第三十七話 防御の修行
地の大精霊と名乗る老人の話を聞き、ジーン達は嘘はついていない。本当なんだと判断した。
「それで、大精霊様は特に用事もなくただ話に入りたかっただけだと」
大精霊様は、ジーン達が楽しそうにしていたから羨ましかっただけらしい。最初に接触しようとしたのはもっと前で、海の中からざぱぁっと驚かそうとしていたらしい。それが、突然できた大きな波に攫われてしまい、何が何だか分からないうちに遠くまで流されていた。なるほどなるほど。
すいません、それ俺たちです。と心の中で謝るジーン一行。同時にそれでも大精霊なのかとも思う。
「人がこの辺に来るなんて滅多にないからのぉ。ましてや遊びに来る者なんて初めてじゃよ」
大精霊が嬉しそうに話してくる。
『確かに、この辺って魔物も多いし』
「魚はここでなくとも採れるしな」
「僕たちも理由がなかったら来なかったもんね」
「わしはここ、気に入っておるのだがのぉ」
ミカ、ヒー、クーの言葉で、悲しそうに肩を落とす大精霊様。
「だいじょーぶ、わたしもここ好きだから」
スイがえっへんと腰に手を当てて胸を張っている。チーとフーも同じ意見のようで、我も私もと言う。
「俺も、ここを選んでよかったとおもってますよ」
「あんたも、この子達もえぇ子やのぉ。契約出来たあんたは幸せもんじゃ」
ジーンは少し照れたように「どうも」と返す。ついでに言うと、ミカ達精霊組も全員が照れていた。ニカッと笑う者、ジーンにべたっと抱き着く者、冷静を装う者。
そんな彼らを見て、ジーンは改めて精霊たちと出会えてよかったと思えた。
「で、これから何するのかなのじゃが」
「それなら、私達のお願いを聞いてもらえばいいんじゃない?」
ミィがジーンに聞く。ミィの言うお願いとは試験のことだ。実はこの場所を選んだのは地の大精霊がいる場所に近く、遊び終わった後に行こうと考えていたからだ。
「うーん、どうせなら一日は休みのつもりだったんだけど」
「ま、何しようか悩むよりはいいんじゃね」
「我もそう思いますぞ、主君」
「マスター、私たちは十分楽しみましたわ」
ヒー達がそう言うのなら、とジーンが地の大精霊に試験を受けさせてほしいと頼む。
「――という事なんです。どうか、俺達に力を貸していただけませんか」
お願いします。とジーンが頭を下げ、ミカ達も一緒に頭を下げる。
「ええよ」
何ともあっさり了承してくれた。安心したところで「しかしな」と大精霊様が言い出し始める。
「お主らは勘違いしとるようだが、そもそも試験なんてないんじゃよ。おそらくじゃが、火の大精霊の気まぐれじゃな」
地の大精霊によれば、昔はただ自分達が得意なことを教えていただけらしい。火の大精霊は魔力のコントロールや攻撃魔法。水の大精霊は回復魔法、薬の知識といった具合に、訪れる者に力を貸していただけで、そもそも試験なんて無いのだと言う。
確かに、力を得る事が出来るのは限られた者だけなので、いつからか訪れる者が勝手に試験と呼び始めた。火の大精霊も試験という響きが気に入ったので、自らそう呼んでいる。というのが真実のよう。
「案外、火の大精霊様を信用し過ぎない方がいいかもね」
フーの呟きに皆が同意する。かといって、いつも一緒にいる水の大精霊も何考えているのか分からないから困る。契約した精霊達も結構変わっていると思っていたが、大精霊達も癖のある方ばかりなんだとジーンは改めて思った。
「ま、細かいことは気にすることはない。早速始めようかの」
『地の大精霊様は、何が得意なの?』
ミカの質問を聞いて、ニカッと笑みを零す大精霊。その質問を待っていたんだと、誰が見てもわかる。孫に頼られて嬉しいおじいちゃんという印象がより深くなった。
「わしが得意とするのは防御、身を守ることなら他の者に負けんと思っとる」
少し地味な気がするが、これだけ自信満々に言うのだから少し期待するジーン。防御の方法と言っても沢山あるらしく、今から実践してくれるみたいだ。
「楽しみじゃのぉ、ワクワクするのぉ」
「では、一点集中の物理攻撃からいきますね」
そう言って、ジーンが走り出す。要するにパンチするだけなのだが、魔力に精霊の力を持つジーンのパンチは破壊力が桁違いだ。そこらの大きな岩は勿論、金属製の盾も貫く威力を持つ。火の大精霊の元で行った魔力コントロール修行のおかげでより強力なものになっているはずだ。
いかに防御に自信がある地の大精霊でも、少しくらいダメージを負わせられると思いつつジーンが拳を突き出す。今のところ地の大精霊が魔法を発動している様子がないことに疑問を持つが、死にはしないと遠慮なく殴り飛ばす。
「あれ、なんであるじ途中で止めちゃったの?」
スイがフーの腰あたりをチョンチョンと指でつつく。フーも分からないようで、首を横に振る。分からないのは他の精霊達も同じのようで、誰も説明できなかった。勿論、ミィが説明できる訳もない。
「……なるほどな。魔力ってのは、こんな使い方も、あるんだな」
押し込むことも、引き抜くこともできないジーンは、納得したように大精霊に向けて言う。
「そうじゃな」
左腕、右足、と順に自由を奪われ、ようやくあきらめるジーン。少し離れた場所から見ていた精霊達がジーンに駆け寄り、何が起きたのか聞く。
「まだ推測でしかないが、魔法ではなく、魔力そのものを使って止めたんだろう。魔闘技と似たようなものだな。簡単に言えば魔闘技は魔力を体内で循環させるが、今のはそれを体外で循環、というよりは纏わりつかせる? といった感じか」
見えない手に腕や足がつかまれた感じ。が一番近い表現らしい。人の手ほどはっきりした感触ではなく、あいまいな感じだとジーンが説明する。
「いやいや、あんたが説明したらわしいらなくなるじゃろ」
「何か、間違ってましたか?」
「だいたいあってはおる。あってはおるが、ほら、わしの出番が減るじゃろ」
なぜか尊敬しきれない大精霊様によれば、攻撃を馬鹿正直に正面から受ける必要はないとのこと。強力な攻撃を受けきるのではなく、別の角度から捌くのが重要らしい。
先程のジーンを例にすれば、一点集中の攻撃の場合はその他の場所に目を向けると言いそうだ。拳を止められないのならば、ほかの場所を止めればいい。大精霊は魔力を使って、拳ではなく攻撃力がほぼない腕や肩を掴み、拳の攻撃力を無効化する。
「まぁ、その魔闘技という技じゃったら意味がなかったかもしれんがの。筋力や体力に限界があるように、魔力にも限界がある」
魔闘技は全身を強化するのもなので、あらゆる力もそれなりに強化される。ただ、ジーンは魔闘技を使っても突破は出来ないだろうと予想し、大精霊の力をもう一度見直した。
その後もいくつか物理防御、魔法防御について教えてもらうのだが、それらの説明は全部大精霊様に任せた。機嫌を損ねてもらっては困るので、その辺はジーンも上手くやった。
そして、一通り説明を受けた後ミィたちが料理を振舞った。振舞ったのは良かったのだが、大精霊様は感激しすぎて泣いてしまった。完全に孫の初手料理を食べたおじちゃんだった。
チャチャ 「――というわけで、お願いできませんか?」
イッチー 「俺からもお願いします」
謎の姐さん「うふふ、それぐらいいいわよ。こんな可愛い子の頼みなんですもの」
イッチー 「か、可愛い? 痛てっ」
チャチャ 「それで、何から始めればいいんですか」
謎の姐さん「そうねぇ……コツは、“誰かのために”って思うことかしら」
チャチャ 「誰かのために、か。分かりました」
謎の姐さん「うふふ、素直な子は好きよ。それじゃあ、まずは……っとあなた達は離れててよね、女の子同 士二人でやるから」
イッチー 「えっと、でも魔法に関しては俺が担当で、」
チャチャ 「今回は私に任せて、イッチー」
イッチー 「覚悟があるんだな?」
チャチャ 「勿論」
チャチャ 「なら、今回は任せるわ」
謎の姐さん「仲がいいのね、私たちみたいに」
チャチャ 「普通ですよ、ふつー」
謎の姐さん「へぇ、そうなんだ。なら、君も頑張ってね」
イッチー 「お、おう?」
謎の兄さん「……いったか。お互い、パートナーには頭が上がらないな」
イッチー 「そ、そうですね?」
謎の兄さん「俺たちはあっちでやろうか」
イッチー 「が、頑張ります」