第二十ニ話 現実
「……ん、あ?」
寝心地に違和感を覚えたジーンは、自然と目が覚める。
「……んみゃ……みゃ……」
隣にはミィが。未だ眠りから覚めておらず、寝言のように声を漏らす。
……まずい、と咄嗟に脳が覚醒するジーン。状況が把握できず、いや自身と同じ布団の中でミィが寝ているという状況は理解したくなくともそうであるわけで。何故一緒になって寝ているのか、という理由については不明ではあるが。
「えっと、ミィ達と出会った時のことを夢で見てて……今ここはバルの家だよな。でも、何でミィが俺の隣に……?」
考えてる時間はない。ジーンは何もしてないし勿論ミィも何もしていない、はずである。
「……落ち着け俺、まだ慌てる必要はない。誰も来ない内に……」
「(ガラッ)ジーンさん。起き……て……(ガラッ)」
笑顔で入ってきて、そのままピクリとも表情を変えることなく退出するテーレさん。心臓が飛び出るほどに驚いたのは勿論のこと、言い訳も何もする間もなかった。
しかも、座ってるジーンの腰にミィがガッチリと抱き着いてる時に、だ。だがしかし、ここで後悔してる暇などない。何とかテーレさんには説明しないと、ジーンはあらぬ疑いをかけられてしまうのだ。
しがみついて離れないミィを何とかして引っぺがす余裕もなく。ジーンは飛んでテーレさんのあとを追いかける。
「待って、話を聞いてください! お願いです!」
廊下を全力で走っていたテーレさんの目の前に、すっとジーンが立ち塞がる。まるで、瞬間的に移動したかのようであった。
『ジーンの空間魔法の一つだね! 色々制限はあるけど、戦闘でも大活躍の便利な移動系の魔法だよ』とはミカからの解説。
「いつの間に……。こほん、何でしょうか」
一瞬驚いた表情を見せるテーレさんであったが、すぐに冷静さを装い笑って誤魔化す。
なんと言うか、妙に場慣れしているというか不思議な空気感を持つ人だと改めて思うジーンである。
「あれは偶然ミィがこっちに来てただけで、何ていうか、その、いかがわしいことは起きてませんから!」
バルを起こさないように、細心の注意を払って説明を開始。既にバルの居場所、そして睡眠状態にあるは確認済みであった。
「……そんな恰好で言われても、困ります」
テーレさんが指をさして言い放つ。
その先にはジーンの腰、と抱き着いたまま寝ているミィの姿が。しょうがないでしょ、離れないんだから。それに何でこの恰好で寝てられるんだ……。と呆れているのはジーンも同じであった。
「なら、俺はこの際何でもいいです! いや良くないですけど、ミィの言うことは信じてやってください。まだミィも何も言ってないですけど」
バルはまだ寝ている。結界まで使って音を遮断しているのだから、当然と言えば当然ではあるものの心配になるジーンであった。
「逃げたのは、びっくりしちゃっただけだから。ごめんね? ……バルにも言わないし、心配しなくてもいいから。ね?」
「びっくりしただけって……一直線にバルのとこに向かってたみたいですけど」
「あらあら、うふふっ」
それで誤魔化しているのか。ま、まあ、一先ず安心……かな? と、胸をなでおろすジーン。あとは、どうにかしてしがみつくミィを引き剥がすだけなのだが。
「あぁ~……そこはぁ、ダメだって……」
一瞬、場が凍り付く。このタイミングでどんな夢見てるんだよ、なんてツッコムこともできない。テーレさんの笑顔が怖く見えるのは、気のせいであって欲しい。
『ちなみにミィが見てたのは、オセロをやってて負けそうになってる夢だよ!』とミカは語るが、その情報を二人にも届けて欲しかったものだ。
「……引っぺがすの、手伝ってもらっていいですか?」
「……仕方ないですね」
二人が協力して作業にとりかかり、それから数分かけて分離に成功。再び抱き着かれたら困るということで、離れた所から空間魔法を使ってミィをお布団へ。ダミーとして抱き枕を添える。
「朝から何かすみません……」
ニコッと笑って、部屋に戻っていくテーレさん。一応、信用してもいいんだよな? と、若干の不安を抱えて、その背中を見送るジーンであった。
目が覚めてしまったものの、そのまま家の中にいるのは落ち着かないとのことで外へ出て散歩へと出掛けていく。
「なんだか、朝から大変だったな……え? また今度な。……もちろんだぞ」
ぶつぶつと誰もいない場所に向かって話しかけるジーン。もちろんただの独り言ではないのだが、どうしても事情を知らなければ不気味な人間に思えてしまう。
「ん、いつもありがとな」
ジーンの頭がいかれているわけじゃないのは確かであるが、傍から見ればそう思われても仕方がないかもしれない。
「スイ、ヒー、チー、フーまた後でな」
ジーンはただ精霊と会話をしていただけ。精霊を一度召喚しなければ意思疎通ができない、というわけではないのだ。召喚をしなくても会話できる方法はある。
精霊と契約をした時点でできる繋がりを介して会話する、という方法だ。ジーンは簡単そうにやっていたが、繊細な魔力コントロール、確固たる精霊との絆があって初めてできるようになるらしい。
ミィがぺらぺらと知識を垂れ流すその一部に、そんなことを言っていた気がするなぁくらいの認識のジーンであった。
『ジーン聞こえてる? ご飯出来たって。早く戻ってきてね』
ミィからの伝言だ。これも魔法を使っていて、離れている人と会話が出来る。ミィ本人は魔法が使えないので、道具を使用することで遠距離の会話を可能としている。
と言っても、まだ未完成で一方的に伝えることしかできないのが欠点であるが。それでも便利であることには変わりないが。
「分かった。今戻る」
『了解』
ジーンからは自由に返答できるため、別段困ることはないのだ。
「えっと、バルの家は……っと、あった」
移動先を調整し、ジーンは魔法を発動させる。
「きゃっ」
「っっ!?」
「なんだぁ!?」
「っと、驚かせたか。すまん」
転移した先で驚くのはバルと子供二人。急にジーンが現れた状況を理解すると、ルルちゃんココ君はキラキラと目を輝かせ始める。魔法自体は身近にあるものの、人が一瞬で現れる魔法など見たこともないはず。
自分が知らない神秘を前にすれば、うっきうきになってしまうのは仕方がないだろう。
「はい! まずはご飯を食べましょうね!」
子供二人が騒ぎ出す前にテーレさんが先手を打つ。そのおかげで食事前に騒がれることはなかったのだが、その代わりに。キラキラした目でずっと見つめられ続けてしまうジーンである。
食事中に騒がないあたり、テーレさんの教育がしっかりしている。
ただ、バルも聞きたくてウズウズしている様子には少しジーンも引いてしまう。流石に見つめ続けたりはしていなかったが、ちらっ、ちらっ、と短い間隔で視線を向けられるのは余計に気色が悪いだろう。
食事を先に終わらせた子供たちに、説明というよりもショーに近い形で色々な魔法を見せてあげるジーン。見たことも聞いたこともないものばかりで、ずっと興奮しっぱなしの子供たち。と、その後ろでこそこそ盗み見しているバル。
素直になればいいのに、と思うジーンであった。
きりの良いところでテーレさんが止めに入ることで、せがまれる子供達から一旦解放されることとなる。
「じゃあ、外で遊んでくるね!」
「いってきまーす!」
「まーすっ」
それならばと、朝から元気な子供たちを連れてミィが一緒に遊びに行ってしまう。
「お疲れさまです。それにしても、沢山の魔法を使えるんですね。冒険者の方ってみんなそうなんですか?」
子供たちを見送って、テーレさんが聞く。聞かれた内容よりも、ミィ抱き着き事件については誰にも話していないようだと、安心するジーンであった。
「知ってる中では、数えるくらいですね。魔法を専門にする人間でも、中々複数の魔法を取得するのは時間がかかるみたいですし」
なんだか自身の自慢をしているみたいで少し悪い気になるジーンであったが、嘘を言う理由もないので事実をそのまま伝える。
バルとしてはジーンの異常さを知っているものの、そのことについて深くツッコむことはなかった。
自身の話を語り続けるのも恥ずかしいし、何か話題はないものかと考えるジーン。と、そこであることを思い出す。
「そういえば昨日は言い忘れてたが、ここに来る途中で属性持ちの魔物を見かけたぞ。一応見かけた分は処理してきたが、まだ他にもいるかもだし気を付けた方がいいかもしれんな」
「それホントか!? って、嘘つく理由もねぇしな。いやでもよ、それ俺に言ってもどうこう出来る問題じゃないぞ」
ジーンは近くの町に捜索の依頼を出した方が言いということを伝える。勿論この村で話し合ってからの話だが。
報酬やら細かいことを決定しなければならないし、一人で勝手はできないのだ。
「頼んでも、お前はやってくれないのか?」
ちょっと期待したようにバルが聞く。なんとなく返答は察している様子だが、一応ということだろう。それに、テーレさんも期待した目で見ていた。
「すまないが、それはできない」
ジーンがそう言うと、沈黙がしばし。
「……ま、理由があるんならしかたねぇ。教えてくれただけでも助かった!」
「そ、そういえば、いつまで滞在されていくんですか? 一か月ぐらいでしょうか?」
気を利かせて、話を逸らしてくれるテーレさん。出来る奥さんである。
「今日の昼には出るつもりです。ミィにもそう言ってあります」
もっといてもいい、二人ともそう言ってくれたのを素直に嬉しく思うジーン。
「また、遊びに来ますから。その時はお世話になります」
しばらくしてミィ達も帰ってきた。あんまり長くいると、別れづらくなってしまうのでこのタイミングで出発することに。
勿論子供たちは駄々をこねるわけだが、こればっかりは仕方ない。魔力の結晶で作ったネックレスをプレゼントし、また会う約束をして別れる。
楽しい時間がずっと続くわけじゃない。分かっていても、辛いものは辛い。特にミィは出会いと別れに敏感なのだ。
ジーンは何も言わない。ミィも何か言葉をかけて欲しいとは思わない。これまでもそうだった。これからもそうなのだろう。
あっさりと別れを済ませ、村を出ていく二人であった。少し、違和感を感じながらも先へ進むことを優先したのだが。しかしそれが失敗だったのだろう。
「? ジーンどうかした?」
村を出てから一時間程経った頃、ジーンが足を止める。
「嫌な予感がする。というか、精霊たちも戻れって。俺の予感が正しければ……村が魔物に襲われる。それもかなりの数に」
ジーンの言葉に、動揺してしまうミィ。未だ態勢も整わない村に、大勢の魔物が押しかけてくれば被害は大きくなるだろうと予想ができてしまうからだ。
引き返すことにはミィも反対はしない。ジーンの勘はともかく、精霊たちを感覚は信用できるからだ。杞憂であればよし、事実ならば助けなければならない。
急いで空間魔法を使用して、村に戻ろうとするジーンであったのだが……。
「できないんだね……」
ミィが言う。その理由は、もう二人とも予想がついていた。
「あいつらの仕業だな」
「そうだね」
空間魔法で移動できる場所を探すよりも走った方が早いと判断したジーンは、ミィを抱えて一気に駆け出していく。
2021/4/18(修正)
・誤字脱字の修正
・若干説明の言い回しを変更
・口調の修正