第三十九話 結界強化
「ふむ、合格じゃ。よく最後までやり遂げたのぉ。精霊以外で合格を出せたのは随分久しぶりじゃわい」
あれから数日後、ようやく大精霊から合格を貰えたジーン。魔力を発現させるのに一日。思った通りの形にさせるのに二日。それを長時間安定し維持させられるだけ慣れるのに三日。それを戦いの中で使えるようになるのに七日。その応用、属性の付加や透明化に二日。合わせて十五日間の修行が終わった。
「俺の他にも習得できた人がいたんですか?」
少なくとも他の冒険者やそこらの国の護衛兵なんかには負けないと思っているジーンが、興味深そうに大精霊に聞く。
「勿論じゃよ。確かにお主は大きな力を持っておる。が、わしが見てきた中にはもっと上がおったわ。自信を持つのはいいが……自惚れるなよ、若造」
一瞬にして空気が張り詰められる。ジーン、それに精霊たちまで全員に緊張が走り、どっと汗が噴き出すかのような感覚に襲われ、身体が動かない。格が違う、敵わないと理解させられる。
「ま、油断しないようにというじぃからのお願いじゃな」
ニカッと笑い、顎の髭をいじりつつ言う大精霊。ふっと身体が軽くなったような感覚を覚える。ミィちゃんをしっかり守ってやるんじゃよ、と言われてようやく返事をするジーン。その後で、精霊たちの様子も確認する。
ヒーとチーは膝をつき、少し呼吸が乱れている。クーはペタンと尻もちをついて震えている。辛うじて立っているが、ミカも少し震えているし顔色も悪い。フーはミィの手伝いをしていたので、ジーン達の様子を見て驚いている。ミィと一緒に駆け寄ってくるのが見える。スイはジーンの傍にいたため、反射的にジーンに抱き着き顔をうずめている。
「マスター、これは」
フーがジーンの傍まで駆け寄って問いかける。ミィはクーを落ち着かせようと背中をなで、他の三人にも声をかけている。
そして、たった数秒のことだったが今あったことを説明する。説明と言っても、一言でいえばびびっただけなのだが。
「な、なるほど」
ほら。信じられないとでも言いたげな目をしている。他の精霊たちの話を聞いて、やっと納得したらしい。びびって動けなかったという言いにくいことを一人一人言わせる。本人は意識してないが、決して小さくない心へのダメージをジーン達に与えていく恐ろしい子フー。
「もう、皆をいじめちゃダメでしょ!」
ミィが大精霊に向かって言う。大精霊はそれに対して、しょぼんとしながら謝る事しかできずにいた。今さっき凄まじい殺気をぶつけていたのが嘘のようだ。ミィのことがよほど気に入っているらしい。
ジーンはミィのことを守るべき対象、もとい守るべき仲間だと再確認した。最近は奴らに仕掛けられることがなかったので、何処か気が緩んでいたのだろう。また、ジーン自身が強くなったという自覚もあり、自分がついていれば大丈夫だと無意識のうちに思っていたのかもしれない。
「俺たちはまだまだ未熟、ってことだな」
ヒーにそう言われ、うなずくジーン。あのおちゃらけヒーにまで大精霊の思いが伝わっている。この日、ジーン達が自分たちはまだまだ未熟だと知れたのは良かったことなのだろう。圧倒的な力を持つ敵が出てきてからでは遅いのだ。
『もう少し、ここにお世話になりそうだね』
震えも治まり、笑いながらジーンに言うミカ。
ジーンの心の奥で埃かぶっていた覚悟がまた輝きだす。皆で食事をし、言葉を交わすほどに守りたいという思いが込み上げる。一人だった頃には感じなかったこの思い。大切な仲間と過ごせる喜びを感じ、急に明日が楽しみになる。
「で、昨日眠れなかったと」
子供か、とフーに怒られるジーン。今日から魔法、魔力に対する防御の修行に入っていくのだが、寝ていないせいなのか朝からテンションが高い。
「一日ぐらい、寝なくても……」
じーっ。
「ほら、朝食もしっかり摂ったし」
じーっ。じーっ。じーっ。
「気をつけます、はい」
フーとミィ、ついでに大精霊にまで無言で訴えてくる。
「あるじおこられてるー」
『ぷぷぷのぷー』
スイとミカには馬鹿にされた。
「えっと、睡眠は大事、だと思う、よ」
「ハハッ、まぁそのくらい気にすんなよ」
「休息も修行の一部かと」
クー、ヒー、チーには励まされた。うん、ここまでくると恥ずかしいを通り越しちゃうよ。と、朝食の片づけをさっさと終わらせにかかるジーン。この作業も慣れたもので、数分もかからず完了させる。
さて、今日は結界を更に強化させる修行だ。大精霊に一通り説明をしてもらい、早速とばかりに魔力を集中させていく。また、今回は精霊たちと協力して進めていく。
『それじゃあいくねー』
何度か聞いた、何とも締まらない掛け声でミカが魔法をジーンに向けて発動させる。そして起きる何度目かの大爆発。そして砂を巻き上げ、大きなクレーターを作りだす。
ピシり。
「あー、打ち消し切れなかったか」
クレーターの中心にいるジーンが言う。結界が爆発に耐えはしたが、一度で壊れてしまうようでは使えない。
「もう少し水多めか? スイ、手伝ってくれ」
ジーンにとてとて近づき、そのまま、ぴとっとジーンに抱き着く。
『なら、さっきより強めでいくね』
今度はヒーとミカの二人が魔法を発動させる。大きな火の玉が現れ、落ちていく。フーとチー、それにクーが周りへ被害が出ないようにしてくれていなければ、クレーターができた、というだけでは済まなかっただろう。
「大丈夫みたいだな」
ありがとう、とスイの頭を撫でつつジーンが言う。結界は破られることなく、二人をしっかりと守っていた。
この一日で、結界の強度が一段階増したと言えるだろう。前から属性を付加するというのはやっていたジーンだったが、大精霊からすれば属性が付加されている密度が低いんだとか。もっとぎゅっとできる! 大精霊からのありがたいお言葉だ。
これを二日間かけて、何度も繰り返した。その後は、結界無しでも魔法を受けられるように何度も魔法を受け続けた。魔力を発現出来るようになったのなら、魔法にも負けないらしい。貫通性が高いものは流石に今のジーンでは守り切れないが。
この世界では、魔力があるもの程強い。となっている。魔法と金属製の武器がぶつかり合ったら、魔法が勝つ。しかし、魔法と魔力が込められた金属製の武器なら、武器が勝つ。といった具合だ。魔法の属性や武器に使われる材料等でも変わってくる。
勿論、扱う者の技量によって結果は変わるが、同等の実力者だったら例外は無いと言える。
「これで、わしの教えることは無くなった。とは言っても、お主たちはまだまだ完璧ではないのを忘れるでないぞ」
約二週間、長いようで短い地の大精霊との修行は終わりを迎えた。