第四十四話 知らないわよ
ギルドの外、小さな川の近くにミィは居た。空は夕焼けに染まっている。
「……どうしちゃったのよ、さっきは」
ミィに追いついたチャチャが言う。
「……自分でも分かんない」
膝を抱えて座っているミィ。ぼーっと水が流れるのを眺め、若干からだを揺らしている。
「……なんだか、ムカッとしちゃった」
しばらくの沈黙の後でミィが言う。
「そっか、実は私も頭に来てたんだ。ちょっとね」
横に座ったチャチャをチラリと見て、また川に視線を戻す。
「ジーン、怒ってるかな」
ミィの呟きに、チャチャがくすっと笑う。
「どうしてジーンが怒るの?」
「……だって、急に怒鳴っちゃったし。それも、訳わかんないことで」
笑われて少しムッとするミィだったが、チャチャの目を見てまた視線を川に戻す。温かい目だった。どんな目なのか言葉で説明は出来ないが、少なくともミィはその時そう感じたのだ。
「……子供、みたいだね」
自嘲するように笑うミィ。浮かべる表情は辛そうで今にも泣いてしまいそうだ。
ギリギリ声が届くかどうかの距離で話を聞いているイッチーは、ミィはまだ子供だろうと思った。決して声には出さないが。子供は他人から、まだ子供だろ、と言われたくないものだと聞いていたからだ。チャチャから聞いた話なのでどこまで本当なのか不確かではあるが。少なくとも今は、自ら危ない橋を渡らなくてもいいと判断した。
「……子供でしょ?」
おい、俺にした話は何だったんだ。イッチーはそう言いたい気持ちをぐっと堪える。
「子供じゃないもん」
ミィが言い返す。体の揺れが大きくなった気がする。
「今自分で子供みたいって言ったじゃん」
「……言ってない」
チャチャに言われてミィ自身でも気づいてしまったが、どうやら認めたくないようだ。ミィの体の揺れが更に大きくなったように思える。
「ま、いいけど」
別にミィをいじめたいわけじゃないので、一旦話を終わらせるチャチャ。
「それで、どうするの?」
このままずっとここに居る訳にもいかない。チャチャとしては早くギルドに戻らせたいと思っているが……
「……もうちょっと、ここにいる」
そう簡単には思い通りの展開になるわけもなかった。日が落ちるまでにはもう少し時間があるので、少し一人にさせようと立ち上がるチャチャ。
「っ、ちーねぇは……一緒にいて」
一緒にいて。そんなこと言われたからには、どこにも行くわけにはいかない。少し嬉しく思いながらチャチャが座り直す。
名前を読んだときは少し焦っていたような気がしたが、呼んだ後で恥ずかしくなったのだろう。ばっと上げたミィの顔が、徐々に膝へと戻っていった。それからしばらくの間、言葉を交わすことのない時間が流れた。
「お兄ちゃんと似てたからなのかなぁ」
「……お兄さん、いたんだ」
家族関係の話はほとんどしていなかったので少し驚き、反応に困るチャチャ。
「うん。とってもね、優しかったんだ。喧嘩もいっぱいしたけど」
優しい兄と喧嘩。ミィ自体あまり尖った性格じゃないので、少しおかしいと感じたチャチャ。どうして? と聞く前に、ミィが続ける。
「自分じゃなくて、いっつもミィを優先してくれてね。そのせいで怪我したり、お母さんたちに怒られたりしてた」
「良いお兄さんじゃない」
「それでね、危ないこともいっぱいしちゃうから心配になるの。ちょっと皆より色んな事が出来るからっていっても、危ないことはして欲しくなかったんだ。少しぐらいミィたちの気持ちも考えて欲しいのに」
「ジーンみたいね」
力があるから自分だけでなんとかしようとする。足りないと感じてしまったら、自分だけ強くなろうとする。守れないのは自分のせい。出会って半年程度しか経っていないが、ジーンはこういう人だとチャチャは感じていた。
「……本当に、そういうとこは似てるの」
嬉しそうな声で兄のことを話していたミィだったが、少しづつ元気がなくなってく。
「でもね、突然いなくなっちいなくなっちゃったんだゃったんだ」
「突然?」
「うん、ミィたちが封印されるちょっと前に。時々、二、三日帰ってこないことはあったんだけど、最後はね、一週間経っても、一か月経っても……帰ってこなかったんだ」
最後まで言い切るころには、顔をうずくめてしまっていた。ずびっと鼻をすすった音を立てていることから、泣いているのだろう。
ミィの兄とジーンが少し似ていたことが、より不安を膨れさせていたのだろう。同じように突然消えてしまうかもしれない。そう考えてしまうのだ。ましてやジーンは大きな組織に狙われてしまっている。今更引き返すことは出来ない。
「……ミィは、どうすればいいのかな」
少し落ち着いてきたようで、ミィが呟く。自分に聞かれたと気付き、チャチャが答えた。
「さぁ、分かんない」
チャチャは即答した。
「いつ何が起きるのかなんて分からないのは当然だと思うし、当然不幸な事も起きるよ。けど、全部悪い方に考えなくていいとも思う。それだと何も出来なくなっちゃうし」
「……」
「怖いんなら、そうならないように努力してみるのもいいんじゃない?」
「……やってみたところで、結果が変わらないとしても?」
「ネガティブ過ぎ。結果なんて最初から分からないよ。実験とか、昔の人の知恵とかならまだしも、その人がどんな人生を送るのかなんて誰も知らないでしょ」
「……」
「やらなくて後悔しちゃうのは嫌だって、私はそう思ってるんだ」
言った後で、少しらしくないことを語ってしまったのでは、と後悔するチャチャ。
「で、ミィはどうしたい……どうするの?」
ちょっぴし恥ずかしい気持ちを隠しつつ、チャチャが問う。ちなみに、イッチーにはここらの感情駄々洩れである。
「……まずはさっきのことを謝りたい。ジーンが怒ってないとしても、ミィは……そうしたい。その後で、ミィの気持ちも話す」
不安が消えたわけではないし、解決もしていない。
「そ、なら早く戻ろっか」
チャチャが先に立ち上がり、ミィに手を伸ばす。ミィはその手を取り立ち上がる。お姉ちゃんっていいな、ちーねぇがお姉ちゃんで良かったなと、改めて嬉しく思えたミィは笑顔をこぼす。
しかし、この姉の存在のおかげで前向きになれた気がした。もう、ミィの目に涙は見えない。
「うんっ。イッチーも、なんかごめ……ありがとね」
直接何かした訳ではないのだが、傍にいてもらったのだ。申し訳ない気持ちがあるミィが言う。謝ろうとしたのを止め、感謝の言葉を伝える。これはジーンに、謝るくらいならお礼をした方が良いと言われたからだ。その方が相手も良かったと思えるだろうとのこと。
「ま、俺は何もしてないけどな」
プイっと顔をそらし、そのままギルドに戻っていくイッチー。顔を逸らしたのはお礼に対して照れたのか、それともミィに対して何も出来なかった恥ずかしさからなのか。実際は途中で乱入しかけた男達がいたのだが、それを魔法でちょちょいっと処理していたりする。男達の目的はナンパだったのだろうと推測されるが、真実は分からない。
イッチーを追いかけるように、二人はギルドを目指して歩き出したのだった。
ミィが出ていった後、ジーンは心ここに在らずといった状況だった。十分程経ってから、ミーチャが話しかける。
「いつまで呆けてんのよ」
パシン! とビンタはしなかったが、ぴゅーっとジーンの顔に水がかかった。痛くも痒くもないが、気持ちが切り替わるのには十分なことだった。
「俺は、どうすればいい」
ジーンは明らかに動揺している。仲間、家族に近い人がほぼいなかったジーンにとって、それだけ衝撃的な出来事であるのだ。ミーチャからしてみれば、何をウジウジしとるんやと言いたいことであるが。
「知らないわよ」
即答である。
「……大切な人がいなくなるのって、こんなに辛いのか」
いや死んだわけじゃないし。ちょっと言いすぎだろ。そう思うミーチャ。だが、ジーンにとってはそれほどの事なのだ。今までずっと一人だったジーンは仲間との喧嘩をほとんど経験したことがない。更に目の前で走り去られたのだ。自分なりに仲間を守ろうと必死になったし、それで怒られて訳がわからない状態である。
「何が、ミィを怒らせたんだろう」
「知らないわよ」
即答である。
「何が怒りを引き起こすきっかけになるのかなんて、誰も把握できないわよ。きっと自分のことですら理解しきれないと思うし。今日は気にならなくても、明日になったらイライラすることだってあるかもしれない」
「……」
「だからといって、考えるのを止めたらだめよ? 少しずつでも相手のことを知ろうとすれば、それだけ怒らせることを減らせるだろうし。その過程で衝突して、喧嘩して。その後仲直りして」
「……そういえば、昔ミーチャとも喧嘩したっけ」
その時のことを思い出し、ふっと顔を綻ばせるジーン。
「んー、そんなことあったっけ」
「あったよ。ほら、ミーチャが初めて俺を殴ったときだよ」
初めて殴った時と聞いて、徐々に思い出してくミーチャ。
「あー、確か一緒に魔法の練習してた時だっけ?」
「あれ、そうだっけ。殴られたことしか頭に残ってないけど」
「うん、私は何でもすぐに出来るようになるジーンを見て腹が立ったんだよ。確か。私よりちびっこのくせにーって」
二人が出会ったのは、今いるこのギルドだった。ミーチャが七才で、ジーンが六才のまだ子供の時だ。
「そんな理由だったのか。急だったから凄いびっくりしたのを覚えてる」
その後ちゃんと仲直りをしたが、ジーンはその時から徐々に逆らわないようになっていく。上下関係がはっきりしていってしまったが。それでも、双方相手のことを理解していく内に、大事な存在だとお互いが思えるようになったのだ。
「……今更だったな、喧嘩一つで落ち込むなんて」
「そうだね。あ、でも落ち込まないようにしようとする必要はないけどね。落ち込んだ上で、そっから努力するんだよ」
ミーチャがにっと笑って、グーにした手をジーンに向けて突き出す。そして、ジーンも手をグーにしてミーチャの手にぶつける。すると、パァァンと何かがはじける音がする。今度は開いた手をぶつける。そしてまた、はじける音がする。それを二人は二回繰り返した。
はじける音は魔力。お互いの魔力を反発させて音を鳴らしていたのだ。音だけではなく、手が重なった時に目に見えるほどの魔力が広がっている。赤、青、緑、白等々、属性による色も変化していた。誰かが見ていたら、綺麗、楽しそう、やってみたいと感想を持つかもしれない。
「ん、ちょっとは元気出た?」
「ああ、ありがとう」
二人だけが分かる合言葉のようなものだ。頑張れ、まだやれる、心配だ、ありがとう、ごめんね。色んな意味が込められてる。子供時代に、ミーチャからやろうと言ってくれたことだ。
「ミィが戻ってきたら、ちゃんと話してみるよ。また怒られるかもしれないけどね」
ジーンはすっきりした顔でそう言った。ミィたちが戻ってくるまでの少しの間、二人は昔の事、最近あったことを言い合っていたのだった。まだチャチャやミィが知らないジーンの顔があった。
ヒー「今回出番無かったな、俺たち」
ミカ『今回のはしょうがない』
フー「あの状況で出て行っても、結局オロオロしてたでしょうし、良かったんじゃない?」
チー「ミーチャ嬢には我らの事は見えないしな」
クー「でも、ミィちゃんが怒ったのにはびっくりしたよ僕」
スイ「ん~? 怒ってたの? あれ」
ヒー「まー、いつもは見せないことだったのは確かだ」
クー「仲直り、してくれるよね?」
チー「二人の様子からして大丈夫だろう」
フー「こっそり見ているだけって、なんだかもやもやするね」
スイ「あ、仲直りしたらお祝いパーティーだねー」
ヒー「なんでそこまでするんだよ(笑)」
ミカ『スイはごちそう食べたいだけでしょ』
クー「あ、ごちそうなら僕もたb……」
フー「私賛成!」
チー「……理由はともあれ、パーティーという響きには心を揺さぶられる」
ヒー「チーもそっち側かよ!」
ミカ『ヒーは嫌なの?』
ヒー「何言ってんだよ、俺は嫌とか言ってないし」
フー「なら、私達でちょっと準備し始めましょうか」
クー「あ、僕m……」
スイ「なんだかすごく楽しみになってきた」
チー「我は机や椅子の準備をしておく」
ミカ『それじゃ、各々準備開始!』
総員「「「「「((シュバッ))」」」」」