第四十一話 帰還
「もう少し、もう少しだから待ってて」
チャチャが言う。水の大精霊から教えてもらっていることを中途半端で終わらせたくないのだ。ジーンも無理やり連れていくつもりは無いので、それを了承する。
内容は先ほど聞いたので、水の大精霊の指示にしたがいながら契約を進めていく。離れた相手に魔法を使うにはこの契約が大切になってくる。基本、魔法には効果範囲がある。大雑把に説明すると、攻撃を目的とする魔法は範囲が広く、回復や身体強化などの補助的な魔法は範囲が狭い。
誰もが回復魔法の効果範囲がもっと広くかったら、と思ったことがあるはずだった。広げる方法が無いわけではない。方法としては一つ。努力するしかない。毎日毎日、修練を積むのだ。ただ、その努力に見合った結果が出るわけではないが。こういった理由で、一般的には回復薬等を使うことがほとんどだ。
契約を進めるとは言ってもやることは一つらしい。指示に従って、ジーンとチャチャは手を繋ぐ。
「そう、あとはお互いの魔力を循環させることで、お互いの体に相手の魔力を覚えさせるのよ」
ジーンの左手からチャチャの右手に、チャチャの左手からジーンの右手にといった具合だ。数分経った頃、ジーン達の体に変化が起きた。
「違和感が、無くなった」
「な、なんだか不思議な感じ」
互いの魔力が体に馴染んだのだ。これで契約完了になるらしい。簡単そうにやってしまった二人だが、案外、難しいことだったりする。片方の送る魔力が多すぎても少なすぎてもダメ。両手だけでなく、全身に魔力が循環するイメージを持ち続けなければダメ等々。センスが良いという部分もあるだろうが、すんなり出来たのは二人が修練を怠っていない証拠だろう。
これだで回復魔法の効果範囲が広くなる、というのは少し疑いがあるが、大精霊が言うのだから本当なのだろう。早速とばかりにジーンがニ十メートルほど離れる。
「……成功だな」
イッチーが言う。その時、ぼんやりとジーンの体が発光していた。回復魔法が発動している証だ。更にジーンが離れていき、百メートル程離れたところで止まる。
『流石に、離れすぎじゃないかな』
そんなミカの言葉を聞き、ムッとした様子で魔法を発動させようとするチャチャ。ジーンへの想いもそんなに大きくないと言われたようなものなのだ。ムキになるのも仕方ないだろう。勿論ミカもそんなつもりで言ったわけではないのだが。
「おぉ~、成功したな」
火の大精霊が感心したように言う。
「やったね、ちーねぇ」
ミィがチャチャに抱きつき、喜びを共有する。自分の事のように喜ぶミィを見て、より一層嬉しさが膨れ上がっていくチャチャ。
「よーし、もっと離れてもいいわよ! 一キロぐらいね!」
ここで調子に乗るのはチャチャの悪い癖である。ジーンは仕方なく移動を開始し、大体このくらいかな? と適当なところで準備オッケーの合図を出す。
「ふふふ、今の私にはジーンのいる場所がはっきりと分かるのだよ」
少し胸を張りながらチャチャが言う。契約をしたことによって、お互いおおよその場所が分かるようになっていた。だからと言って、魔法が成功する保証はないが。
「……」
先程と同じように魔法を発動させるチャチャ。現在ジーンの姿は木々に邪魔され確認できないため、成功なのか判断できない。ミィが確認をとろうとした時、丁度ジーンから連絡が入った。
『もう始めていいんだぞ、早くしてくれ』
その言葉を聞き、肩を落とすミィ。そして、ジーンに既に魔法を使ったことを伝える。その横で四つん這いになり、涙を流すチャチャ。それを見た大精霊達が全力で励ましにかかる。大精霊達にとってチャチャは子供のような存在になっているのかもしれない。
イッチーは別にそこまで大ごとじゃない気がしているが、決して口には出さない。出してはいけないのだ。更に連絡を終えたミィが励ましに加わり、ジーンが戻ってきたときには自信を取り戻したチャチャがいた。
「ふふん、遅かったわね」
イッチーから状況を聞き、調子のいい奴だとジーンは思った。ジーンが戻ったところで、水の大精霊から先程行った契約について再確認される。時間が経つ程繋がりが弱まる事。だから最低でも週に一回は先程と同じように互いの魔力を循環させること。
「私からはこれでお終いよ。それで、もう帰っちゃうのかしら?」
水の大精霊が寂しそうに聞いてくる。
「そうですね、まだやることもあるので」
「アイツんとこ行くんだろ? なら早く行動した方が良い。さっきも言ったが、見つけるのにも時間がかかるかもしれんからな」
火の大精霊が言う。先程聞いたのだが、風の大精霊は気まぐれらしく居場所が安定していないらしい。大精霊同士なら何か知っているかと思ったが、二人とも分からないみたいだった。ただ、ヒントは貰う事が出来た。
「確か、晴れが続いている場所……でしたっけ」
ころころと移動する風の大精霊だが、居る場所は必ず晴れているという話だった。
「ああ、不自然なほどにな。雨が降っていようが雲が避けるように通っていくんだ」
ただ、晴れている場所というだけでは情報が少なすぎる。手当たり次第に探すのでは時間がかかりすぎる。
「他には、何かないですかね。森の中とか、川の近くとか」
「あぁ~、そういえば見晴らしが良いとこが好きって話してなかったかしら?」
少し考えたところで、水の大精霊が思い出したことを火の大精霊に聞く。見晴らしが良いところか。山の頂上付近とか、海、当たりかもしれない。
「ん? そうだっけか、いつの話だそれ」
火の大精霊は記憶に無いらしい。
「ん~、いつだったかしら。そもそも前に会ったのもずいぶん昔だし」
長く生きる精霊たちの感覚でさえ随分と昔と感じるのだから、数年や数十年の話ではないのだろう。
「見晴らしがどうこうって話は覚えてないが、草原が好きなんだって言ってたかもしれん」
「なるほど、草原ですね。大分場所が絞れました、ありがとうございます」
見つからないことを前提に探した方が良いかもな、そんな言葉を貰いジーン達はお礼をする。チャチャがお世話になっていたことは予想外だったが、おかげで風の大精霊の情報も聞けたのは良かった。
「また、いつでも遊びに来てくれていいからね」
「今度会う時はもっと強くなってるといいんだがな」
さっきまではうざいと思っていた火の大精霊の一言も、別れる時にはなんだか寂しく感じているチャチャ。短い時間だったが、チャチャにとっては忘れたくない時間、思い出になっていたのだ。
「うん、私もまた沢山お話ししたいから絶対に来たい」
水の大精霊に抱き着いてチャチャが言う。そこで、水の大精霊があることに気付いた。
「ミィちゃんも、ほら。遠慮しなくていいのよ」
片方の手を空けて、ミィを誘ってあげた。ミィは少し迷ったが、にっこりスマイルには勝てなかった。ぽふっとミィも加わる。ミィちゃんもまた来てねと言われ、素直に頷く。
別れの挨拶を終えた後、ひとまずジーン達はミィの家に戻るのだった。
移動した後、チャチャは動揺する。部屋が暗いのだ。いつもなら日の光で明るいはずなのに。
「えっ、なに。ジーン、そこにいるよね?」
急に不安になり、ジーンの名を声に出す。契約したのでそこにいることは感覚として分かっているのだが、それでも不安が込み上げてくる。
いつもなら警戒し、戦闘モードに切り替わるのだが今回はそれが出来ていない。ミィやジーンに会ったことで安心し、隙が生まれたのだ。
この隙は戦闘時には致命的な問題になる。仲間を危険にさらし、自分の身だって危うくなる。この異常事態にそんな状態では対応も遅れる。
ハッとして武器を構えようとした時には遅かった。プレッシャーを背後から感じ、汗が噴き出る。自分はいいから何とかミィを守らなきゃいけないとミィの気配を探るが、一瞬で見つける事が出来ず余計に焦ってしまう。
また自分は仲間を守れないのか。大切な人も守れないのか。
次の瞬間、世界に光が戻った。