第二十六話 思い出(1)
「じゃあ、ちーねぇの罰って作戦と関係あるの?」
罰という名の調査をしてるのかも? と思ったらしく先頭を歩きながらミィが聞く。よいよいとご機嫌に歩くのは、天気の良いぽかぽかとした気温のせいだろうか。
「危険なことだったから、ちーねぇもイッチーも嫌がってたんでしょ?」
くるりと、後ろを歩くジーンへと向き直るミィ。
「関係ないぞ。罰は罰だ」
『それに、慎重さが必要な作戦だったらちーねぇには任せられないでしょ』
平和だなぁと微笑みながら答えるジーンに、ジーンと並び進みながら笑って語るミカ。
慎重な行動が必要になる場面でも考えなしの行動をとってしまうチャチャ。結果、一瞬で終わるはずであった依頼が何時間もかかってしまったことも。そのことを思い出し、苦笑いを浮かべるミィである。
「だったら今回の罰はなんなの?」
ジーンの前を歩いていたミィであるが、何を思ったのかミカとは反対側となるジーンの左隣へと移動しつつ疑問を口にする。
「今回は依頼を受けるだけ。危険度Aのな」
『しかもそれを十個だって。流石に酷くない?』
「えっ、それ作戦までにって……間に合うのかな」
まじかこいつ、と顔をしかめつつ改めてチャチャを心配するミィ。無理をして急ぎ過ぎて焦って怪我をしないか。イッチーというブレーキも若干利きが悪いことも相まって、余計に不安になってしまう。
「まぁ大丈夫なんじゃないか? ほら、昔と比べたらチャチャも強くなったし。それにイッチーもいるんだからな」
さして心配していないジーンであった。戦闘能力に関してはそうかもしれないが、不安な要素が多くて安心できないミィは納得しきれない。
『前はAランクの依頼一つで死にかけてたけどね。イッチーと契約してからどれだけ成長したのか分かりやすいし、楽しみでしょ?』
実はイッチーと契約する前にも一度だけAランクの依頼を受けていたチャチャ。その時はジーンは見守っていただけで、全てチャチャが準備から完了の報告までをやったのだ。
危険度Aの依頼とは、一般的に複数のパーティーで協力して受けるものである。四~六人が一般的なパーティー編成で、それが三、四組だから少なくても十二人。多くて二十四人かけて依頼の達成を目指すのだが。それでも百パーセント成功するわけじゃないくらいのレベルというイメージ。
そんなAランクの依頼をチャチャは一人で受けに行ったのだ。
「確かイッチーと契約する前の仕上げとして受けたんだよね。その時はどんな精霊と契約できるか分かってなかったけど」
ぽわぽわぽわぁ……と、その時のことを脳内で思い返していくミィ。確かこんな感じだっけ? と、朧げな記憶を呼び起こしていく。
――ジーンとの修行が一区切りしたため、丁度良い感じの力試しはないかと探していた一行。そんな時にAランクの依頼を受けられる冒険者を集めているから、時間があるならその人たちと依頼を受けて欲しいというお願いをミーチャからされたのだった。
これは丁度良いと考え、それを了承。その時チャチャは一人でやるなんて思ってもなかったので、どんな人たちと戦えるのか少し楽しみにしていたのだが。
そんな期待を裏切るかのようにジーンが一言。ギルドへと到着した時だった。
「依頼はチャチャ一人で受けてもらうから」
その場にいた全員が「何を言ってるんだ?」とすぐに理解できなかった。が、いち早くチャチャとミーチャだけがジーンが本気の目をしていると気付く。
二人は目を合わせ数年で築き上げたアイコンタクト能力を全力で使い倒し言葉を交わす。
『え、マジでやるの?』
『先輩、私も今聞いたんですけど』
『っていうかあんたそんなに強くなったの?』
『一応修行という名の拷問は受けましたけど』
『……でもあの顔は本気、だよね』
『やっぱり先輩もそう思いますか……』
『……ま、頑張んなさい』
『ぇ……はい……』
特に反対をすることもなく、仕方ないよねと止めることを諦めるミーチャ。チャチャの力を信じているのか、それを許すジーンの判断を信じているのか。
「おい! そんなちっこい嬢ちゃんにできるわけねぇだろ。あんた頭おかしいのか?」
ギルドにいた一人の冒険者が声を上げる。
「そ、そうだぞ! 俺達よりも強そうには見えねぇ!」
「おとりぐらいにはなるんじゃない?」
一人が不満をぶつけるとそれを皮切りに他の人間も不満を次々に言い始めて。ギルドにいた冒険者たちが馬鹿にしたように騒ぎ始めてしまう。しかしジーンは特に気にした様子もなく、騒ぎが少し落ち着くのを待ち一言。
「……不満がるのなら口だけじゃなくって実力で見せてくれ。もしこちらが負けたなら素直に従おう」
その言葉を聞いてミーチャがジーンに耳打ちを。
『ねぇ、ほんとに大丈夫なの? 仮にもAもしくはBランクの人たちなんだけど……』
『心配ないさ。チャチャの戦いを見ればきっと驚くぞ?』
ジーンが言うのなら、とチャチャを信じることにするミーチャである。二人が話し終わるのと同時に一人の冒険者が声を張り前へと出てくる。
「よし、それなら俺が冒険者の実力ってやつを見せてやろう」
最初に不満の声をあげた冒険者であった。身体はガッチリしており、大きな武器を持っていることから前衛だろうことが予想できる。ミーチャによれば一応Aランクパーティーのリーダーらしい。
実力を見極められないのにAランクなのか。と、ジーンは思う。冒険者としては戦う逃げるの判断を正確にできる力が必要であるのに、どうやらその力を身につけていないようである。
何も言わず様子を見るのに徹しているのは数人しかいない。少なくとも、彼らは今騒いでいる奴らよりは優秀なのだろう。
「お前じゃ話にならないな。騒いでいる奴ら全員でかかって来いよ」
挑発するようにジーンが言う。
当然馬鹿にしている言葉なのでより騒ぐ声が大きくなり。チャチャを連れ外へと出ると戦う気満々でチャチャを囲む冒険者たち。二十人弱の冒険者は、Aランクの魔物相当の戦力である。
「おい、素手なんかでいいのか? 一瞬で終わっちまうぞ」
またジーンが挑発をかける。普通対人で戦う時は訓練用の刃がない物を使うのだが、先ほどから頭に血が上ってしまい冷静に判断できない冒険者たちはそれぞれの武器を持ち直す。
武器を向けられるチャチャは、どうするのこれ? と、困った顔に。
『すぐ倒しちゃってもイカサマしたとか言われちゃうから、実力の差を見せつけるようにじわじわ痛めつけちゃえば?』
今まで静観していたミカがチャチャに助言する。
『いや、そんなことよりもこの人たちAランク冒険者なんでしょ? 流石にこの人数は無理なんじゃないかな?』
『そこを心配してたの? 油断しなければ大丈夫だよ』
そう言ってミカはジーンの元へと戻っていく。勿論見えているのはジーンとチャチャだけ。ちなみにミィは拠点であるミィのお家で待機中である。
ミカの本体もミィと一緒にお留守番をしていて、分身だけをこちらに送っているのだった。
「準備ができたのなら始めるが、問題あるか?」
特になさそうだったので開始の合図をかけようとするジーン。
「あー、言い忘れてたがチャチャ。今回はアレ使ってもいいぞ」
その言葉を聞いた瞬間、ニヤッとチャチャが笑う。アレとは魔闘技のことであった。
魔闘技で基礎を積み上げた後、しばらく魔闘技を封印させていたのだ。理由としては魔法の訓練に集中してもらうということと、いざという時の切り札にして欲しかったから。
魔闘技は近距離専門なので、遠距離からの攻撃に弱いという弱点がある。ジーンは魔闘技と魔法を同時に使えるのでほぼ鉄壁になっているのだが、チャチャはまだその域に達していない。だからこそ魔闘技を封印し魔法での遠距離攻撃の方法を身に着けるのを優先していたのだった。
「もう始めていいんなら俺から行くぜっ!」
全てはこいつから始まる。最初に文句を言ったのもこいつ。戦いを申し込んだのもこいつ。武器を最初に掲げたのもこいつ。ということは、最初にぶっ飛ばされるのもこいつだ。
自慢の斧を振り下ろす瞬間、チャチャの身体が発光。魔力を纏っただけだが初めて見る人にはチャチャが何か魔法を使ったのか? と身構えるだろう。
「な、なんだ!? 身体から……」
振り降ろされた斧は急には止まれない。そのままチャチャの頭に吸い込まれていき。しかし、斧はチャチャを傷つけることはできなかった。チャチャに避けられそのまま地面に叩きつけられる斧。
「くっそ、抜けねぇ!」
斧が地面に深く刺さってしまっていた。普通そんなことにはならないし、身体強化の魔法をかけられていればなおさらだ。
「手伝ってあげようか?」
チャチャが悪い笑顔を浮かべ、埋もれている斧を蹴りつける。勿論足にも魔力を纏わせているので、彼の斧はチャチャによって破壊されてしまう。
「お、俺の、大事な……」
「そんなに大事なら、雑に使っちゃダメなんだから」
自分の武器が粉々にされ膝をついていた彼にチャチャが言う。そして、新品のようにきれいな状態になった斧を彼に渡す。流石に武器を壊したのはやり過ぎと思い魔法で直したのだ。
「こ、壊れたはずじゃあ……あべぶぅ!」
彼には少しイラっときていたので躊躇うことなく、まずは一人とゲンコツを彼に喰らわせて気絶させるチャチャ。
それを見て、驚きのあまり一歩も動けない冒険者たちばかりで、やっぱり大したことないなと。
「ほら、突っ立てないでお前たちも頑張れや」
そんな冒険者たちに声をかけるジーン。それで気合いを入れチャチャへと武器を構え直すものの。
最初に数人の後衛役冒険者たちが一斉に魔法を発動させ、対個人に特化した魔法がチャチャへと向かっていく。
それに慌てることなく魔法を発動するチャチャ。数メートル先まで迫ってきていた炎球、風刃、水刃が突然向きを反転させ、冒険者たちに襲い掛かる。
「う、うそ! 反転させたの!?」
「反転なんてできるのは、魔物かあの人だけじゃなかったのか!?」
驚きの声を上げ自分たちの魔法で撃沈していく冒険者たち。
反転といっても、方向であったり属性であったりと様々なものがある。強力な反撃技であるのだが、もちろん条件がある。魔法の発動に使われた魔力と同じ、もしくはそれ以上の魔力を使わなければいけないことであった。
同じ魔力を込めれば魔法が打ち消され、その倍の魔法を込めれば反転させられるといった感じだ。しかし、ジーンはただ打ち消すだけで充分だという考えで、相手に反射させるほどの魔力を込めることはあまりない。
その点チャチャはこの魔法をガンガン使う。理由としてはまだそれほど多くの強力な魔法を使えないからであった。それと、魔力不足を心配する必要がないから。
それに魔物相手だと使ってくる魔法の逆の属性が弱点の場合が多いのだ。チャチャ自身がまだ使えない強力な魔法を、魔力を消費させるだけで実現出来てしまうということ。
ジーンよりも魔力量が多いチャチャ独自の戦い方でもあるとも言えるだろう。
その後、様々な攻撃を試したが全く歯が立たない冒険者一行は十分の激闘? の末、白旗を上げるのだった。
2021/05/25(修正)
・誤字脱字の修正
・説明の言い回しを変更/設定の修正
・口調の修正/セリフ変更