第二十五話 作戦
襲撃から一夜明けて。村を出たあと、ジーン達は次の目的地へと向かっていた。
超特急で移動することも可能ではあるのだが、そんなことはしない。ジーン達は基本的に冒険、というか旅をすることを好んでいた。
のほほ~んとしながら会話を楽しみ、時たま出会う魔物との戦闘も味わう。そして、お腹を空かせた後の昼食タイム。ほぼピクニック気分な旅であった。
しかし、こんな風に旅ができる冒険者は限られている。主な理由としては魔物という存在があるからであった。普通は魔物との戦いを楽しむなんてことはしないのだ。
自分の命がかかっているから、何が何でも勝たなければいけないのである。もっとも、一部の戦闘狂などにとってはその限りではないらしいのだが。
あとは食糧事情か。食べ物に関しても、ジーン達は魔法である程度は自由が利くため困ることが少ないだけで。一般的な冒険者であれば、計画をきちんと練り入念に準備をしてから慎重に旅をする必要があるのだ。
最近になって魔法技術やら道具が発展してきて、それほどシビアに考える必要もなくなってきたが。それでも、無計画にというわけにはいかないのである。
「あの~、本当にやるの?」
ジーンの隣を歩き、少し顔をこわばらせるのはチャチャ。これから何をやらされるのかを憂い、その声色は震えていた。
「もちろんさ。まだまだ実力をつけてもらわないといけないからな」
やっちまったと後悔を隠すことなく「私のばかぁー!」と叫ぶチャチャであった。
『自業自得だな。あれくらい自分で何とかできたくせに、ラクしようとするから』
イッチーは納得、といった様子でチャチャに声をかける。
「半分はイッチーが悪いと思うけど」
『あれれ、イッチーも付き合うんだし笑ってもいられないんじゃない?』
姿が見えないイッチーに対し、ミィやミカが疑問を口にする。イッチーの姿が見えないのは、現在召喚されていないから。ミカと同じく、召喚されていなくても会話が可能なイッチーなのである。
『ミィもミカも分かってないな。正当な罰が下れば、俺はそれでいいのさ』
「……こき使ってやるんだから」
「もう少しは反省しろよな。そんなんじゃ、いざって時に体が動かないぞ」
「……はーい」
ジーンにまで言われ、しゅんとするチャチャであった。
昨日の戦いでチャチャが担当するはずであった魔物を、ジーンへと流していたことがばれてしまったのだ。そして昨夜、お仕置としてとある罰を言い渡されていた。
日が変わったからジーンの気持ちも変わっているのでは? という甘い考えがチャチャにはあったらしいが……こればかりは仕方ない。
「元気出してよちーねぇ。ジーンもちーねぇが嫌いなわけじゃないんだから」
ミィに励まされるチャチャ。そして、チャチャが「本当にそう……?」と心配そうな目でジーンを見つめる。
「……仲間だからな。嫌いなわけないだろ?」
ただ嫌いじゃないと言うのは恥ずかしかったのか、仲間という言葉をつけて少し誤魔化すジーンである。
しかし、その言葉だけでも凄い効果であった。
「よーしっ! ぱぱっと終わらせて、すぐに戻ってくるからね!」
チャチャが気合い十分に宣言する。落ち込んだり張り切ったりと忙しいのは、彼女らしさであるのか。
「よし、やる気も出てきたし行ってくる! まずは先輩のとこからね……行くわよイッチー!」
そう言って有無を言わさずイッチーを召喚するチャチャ。ししてそのまま嫌がるイッチーを説得にかかるチャチャであった。
『っと、今からかよ!? 明日とかからでも……』
「甘いこと言ってないで早くしなさい! じゃないと全部イッチーにやらせちゃうんだからね」
笑顔で語るチャチャ。説得というより脅してるよね、とその場にいる誰もが思う。
『じゃ、じゃんけんだ』
イッチーが苦し紛れの反撃に出る。捻り出した一手がじゃんけんの時点で、既に苦しい状況にあるのが分かる。
おっ、久しぶりに言い返した、とその場にいる全員が少しビックリしてしまう。
「ハァ? やらないわよ。私にメリットが無いもの」
何してるの早くして、とにっこり語り掛けるチャチャ。イライラしているのを自分では隠しているつもりなのだろうが、こぶしを握り締め今にも殴りだしそうになっているのが丸分かりである。
『相変わらずちーねぇはワガママだねっ』
「イッチー、頑張れよ……」
ニコニコしながら言うのはミカ。また、哀れむような目をしているジーンが、諦めたらどうだとイッチーの肩に手を置く。
「ちーねぇ行ってらっしゃい!」
こんなやり取りも慣れたもので、ミィも特に取り乱したりはしない。イッチーも大変だなぁと思うだけで、手を貸すことも口を出すこともしないのだ。
「二週間もかからないと思うから、待っててねジーン!」
『少しはゆっくりさせてくれぇーっ!』
この状況になったら抵抗は許されないことを理解しているイッチーであるが、我慢ならず自分の思いを叫んでしまい。そのまま転移していく二人。
今度、ゆっくり好きなことをさせてやろうかな……と、思うジーンなのであった。
「さて、今回の件で反省するのは俺も同じだ」
ジーンはミカとミィに向き直りつつ告げる。
「対個人には今のままでも奴らに劣ることはないと思う。しかしこれからは、狙いが俺達だけでなく村や街といったものになってくるかもしれない」
『大勢の、しかも広い範囲を守る手段がほとんどないって話?』
「そう、今回は何とかなったがもっと大きな村や街だったら守り切れるか分からん。大きいところほど自衛能力自体は高いという違いはあるが、それでもあの魔物の軍勢を退けるには大きな犠牲が出るだろう」
毎回あんな軍勢をぶつけてくるのかは分からない。しかし、分からないからこそ今のうちに対策を考えなければいけないのだ。
それに、事情を知らない人たちからすればミィのせいだと感じてしまう可能性もゼロではない。というよりも、そう考える人の方が多くなる。バル達のように受け入れる人の方が珍しいと言えるだろう。
「じゃあ、あんまり近づかないようにするの?」
「いや、食料やら必要なものを揃えないといけないし、最悪痺れを切らして無差別に攻撃が始まるかもしれない。そうなったら対応が追い付かなくなってしまうからダメなんだ」
奴らも何でもかんでも大きい街やそれこそ国相手に魔物を送り付けていれば目をつけられてしまう。大勢の魔物が何度も襲ってくるなんて、自然じゃありえないのだ。何かあるのではと捜索をし始めるはずだ。そんなことは奴らも望んではいないはず。
しかし、小さい村などに関しては抵抗もできずに滅んでしまうし、一度に襲わせる魔物の数を調節すれば、「なんだか最近多くなったなぁ」ぐらいで済んでしまう。
「守れるものは守らなきゃな」
ジーンが言う。この思いは、ミィのためというのが八十%で、世界のためというのが十%。残りの十%は、ヒーローみたいでかっこいいからである。
「でも、どうすればいいの? ……また修行?」
少し考えながらミィが聞く。
「いや、そこまで時間に余裕がないと思う」
「……」
ミィは何か作戦があるんだろうと思いつつ、少し不安げに次のジーンの言葉を待つ。
「守っているばかりではなく、今度はこちらからアジトに奇襲をかける」
「……え?」
思ってもいなかった作戦であったので、理解が追い付いていないミィ。不安げな表情が消し飛んでしまっていた。
「アジトって、奴らの? でも、場所がどこかなんて……それに……」
考えが纏まらないのだろうミィはあたふたするしかない。
『まぁまぁ落ち着いてよ、詳しいことを今から話すから』
「ミカもこの作戦のことを知ってるんだ」
「というか、この作戦を考えたのがミカだ」
どういうことなのか詳しく説明し始めるミカとジーン。
奴らが動き出して、その存在を知ったのは随分と昔になる。最初は気づかないくらいの小さなことばかりであったのだが……。
例えば、ジーン達が宿に泊まれないように客を装って全部屋埋めるであるとか。ジーンが訪れる店に行列を作るであるとか。そんな何とも微妙な嫌がらせばかりだ。
勿論、その時は奴らの仕業とは思っていなかったため何も疑問には思わなかったジーン達である。
それが段々と魔物が絡んできたりするようになってきたのだ。始めの内はそれも奴らの仕業だとは気付かなかったのだが、ある日ミカが一人の怪しい男を捕まえたことで奴らの存在を知ったのだ。
魔法を使って情報を引き出そうとしたが、残念ながら全ての情報を知る前に逃げられてしまう。それからはどんどん嫌がらせが激しくなり、遂に無差別攻撃をするまでに至ったということだ。
『それでずっと前から調べてはいたんだけどね。ついこの前特定したんだよ』
「奴らのアジトを?」
正解! とにっこりと自慢げなミカであった。
ジーンの予想では今回のような規模の魔物を用意するには、大体二ヶ月程度であると予想していた。ミカやイッチーとも意見を交換し出した答えである。
「まぁ、チャチャが戻ってきてからがの話だけどな。頭には入れといて欲しい」
ジーンはあまりミィを不安にさせないよう説明を軽く済ませ。
そして、次の目的地に向かって歩き出す。
一回で組織を壊滅にまで追い込めればいいのだが、それは恐らく多分無理だろうともジーンは考えていた。目標としては、物理的に大ダメージを与えることで魔物どうこう考えさせないようにすること。
次がいつになるか分からないが、慎重に作戦を実行させる必要がある。失敗すればより警戒させてしまい、大きなダメージを与えることなく逃げられてしまうからだ。
チャチャを心配するジーンではあるのだが、今は信じるしかないだろうと割り切ることしかできない。
約二ヵ月、まだまだしなければいけないことはあるので、取りあえず自分のことに集中しようと思うジーンであった。
2021/05/06(修正)
・誤字脱字の修正
・説明の言い回しを変更/設定の修正
・口調の修正/セリフ変更