第四話 ミィと出会うまで(1)
ジーンはミィと出会った時のことを思い出していた。そういえばあの出来事があったからミィと出会えたんだよな、と――。
「報酬ならいくらでも出す! 何とかならないのか!?」
町長であるロゾクムが必死な声でジーンとチドルに対し声を荒げる。
チドルは数少ない子供の頃からの古い知り合いであり、ジーンがちょくちょくお世話になっている人物。そしてチドルは冒険者ギルド長であった。
ロゾクムは以前からギルドへある依頼を持ちかけていた。しかし、その依頼をこなせるほど戦闘力の高い人物が見つからず。いくら報酬を高くしようとも、命の方が大切であるとする者がほとんどであるため依頼を完遂できずにいたのだ。
ギルドとしても町長との関係を悪くしたくないのだが、かといって強制的に冒険者を動かすこともできない。余程特別な状況であれば別なのだが、今回はその範囲外の内容であるのだ。
町長自身が雇った者も勿論いたのだが、戻ってくることはなく。失踪したのか、魔物に殺されたのか。
まさに八方塞がりであったところにジーンがやって来たのだ。
チルドに会うために訪れたジーンであったのだが、これは丁度良いと流れるように巻き込まれてしまうことに。
まずは話を聞いてから、と。それで現在に至るわけである。
「先程も言ったように。報酬が出るからと言って簡単に引き受けられないということを、まずは理解していただきたい」
「しかし、その方なら何とかなるのでしょう?」
期待のこもった声で、更には瞳を潤ませて語りかけるロゾクム。
よくも知らないおっさんにそんな表情をされても嬉しくないのは、ジーンとしても同じこと。内心げんなりしつつもそれを顔に出さないように努めることに。
ジーンとしてもわざわざ敵を増やしたくないのである。
「ジーンならばできるかもしれない。しかし、今回の依頼はあまり時間をかけられない。ルオナ草はそもそも発見することが難しいものであり、それに加えてあの森は魔物も多く生息してるもんだから、間に合うかどうかは分からない」
チドルが改めて説明をする。
今回の依頼はルオナ草と呼ばれる珍しい薬草を採ってきて欲しいというもの。
ロゾクムの娘が重い病気にかかってしまい、その治療をするために薬が必要であるのだがその薬を作るためには"ルオナ草"が必要であるのだ。
このルオナ草という植物はどんな病も治してしまうという薬草なのだが、そんなものがその辺にポンポン生えているというわけがなく。
クーガの森という場所にしかないのである。他の地域にも存在する可能性は十分にあるのだが、一から探し出すのは無謀というもの。正規の記録として残っている場所がクーガの森だけである以上、そこを探すのが確実なのである。
場所が分かっているのならばすぐにでも出発すれば良いのだが、そう簡単な話ではないから困っているわけで。
クーガの森は魔物の数が多く、危険度Aに指定されているということ。更に気を付けなければいけないのが、クーガの森だけに生息している喰牙と呼ばれる魔物の存在だ。
喰牙とは狼のような姿をしている魔物。人間よりも大きな体をしていて、五匹~十匹の群れで生活している。とても素早い動きであるうえに仲間と連携して戦うため、ベテランの冒険者パーティでも手に負えないのだ。
体力もあり持久戦に持ち込むこともできない。弱点が非常に少なく、やっかいな魔物であった。
「ならばすぐにでもルオナ草を探しに向かって欲しい!」
焦っているのだろう。娘の命がかかっているし、時間もないときた。仕方がない状況であるのは確かである。
「娘さんが心配なのは分かりますが、少し落ち着いたほうがいいですよ。ロゾクムさんに倒れてしまっても困りますし、娘さんを余計に不安にさせてしまうでしょう。こちらも少し準備が必要ですが、できる限り急いで向かいます。ロゾクムさんはできる限り娘さんのそばにいてあげてくだい」
ジーンはロゾクムを落ち着かせるようにそう告げる。
「……そうですね。私は娘のことになるとどうも周りが見えなくなってしまって、申し訳ない。どうか、どうかルオナ草を見つけてください。よろしくお願いします」
ロゾクムは少し落ち着き取り戻し、改めてお願いだと頭を下げる。
そのあと対策を話しながらチドルと帰ろうかと思ったジーンだったが、チドルは他にもロゾクムさんと話があるご様子。
「俺はまだ用事があるからここに残っていく。悪いがすぐにでも準備に取り掛かってくれ。必要なもんはギルドの職員に言えば大抵のもんは用意してくれるはずだ。足りないもんは……まぁ、なんとかしろや」
面倒くさそうに。半ば投げやりに丸投げするチルドであった。
えぇー……そこは頑張れとか、助かったとか言うんじゃないのか。そう思ったジーンであったが、チドルは昔からそうであったなと諦める。
気持ちを切り替え、ギルドに向かうジーンであった。
「ミーチャいるかー?」
ギルドへと到着し。必要な物を揃えてもらうために知り合いの職員の名前を呼ぶのだが、返事はなく。すると、タタタッとギルドの奥の部屋から誰かが出てくる。
それはミーチャではなく別の職員であった。
「どちら様ですかー。先輩は今。手が離せない大事な。それはもう重要な仕事をしているのですがー?」
ちっこい子供のような職員。ここで働いている以上彼女は子供ではないのだろう。
「いや、ミーチャはそんな仕事やらないし、させてもらえないだろう。どうせ奥の部屋で昼寝でもしてるんじゃのないか?」
昔からサボり常習犯であったミーチャを知るジーン。今回もそうなのだろうと決めつけ、職員へと尋ねる。
「な、な、なぜそれを! これは私と先輩だけの秘密のはずぅ……貴様、何者だっ!?」
彼女は動揺を隠しもせず。まるで演劇でも始まったかの如く大げさに反応をするのだった。
なんか始まったな。とは思いつつも、ここで深掘りしたらそれはそれで面倒だと直感したジーン。ここはあえて冷静にいつも通りの態度で接することに。
「俺はジーン。世界各地を旅してまわってるんだ。ミーチャとは昔からの知り合いでさ。そうだ、君のことも教えてくれないかな?」
「わ、私か? フッ、よくぞ聞いてくれたなぁ! 私は優秀かつ天才かつ非凡。そして近い将来ギルドマスターの座を我が物へと。聞いて驚け聞いてひれ伏せ。私の名は……あいてっ!」
彼女が自己紹介を終える前に、誰かからゲンコツをお見舞いされてしまう。
「何バカやってんのよ、チャチャ! あんたのせいで目が覚めちゃったじゃないの!」
ぷんこすと怒りのままに言葉をぶつける人物。
「って、あれ? ジーンがいる~。久しぶり~」
ゲンコツを食らわせたのはジーンが探していたミーチャであった。ちっこい職員もといチャチャは、ゲンコツを食らってのびてしまっており。
「地に伏すことになったのは俺じゃなくて君自身だったな」
「むっきゅぅ~~……」
「はぁ、普通無視するかな。それで、今回はどうしたのよ」
「ちょっとチルドに頼まれてな。ミーチャは相変わらず元気そうで良かった。ってかその子大丈夫なのか?」
「ホントあっさりしてるのね。チャチャなら……まぁだいじょーぶよ。いつものことだしすぐ復活するわ」
「いつものことなのか」
この子はいつも何をやらかしてるのか。若干に興味が湧くジーンであった。
「……はっ! 先輩、起きてらしたんですかぁ!? てっきりいつものように寝ているのかと……」
目を覚ますのと同時、がばっと起き上がったチャチャであるのだが。
「あんたがうるさいから起きちゃったんでしょーが!」
再びゲンコツを食らわせるミーチャ。
「いったーい! 先輩、そんなに叩かなくてもいいじゃないですかぁ! そんなんだからいまだに浮いた話が無いんですよぉ! いたっ!? またぶったぁ!」
チャチャの言葉に無言でゲンコツを食らわせるミーチャであった。この分だと毎日やられてるのだろう。
この子、地雷をわざわざ踏みに行っちゃう子なんだなと。性格的にもその態度からも察っすることができる。
その後も何度かゲンコツを食らうチャチャを見て、そんなことを思うジーンであった。
2021/06/01
・誤字脱字の修正
・口調、表現の修正及び追加