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俺には精霊がついているらしい  作者: あいえる


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第三百十一話 願われたからこそ


「この世界にいるミィは彼女であって彼女じゃない。俺の妹であることには変わらないが、俺の知る妹ではない」


 それは何かきっかけがあったわけじゃない。

 前振りを忘れてしまったかのように突然に話が始まった。


 リィが二人を望んだのは、もしかしたらこれが理由なのかもしれない。


「歪みが起きた原因は不明だ。過去に成された世界の浄化、偶然が重なっただけ、お前による干渉。可能性なんていくらでも並べられるが本当の原因を見つけるのはほぼ不可能だと言ってもいいだろう。」


「あんたの能力を使ってもか?」


「流石に誤魔化せないか。まぁ、確かに俺の力があれば簡単ではある。意味無いから頼まれてもやらないけどな」


「修正は不可ってことか」


「いいや。そんなことはない」


「違うのかよ」


 間違いを指摘するリィは笑っていた。

 どこまで歩くのか分からないままに、何処を視て歩けばいいのか分からないままにジーンは足を動かす。


「修正は可能だ。だが、しない方がいい。理由は簡単“そんなことをしてしまえば今俺達が手にしている好機を台無しにすることになる”からだ」


「世界の意思による世界の浄化を防げなくなるってことか。例外的な存在であるミィが居ることが逆に浄化を先延ばしにしてくれてるわけだな?」


「それもあるが、一番の理由はそこじゃない」


「……あぁ、さっきのあれか」


「そう、救世主の誕生。後にも先にも存在しない唯一の現象だ。救世主の誕生がいつかは起こるからイレギュラーな存在が生まれるのではなく、イレギュラーな存在が生まれてしまったからこそ救世主の誕生という現象が起こるんだ。“やり直しが利く”この世界において、この不可逆性を持つ関係は特別だと言っていい」


 視えていないのはリィも同じはずなのだが、違和感。

 視線を落とした時にただ真っ白な床を視ているのではなく道端にひっそりと生えている花を目で追っているかのような。


 リィが見上げる仕草をするのは大袈裟な演技というわけではなく、本当に空を雲を陽の輝きを身に受けているとでもいうのか。


「――ミィをどう扱うのかはお前次第だ。誰の意思を優先するのかという意味でな」


「何が言いたいんだ?」


「……よし、そろそろ始めようか」


 問いに対する答えを返す代わりに歩くのを止めるリィ。

 ジーンへと向き直り、準備はできているだろうと言わんばかりの態度を見せつける。


「俺の力は知ってるな」


「顕現、だったか?」


「あいつらと別れた時点で既に力を使い、場は整っている。全力を出しても問題の無い環境がな」


「まだ色々と聞きたいことはあるんだけどな」


「俺を倒してから好きなだけ聞けばいい。さぁ、初めてミィに出会った時のことを思い出せ」


 白紙のページに色が浮かび上がる。

 それは一瞬。記憶を自覚する前に切り替わった先の景色はあの時と同じ場所。


 木々に囲まれたそこで二人は向かい合う。


「先制は譲ってやる」


 違うのはそこにミィがいないということ。

 そして、リィが目の前にいるということ。


「始めようぜ?」


 それは合図。かかってこいよと挑発の意味を込めた言葉。

 それに煽られれ平常心を失うジーンではないが、だからといって応えないわけにはいかない。


 奥底に隠された真意を理解したいと思うジーンであったがこうなった以上はリィの望む通りにする他なかった。


 隣に立っていたはずの彼らの間には、いつしか木々の障害物が。

 風が吹いている感覚は無いのに揺らぐ木の葉の波が。


「――ザンネン」


 瞬間、距離を詰めたのはジーン。

 言われたからには先制攻撃をしかけないわけにはいかなかったからだ。


「確かに殴ったはずだが」


「ネタばらしはしないぞ?」


 かつてチャチャが殴ったのと同じようにぶん殴ったハズなのに、リィは彼方へと吹き飛んでいくわけでもなく転がり回るわけでもなく。

 そしてジーンの背後から悠々と語りかける彼の顔には傷一つ無く。


 それはジーンにとってなんとも言い難い感情に火をかけることになった。

 困惑。不気味さ。驚き。そんな感情が混ざり合い、そして嬉しさに高揚感が湧いてきていた。


 これまでに幾度となく回数を重ねてきた戦闘行為。

 しかし、それはあくまでも命のやり取りがある血みどろの戦闘ばかりだ。


 遊びや娯楽の感覚で行う戦闘などはチャチャとの訓練や新技の実験くらいなのである。

 もっとも、それでも手加減というものが付いて回っていたのは当たり前であるのだが。


「せっかくなんだし楽しもうぜ」


 その言葉だけでもワクワクした心が躍り出してくるというもの。今のやりとりはリィによる“手加減しなくてもいい”という言葉の代わりであり。

 ジーンはなんの心配もしないで全力で楽しめる状況をようやく理解したのであった。


 解放する。無意識の内に抑えていた魔力を意識して解放する。

 拳での戦いとくれば魔闘技の出番というわけである。


 走り出せば大地は抉れ、拳を突き出せば空気は圧縮され爆発的な破壊力を生み出すことになる。


「格闘技って分野は苦手だが、ストレスの発散相手くらいにならなれるさ」


 ソニックブームに被害を受ける者はここにはいない。

 遠慮なく超音速を乗せた拳を蹴りを披露する。


 当然、そんな技を受け止めるにはそれ以上のエネルギーを以てして相対する他ないのだが。

 果たしてリィにそんな力があるのかどうか。あるんだなそれが。


 一度や二度を防げれば良いという粉骨砕身のそれではない。

 ミィの兄は強かったという言葉を証明するように、時には受け流し時には正面から受け止め凌ぐ。


「なぁ、楽しいか? 楽しいよなその顔みりゃ分かる」


 木々が薙ぎ倒されていく。

 これは幻影なのか実物なのか夢か現実か。


 雲にも見間違えるほどに膨らみ立ち昇った土煙に。

 陽を遮るほどに密度のある粒子を次々に生み出すのは二人の男。


「妹をどうにかしたらもうその先は覚悟が擦り切れるその時まで続く世界の管理だ。どう見えるのか知らないが、まぁこれまでと同じとはいかないだろう」


 空へと。リィが高く跳んだ先へと追いかけた直後、叩き落される。

 そしてまたすぐに一直線を描き土煙の中から出てきたジーンを、再び叩き落そうとするリィであったのだがしかし。


「まさにそれは世界の意思に代わる存在になるとも言えるだろう。神ではないが神をも動かす者、随分と居心地が悪そうだ」


 空中で軌道を変えたジーンがお返しにと語るのを止めないリィを地面へと叩き落す。

 それからはもう上下左右。地上でも空中でもお構いなしになっていた。


 森でやり合っていたかと思えば人一人として居ない街へと景色が切り替わり。

 かと思えば今度は荒れ果てた地で忘れ去られた者達に呆れた顔を向けられて。


 失敗の果てにいつか来るハッピーエンドを願った者達の野次が加わり。


「まぁ、なんだ。これで終わりじゃないというか、応援はしてるというか。手伝えないのは少し寂しいっていうか」


 それは消える者からのせめてもの激励。

 妹の想い人に対するまごころ。叶わぬ恋にかける情けの感情。


「あの子は妹じゃあない。世界の意思が語ったように余所者ってやつだ」


 張り切り過ぎればバテるのも当然に早くなるというもので。

 それに長期戦を想定していたつもりもなければ、疲労困ぱいで動けなくなっても問題ないとさえ思っていたのならば。


 無数に並ぶ龍の鱗の上で大の字になって寝転ぶ二人。

 体力の限りを尽くした果ての遊戯の終わり。


「まぁ聞け。できれば身体を起こしたくないのはお互い様だろ?」


 晴れた空。遠く浮かぶ雲を置き去りにするのは龍が飛んでいるからこそ。


「彼女がミィであることは間違いない。が、俺の知る妹ではないという話だ。端的に言えばそうだな……もしもの集合体って感じか?」


 この世界のためにと派遣されてきたとかなんとか、って話の四体の龍。

 精霊界の礎となった地龍である彼ではない他の龍に乗って。


「妹って認識なのはそれはそうなんだが、一つ一つ考えていったら別人ってのが正しいんだ。俺の知るミィは、一緒に暮らしてた妹はもういない。とっくの昔に死んでる」


「それでどうでもよくなったって?」


「まさか。そんなことをすれば妹に嫌われるからね、ホントに」


「……わかんねぇよ」


 ため息なのか激しい運動後の大きな呼吸であるのか。

 離れてはまた近づいてくる雲。果てを繋げただけのハリボテ空間を何度繰り返したのか。


 二人が行っていたのは会話ではない。リィから一方的に送られてくるだけの言葉をジーンは聞くだけ。

 戦闘中などはジーンの言葉など皆無であったのに等しい。


「最初に言った通り、これは我儘ってやつさ。愚痴の一つや二つでもミィには聞かせたくないし。兄ってやつはいつだって兄でいなきゃならんのだよ解るかね??」


「兄弟いないからなんとも」


「……だよな」


 ただ。

 二人はただ。


 一人はかつて見ていた妹の面影を追いかけて。

 一人は見るであろう未来(これから)を想って。


 心地良い風に目を細めた。



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