まだまだこれからだぜ~~っ!」
思いっきり叫んでやった。ついでに思いっきり魔力も爆発させちまった。あ、魔力が尽きそうだわコレ。しまったしまったシマクサトルテ。なんて言ってる場合じゃないな、動けないやどうしよう。う、何か魔物も寄ってきたし齧られたし魔力吸い取られてるし! これ以上魔力減ったら死ぬんですけどっ!? 私、死ぬんですけどっ!?
「ねぇ、あれ見てっ。誰か倒れてるよ!」
あ、さっきの子達も来ちゃったわ。絶体絶命桃髭危機一髪? いやなんだそれ。落ち着け私。こんな時どうすればいいのかおじいちゃんから教えてもらったはず。検索開始……発見。
『ねぇ、死んじゃうくらいやばやばな時って、どうしたらいいとら?』
『ん? そうじゃな。まぁ、何とかなるんじゃね? ほら、俺たち精霊だし』
『ふ~ん、そうなんだとらぁ』
……検索終了。成程ね。なんとかなる、か。……なる訳無かろうがぼけ。
「ここは私がやるね」
え、なに、助けてくれるの? 何とかなったの?
「えいっ」
……っ!? だよねー、期待しすぎだよねー。そりゃ私もろとも爆撃しちゃうよねー。あぁ、痛そうだなぁ。地面があんなに遠くに見えるよ。魔力使ってガードする力も……あるけど、それでもギリギリだなぁ。タイミング良くやらないと魔力切れちゃうわ。……三、二、え?
「あばばぼばっ……」
く、苦しい……のは気のせいだが衝撃が。ボロボロの相手に追撃とはやりおる。……あー、ダメだわ。意識が……気絶しますね。
風の大精霊(仮)の襲撃から三十分程が経過した。今、彼女は座ったジーンの隣で寝ているのだが、様子がおかしい。魔力が急激に減ったのもそうだが、見た目に変化があったのだ。
「ぴょこぴょこした耳に縞々尻尾、髭っぽい模様……牙もある」
耳も尻尾も、触るとピコって動くのがなんと可愛いことか。耳は頭の上な、イヌとかネコとかみたいに。横に無いことは確認済みだ。髪とか服は黄色っぽい。服は体の一部的な解釈でいいらしいので、恐らくこの大精霊(仮)の元の姿って多分……
「虎、かな」
「とらだとらー」
うん、一応怪我人だからそんなにペタペタするのは止めようね。スイもクーも興味深々なのは分かるけど。
「ちょ、ちょっと待って。持ってき過ぎじゃ……」
「んなこと言ってられないって」
それにイッチー達が懸命に治療してるんだから。フーの魔力を風の大精霊(仮)に分け与えている最中なのだ。魔力のコントロール技術がピカイチなイッチーにしか出来ない。ミィも傍で心配そうに見ている。チャチャも爆発に巻き込んでしまったと申し訳なさそうにしていた。
治療開始から十五分ほど経ったころだろうか。風の大精霊(仮)が意識を取り戻した。
「……っぁ、……? ……!? 誰だお前たちっ!?」
意識が戻った後、寝ぼけたように目は閉じたまま何かを探し始め、スイが捕まった。特にスイは抵抗しないで、されるがままに。だが、何か違和感を感じたらしく、ゆっくりと目を開ける。周りを見渡すとあら不思議。知らない顔があちこちに。焦って飛び起き、ふしゃぁー! と威嚇。
「いやまず落ち着いて、こっちも色々と聞きたいんだから……」
上げた手をプラプラして、危害を加えるつもりはないことを示すジーン。
「まずは、あなたが風の大精霊ってことで大丈夫ですよね?」
ちょっと離れた場所から答えが返ってくる。
「いいや、私は違うぞ。じいちゃんはそうだったけど」
お前じゃないんかい。
「えっと、それじゃそのおじいさんは今どこに?」
「……もう消えちゃったよ、何十年も前に」
ミィの問いに少し表情を曇らせて風の大精霊(仮)、もとい精霊の少女が答える。
「そ、そうだったんだ……」
「それなら、今は風の大精霊って誰なのかな。知ってたら教えて欲しいんだけど」
「知らないわよ、そんなこと」
これは想定外の事態だ。火の大精霊様達から聞いた情報は、前風の大精霊のこと。しかも恐らく風の大精霊が消えて世代交代していることも知らないだろう。そして、目の前にいる前風の大精霊と多少繋がりがあったであろう少女も、何も知らないと言う。つまり、現在の風の大精霊についての情報が一切ないのだ。
「今から探すのも時間がなぁ」
ここに数日という時間で着けたのは、いくつか情報があったしミーチャのお陰で場所を絞れたからだ。
「お前たちはじいちゃんに、何の用事があったんだ?」
「試験を受けに来たんだ」
「試験? というのは何のことだ?」
「んー、稽古をつけてもらいに来たって言えばいいのかな」
何が得意な精霊だったのか知らないが。
「でも、大精霊様がいないのならしょうがない」
ジーンはそう言ったあと、チャチャ達とこれからの事を話し始めた。大精霊探しを続けるのか、それとも自分たちで己の技を磨くのか。後は、火、水、地の大精霊の元で修行するのか。選択肢はこの三つ。もう数週間後にはアジト潜入作戦が待っているし、無駄な時間は減らしたい。大精霊探しは見つかる保証もないし、見つかっても力をものに出来る程時間が残っていない可能性もある。
「あの子、語尾にとらーって言わないんだね」
「だれだとらー! とか、しらないとらー! っていうとおもってたのになぁー」
精霊二人が、少し期待していたのにと言った。
「……ミィも言うかと思ってた」
ミィも思っていたらしい。無言を貫いているが、チャチャも顔が少し赤い。じっとジーンが見ると、ぷいっと顔を逸らした。やつもか。
などとジーン達が話している後ろで、ぽつーんと寂しく立っている少女。名前はゼー。命名したのは前風の大精霊。か“ぜ”の精霊だからゼーちゃんになった。そんなゼーちゃんは、自分はどうするべきなのか考えていた。
「(じいちゃんは困った人は助けろって言ってたし、私も何だか助けてもらったみたいだし。お礼もしなきゃだし、稽古って私にも出来るのかな? うーん、そしたら先生とか師匠とか言われちゃったりするかもかもだし。そしたら私も強い人と戦えて嬉しいし、あの人たちも修行出来て嬉しいよね。うぃーうぃーってやつ?)」
一人で寂しかったという隠れた想いには気付くことなく、ゼーちゃんは自分の考えをまとめ、それをジーン達に伝えた。
「確かに大きな力を持っているとは思うが、えと、大丈夫か?」
「任せてよ。おじいちゃんは私の事を天才っていつも言ってたからね」
おじいちゃんは皆そう言います。
「なら、君は何を教えてくれるんだ?」
「……そうね、魔力の増やし方とかかな」
「それって訓練とかでどうこう出来るものなのか」
「筋力とかも増やせるでしょ? それと一緒よ、多分。少なくとも私はそう思ってる」
ジーンは少し考えていたが、イッチーがやってみたいと発言した。恐らく、自分が魔力少ないのを気にしていたんだろう。
「そんなこと気にしなくていいって、前から言ってるでしょ」
チャチャが呟くが、それは誰にも届かない。彼女との修行にはミィも問題ない無いという事なので、残り数週間はここで過ごすことになった。
「改めて、私は風の精霊ゼーよ。よろしくね」
その後ちょっと早い昼食を食べて、お互いの事を少しづつ話していく。
「ジーン? は魔法の使い方は上手でも、剣の使い方はへっぽこね。それも私が教えてあげる。魔力が使えない時の対処法としておじいちゃんにみっちり鍛えられたから」
剣の腕を疑っていたジーン一行だが、実際は一瞬でジーンはボコボコにされることになる。魔法ではなくこうして直接襲ってきていたら、もしかしたらゼーの興味は冷めていたかもしれない。
トルテ...切り分けて食べる焼き菓子の種類。ザッハトルテ、キルシュトルテなどが有名?
シマクサ...ジーン達の世界の果物。
物語に出てくる食べ物や動物は基本的に現実にあるものをイメージしてもらって大丈夫です。