第三十五話 海に来た
青い空が広がり、黄色い砂が輝いている。今日は晴れていて、日差しがじんじんとジーン達を照りつける。
「やっと着いたな」
ジーンがぽつりと呟く。移動だけで一、二時間使ってしまったしミィを背負いながらだったので、流石に
少し疲れてしまったよう。しかし、今日はそんなことは言ってられない。
「うわぁ! これが海なんだ、おっきい!」
ミィがジーンの背に担がれつつ言った。先ほどまで寝てしまっていたため、余計に興奮しているのだろう。もにょもにょと体を動かし、ジーンの背中から降りるミィ。
『僕も海は初めてなんだ♪何しようかなぁ? ボールで遊んだり水泳大会とかしてみたり……お魚捕まえたり! 海が僕を待っている!』
既にミィが砂浜を走り抜け、海に足を突っ込もうとしている。ミカも我慢の限界らしく、ミィを追いかけ――追いついて、一緒に海にダイブした。服も着替えずに。
「ま、まぁしょうがないか。今日は思いっきり遊ぶって決めたしな」
ジーンは服を脱ぎつつ言う。
「よし、あいつらも呼ばないとな」
ジーンが魔力を集中させ、精霊の召喚を始める。いつも通り光に包まれ、いつも通り精霊が召喚される。召喚されたのは五体。ヒー、スイ、チー、フー、そしてクーだ。
「うっほぉー! 海だ! 海が俺を呼んでいる!」
「主君よ、我も行ってくる」
既に海用に着替えていたヒーとチーが走っていく。ヒーは砂を激しく蹴り上げながら、チーはそれを顔面で受け止めながら。そしてその勢いのまま、ミィとミカがいる所に飛び込もうとヒーが大ジャンプする。それに気づいたミィとミカが「え? まじで?」と顔を引き攣らせる。
「はしゃぎ過ぎだ」
ヒーに追いついたチーがヒーの足を掴み、三回ほど回転してから遠くにヒーを投げ飛ばす。投げ飛ばされたヒーは入る角度が丁度良かったのか、ちゃぷんと静かに音を立てて凄まじい勢いで沈んでいった。
「もう、大きくなったのは身体だけなんだから。ヒーには困っちゃうわ」
ぷんすか文句を言いながらフーも歩いていく。残ったのはジーン、スイ、クーの三人だ。
「スイはいかなくていいのか?」
先ほどからジーンにくっついたまま離れないスイに聞く。普通なら暑いので引き剥がすところだが、スイの場合は逆にヒンヤリとしているため気にならない。
「わたしはいい。あるじの傍にいる」
ほんとはスイにも遊んで欲しいとこだが……ま、まぁ本人が言うんだからいいよね? 決してスイが美少女だからだとか、そんな理由じゃないからね?
「ジ、ジーン。僕も行ってきていいかな? って今驚いたよね? 完全に僕のこと忘れてたよね!?」
「そんなことないぞ。少し考え事をしてたからで、忘れてなんかないさ」
冷静を装いつつジーンがクーに言う。大分クーの特性に慣れてきたので、何とか隠し通せそうだ。最初の頃なんて、びっくりしすぎて声を上げたり武器を構えたりしたことがあったのだから、マシになった方だろう。
「俺はバーベキューの準備をしておくから、存分に遊んで来い」
「う、うん。分かったよ」
そう言って、クーが皆がいる所に転移した。当然皆驚くわけで、ヒーなんかはひっくり返ってまた海に沈んでいる。
「あはは、クーおもしろい」
本人は面白さを求めてなんかないと思うけどな。ジーンは心でそう突っ込みを入れてから、バーベキューの準備を始める。
一応、肉やら野菜やらは準備した。それにうちの精霊たちが海の幸を採ってくるだろうから食材の方は問題ないだろう。それに火の方も大丈夫だ。魔法でどうとでもなる。
「ふむ、テーブルも皿も持って来たし、ほとんど準備いらんなこれ」
「あるじーどうするの? 寝る?」
「確かにそれもアリだな。だけどせっかく海に来たんだからそれじゃもったいないだろ?」
ニヤッとスイに笑いかけ、ジーンがクイっと指をふるう。すると、先ほどまで静かだった沖の方に大きな波が出来上がった。
「あるじ、わたしもやる」
スイがそう言うと、より大きく、より高く、より美しい波が出来上がった。透き通るような青色で、感動すらしてしまいそうだ。
「おお、スイも中々にやるな!」
「そうね、綺麗だわ」
「……同じく」
「すごいや、スイちゃん」
『記録しておこっと』
精霊たちはそれぞれ感想を述べる。
「……えっと、そろそろ波を消した方が良いと思うけど、どうかな?」
ミィが少し震える声で言う。ミィも遠くに見えていた時は、綺麗だなぁと感動していたが、その波がどんどん近づくにつれて恐怖が込み上げてきた。精霊たちは問題ないかもしれないけど、私は危なくない? と気づいてしまったのだ。
「お、そうだな。誰がやる?」
「私はちょっと」
『ヒーが行きなよ』
「え? 俺?」
推薦されるとは思っていなかったヒーが少し驚きつつ、話が進んでいく。
「我も賛成する」
「頑張ってね、ヒー」
「僕もそれで――」
「よ、よし! でもどうやって消そう?」
チーもミィも同意を示し、ヒーがやる気を出す。クーを言葉がかき消された気がするが、細かいことを気にしていたらイケナイ。
「我にいい考えがある。ヒーよ手を貸せ」
「お、なんだなんだ?」
すっと右手を差し出すヒー。すっと右手で腕を掴むチー。この時点でフーとクーがチーの考えに気づく。
「ん? 二人の連携技か? 久しぶりだな!」
確かに連携するのだが、多分ヒーが思うものではないだろう。
「そうだな、全力で行くぞ」
「よし来た! こっちは準備できてぇぇぇ!」
ボールでも投げるかのように軽々とヒーを投げ飛ばすチー。そして、ぐっと親指を立てて、頑張れよと伝える。
「後で一発入れてやるからなぁぁ!」
ものすごい勢いで飛んでいくヒー。フーとクーの力によって風の力、空間圧縮を利用した爆発的な推進力で音速を超えた。もっとも、そこまでする必要は全くないのだが。
そのままヒーが波の中に突っ込んでいき、小さな穴をあけて空の彼方に消えていく。穴をあけられた波は穴を中心にして衝撃波が伝わっていき、徐々に穴が大きくなっていく。波に当たったときにヒーが魔力を放出したのもあって、どんどん波が割れていく。
「よし、成功したな」
チーがそうつぶやいたのを聞き、ミィは成長した精霊たちに期待と恐怖を覚えたのだった。
チャチャ「うー、私のいないとこで楽しそうなことやってる」
イッチー「ま、断ったのはチャチャだし、こっちもさっさと終わらせようぜ」
チャチャ「……あんたもマッハで飛ばせば一気に片が付くかしら」
イッチー「やめてくれ、魔法でどうとでもなる」
チャチャ「はぁ、じゃあ早いところ終わらせましょうか」
イッチー「賛成。ドラゴン討伐なんて時間かけてもしょうがないし」
チャチャ「30分で終わらせましょ」
イッチー「いや、流石にそれは……? 今の俺達ならいけるか?」
チャチャ「これでお仕置も最後だから気合い入れてやりましょうか」
イッチー「初手は任せたからな」
ドラゴン「ガウガウ……(やっべぇ、さっきからブレス当ててんのにびくともしねぇ。っていうか俺の事眼中にねぇ。やべぇ殺されるわ、これ)」