第二十四話 流れるもの消えるもの
ジーンもチャチャも自在に属性を魔物に合わせて切り替えつつ、迫りくる敵を薙ぎ倒していく。一体一体はさほど強くないようで、サクサクと倒していく二人であった。
イッチーも範囲の広い魔法を多用し、多くの魔物を葬っていく。ジーンは魔法と剣技の両方を一人でこなしているわけであるが、やはり人数の多いチャチャとイッチー組の方が魔物を倒していくスピードが速かった。
『ジーンもちーねぇも強くなったよね。ちーねぇなんて昔のジーンくらいにはなったんじゃない?』
「昔って、ミィ達が出会った頃のジーン?」
『うん、そうだよ』
「ジーンが二人……そう考えると頼もしいけど、改めて思うと昔からジーンってとんでもない強さだったんだね」
ミカの魔法で戦場の状況を見守りながら会話をするミィとミカ。空中にジーン、チャチャ、イッチーを映す三つの画面が映し出されていて、無駄に大迫力のカメラワークであった。
便利な魔法ではあるのだが、事前に映し出す対象を登録させないと使えないという欠点があった。しかし、登録さえしてしまえばどれだけ離れていても映像が確認できるし、いつでも発動させられる。
勿論、対象者自身が拒絶しない限りではあるが。隠れて秘密を暴こうとしても、それはできないということだ。
分身を生みだす魔法との相性が良く、見ている風景を映し出すことも出来るので斥候として活躍している。まぁ、ジーンやチャチャは一般冒険者と比べても実力や対応力が段違いなので、別に必要なかったということの方が多い気もする。
「あっ、ちーねぇが敵の攻撃に当たっちゃった!」
画面を見ながらミィが呟く。魔物との戦いは何度も見ているミィではあるのだが、血が出たりするのはどうしても慣れないみたいであった。
チャチャは魔物からの攻撃を別段気にする様子もなく、次の瞬間には斬り捨てていた。
「……っ」
魔物から投げられた武器をガードし切れずに、腕に切り傷ができてしまっていた。血も止まる様子がく、浅くない傷であることが見て分かる。
しかしそれも数秒のことで、回復魔法をイッチーにかけてもらいすぐに完治する。魔闘技を扱えているおかげでその程度で済んでいるが、以前のチャチャであったなら腕が無くなっていただろう。
『ジーンに報告だね。魔闘技を過信してるって』
以前に何度かあったことではあるのだが、これがなかなか治らない。魔闘技は防御力も底上げしてくれるため、ある程度の攻撃を無視して戦闘を進めることが可能なのだ。どの攻撃を無効化できのか、その判断は自分自身でなんとなくできてくるものなのだが。
あくまでもなんとなくなので、正確ではないしちょっとした迷いでも戦闘中は隙になる。ジーンは自身で基準を見つけて、既に自分のものにしているのだがチャチャはその判断がまだ甘いところがあるのだ。
ミィとミカがそんな話をしている間も戦闘は続く。ジーンもチャチャも武器に属性魔力を纏わせ敵を処理していくのだが、その点でいえばジーンの方が効率が良い。
チャチャは刃の長さまでしか魔力を纏わせられないため、魔物へ近づいては斬り、魔物へ近づいては斬り。そして、時には魔法も交えてという具合に戦っていた。
一方ジーンは、刃の長さ以上に魔力の光が伸びていた。数メートルほどもリーチが伸びている場面も多く見られ、チャチャに比べれば移動距離も少なく一振りで倒せる数も多かった。ここに実力の差が出てきていた。
魔闘技歴はジーンの方が長いので当然と言えばそうなのだが。
「あ……私、良いこと思いついちゃった」
魔物が密集している場所から一度離れ、垂れかける汗を拭うチャチャ。既に三十分は戦い続けており、休憩でもしたいのかと思うイッチー。派手な魔法で魔物の注意を引き、数十秒だけでも時間を作る。
「少しだけ、ジーンの方に流せない?」
一瞬、チャチャの言いたいことが分からず返事に困るイッチーであった。しかし、チャチャのニヤッとした顔を見て答えを導き出すことに。
『怒られても知らんぞ』
「きっと大丈夫よ。それに、ばれてもイッチーのせいにするから」
『それ、俺は全然大丈夫じゃないからな?』
そこで言い合いになってしまうのだが、チャチャの気持ちが折れる気配がないのを察するイッチー。もし怒られるようならきっちり巻き込んでやろうと思いながら、仕方なしに魔法を発動させる。
「私たちが見てること頭にないよね……」
『今回はどんなお仕置きになるのかな。ちょっと楽しみかも』
イッチーとチャチャのやり取りを終始見ていたミカとミィが言う。
「また地味なお仕置きなのかな」
前回は、訪れた街のお掃除。その前は三日間魔法学校での教師代理。ちなみに、教え方が上手く子供からも人気で、続けて欲しいとまでお願いされてしまったり。勿論、お断りしたが。
『あっ、ジーンの方に魔物が転移し始めたよ』
ミカに言われて画面を確認するミィ。上手く転移の位置を離しているので気付きにくいか。ジーンでなければ全く気付かないで終わってしまっていたことだろう。
『おいミカ、奴ら魔物を転移までさせ始めやがった。そっちにも魔物が来るかもしれんから注意しとけー』
『任せといてよ。それより、まだ時間かかりそう?』
それがチャチャ達の仕業であるとはジーンに伝えないつもりであるらく、そう答えるミカであった。
『そう……だな、大分減ってきてるがまだかかりそうだ』
魔物を斬り捨てつつ、冷静に現状の把握に努めるジーン。だが、流石のジーンでも厳しいらしく少し息が上がってきていた。今まで倒した魔物の数は四千体強。開戦から約一時間経ち、ほぼ一秒に一体のペースで戦い続けている。
予想よりも少し多い魔物の数、総勢一万五千体。チャチャ達は六千体強倒しているので、合わせて約一万体は倒してしまったことになる。
『二手に分かれてるから、あとちょっとだね』
実際は、チャチャ達が魔物をジーンに流しているので少し違うかもしれないが。
『まだ油断はするなよ。奴らが直接出てくるかもしれんからな』
終わりが見えてきて、少しペースを上げるジーンであった。先ほどまでの受けの姿勢から、縦横無尽に動く攻めの姿勢に切り替える。
魔力を纏い、光り輝いているため美しくすら感じる戦い方である。
その後は、三十分もしない内に魔物を倒してしまっていた。最後の数百匹は図体がでかく素早い魔物が現れたが、ジーンは何の問題もなく斬り倒し、チャチャもイッチーと協力し全滅させる。
全滅を確認し、村へ侵入させないように作った壁を元に戻すジーン。実はこの壁だけでもかなりの数の魔物を絶命させることができていて、十分に活躍したと言っても良いであろう。
ジーンよりも早く魔物を片付けたチャチャ達はミィのそばへと戻ってきていた。そして、ジーンの戦う姿を見てチャチャは目を輝かせていた。
「あぁ、もっと近くで見たかったかも」
だったら直接見に行けばよかったじゃん。と思うミィであった。
「お疲れジーン! かっこよかったよ!」
転移して戻ってきたジーンへと一目散に駆けていくチャチャ。飲み物とタオルを渡しつつ、ニコッと笑いかける。
「助かる。イッチーもお疲れさん」
渡されたタオルで汗を拭き、水をぐびぐびと飲み水分を補給するジーンである。
「結局、出てこなかったみたいね」
『ずっと遠くに一瞬反応があって、ずっと警戒してたけど特に動きはなかったよ』
ミィの言葉にミカも同意する。
「結局、奴らの狙いはあやふやなままか」
推測ではミィに対する嫌がらせということになっているが、真相は謎のまま。
それからジーンは、戦闘が終わったことをバルへ報告をしに向かっていく。
『チーは別に行かんでもいいと思うぞ……』
チャチャがちょこちょことジーンについていくので、イッチーが止める。
「私はジーンのパートナーなんだからいいのっ」
いつの間にか弟子からパートナーにランクアップしたらしい。自称でしかないが。
ジーンもいつもの事かとあまり気にした様子はないので、誰も何も言わない。そして、二人でバルの家に入っていくのだった。
「流石に気付いても良いと思うんだけど……」
『……気付いてはいるんじゃないか? いつからかくっついてくるのを容認してるみたいだし』
『いや、あれは気付いてないね。容認ってよりも諦めの方が強いんじゃない?』
二人がいなくなったので、ジーンとチャチャの関係について議論を重ねていく三人である。
『ハッキリ好きって言やぁいいだろうに』
『一応言ってはいるんだけどね。いつも軽く流されてるけど』
「ちーねぇが可哀そう」
『俺らから言っちゃうか?』
「それは絶対にやめてね! ちーねぇが自分でやらなきゃ意味がないんだからだから」
『イッチーもまだまだだね』
『……』
そんなこんなしている内に二人が戻ってくる。バルやテーレさんも一緒に出てきたので、ミィは少しドキリとしてしまう。
ミカとイッチーは姿が見えないようになっているので、バル達にはミィが一人で立っているようにしか見えていない。
「ミィちゃん大丈夫だったか? 怖かっただろうに」
バルが、ミィを心配して声をかけてくれる。その優しさは今のミィにはちくりと刺さる。
「おうちの中に来てくれて良かったのよ?」
テーレさんもそう言ってくれる。その言葉も、余計に心が苦しくなるだけ。
「……」
言葉が全然出てこない。ありがとう? 大丈夫です? 何を言えばいいの?
感情がかき乱されて。
「っ!」
突然、背中に温かみを感じて振り返る。
「……ジーン」
そこにはジーンがいた。隣にはちーねぇもいる。後ろにはミカもイッチーもいた。
「ミィの好きにすればいいさ」
ジーンの言葉に、皆が頷く。何が起きても俺達が何とかする。僕もミィの力になるから。頼ってくれていいんだぜ? 全部イッチーのせいにすればいい。それぞれの一言に、沢山の思いが込められていた。
仲間以外の人が巻き込まれた。魔物を倒して少し安心していたが、バルたちを見てそれを思い出し不安が襲ってきていた。
それを一瞬で吹き飛ばす魔法の一言。
自分の気持ちを伝える。それがこんなに難しかったなんて。そう思いながらミィは話し始めた。
「ご、ごめんなさい。実は、この村が襲われたのは私のせい……なんです。詳しくは言えないですけど……迷惑かけちゃって、すいませんでした。ここにはもう、私は来ない方がいいので、えっと……一日だけでしたけど、お世話になりました」
ぺこりと頭を下げ、自分の思いを言いきったミィ。バルは少し考えそして口を開く、前にテーレさんがミィへと抱き着いた。
「また来なさい」
「っ、でも……」
ミィは涙をこらえ、何とか言葉を探す。
「私が来たら、また……」
「いいじゃない、それでも。ミィちゃんには、こっんなに頼もしい仲間がいるんだもん。もっと頼って良いんじゃないかな?」
「でも……」
「今度、ルルのお誕生日があるの。来てくれたら喜ぶと思うわ。何が起きても、ジーンさんが何とかしてくれるんでしょ?」
「……もちろんだ」
「だったら、信じてもいいんじゃない?」
「…………また、遊びに来てもいいの……?」
「いつでも来てちょうだい」
「……ジーンも、ちーねぇも、その時は……お願いしてもいい?」
「当たり前だろ?」
「当たり前でしょ?」
涙とともに心の中にある不安が流れ出ていく。声とともに胸の中の恐怖が消えていく。言葉では表せられない思いが溢れてくる。
その時間は、不思議に思ったルルココ姉弟が家から出てくるまで続き。その後すぐ家の中へと連れ込まれてしまうミィ。
この出来事は、それぞれが新たに決意を固めるきっかけとなった。世界のために、そんなことは誰も思わなかった。
仲間のために。多少の違いはあれど、ミィ、ジーン、チャチャ、ミカ、イッチー。新たな思いを胸に秘め、それぞれの願いを抱えて。
2021/4/30(修正)
・誤字脱字の修正
・説明の言い回しを変更/設定の修正
・口調の修正
・戦闘状況の修正