第百七十話 異界の空気
「お久しぶりです」
「うむ、お主か。緊急事態故話は長くできぬ。今すぐに戦力を集結させるのじゃ。それも、こ奴らに近しい実力の者をな」
一番反応が早かったのは神子。頭を下げ挨拶するのを見るに、少なくとも彼女が敬意を抱く相手であるのは間違いなかった。
「十分お待ちを」
「甘い、一分じゃ」
「では、そのように」
無理難題をものともしない神子様。自身が提示した十分の一の時間を押し付けられようとも、それをすんなりと受け入れる。
『緊急事態! ジーンと一緒に旅行に行きたい者は今すぐに集合! 四十秒で! 遅れたらおいていくからね!』
長く事情を説明するわけにもいかず。かといって、要領を得ない説明だと迅速な行動も期待できず。だからこその、神子の言葉であった。
指定されたジーンやドーシルに近い実力者など、数えるほどしかいない。ドート、ソチラ、チャチャにゼーちゃん。次いで戦力になりそうなのは、エルや夜桜。
このメンバーを集めるには、どういった説明をすればいいのか。
どんな場所にいようが、どんなことをしていようが、四十秒もあれば誰もが集合するであろう説明が先程の神子の言葉なのだ。
「いっちば~ん!」
最初に転移してきたのは、ゼーちゃん。
「急過ぎない!?」
「お、お皿が……」
何やら様子がおかしいミィを連れ、チャチャが次いで転移してくる。
「一大事、なのですね」
「おお、久しいな。お主も来るとよい」
ドートもここになって合流をしてくる。彼の態度から、何やら面識のある人物ではあるらしいが詳しくは何も分からない。
ソチラもタマも、困りつつもチャチャ達へ近づいていくのだった。
「ギリ、ギリ……!」
「セーフっ、なんよ!」
三十秒を過ぎかけたところで夜桜とエルが転移をしてくる。エルがもたもたしていたからとか、夜桜が場所を間違えたとか言い争いを始めるものの、問題無くメンバーが集まったことになる。
「ふむ、これで揃ったのかの」
「はい、これ以上は――」
「私もーーーーー!!」
「んんっ??」
と、四十秒に若干遅れて登場したのは。
「ミーチャ?」
「先輩?」
「いっつもあんた達だけズルいのよ! 私も連れてきなさーい!!」
なんと大穴ミーチャが凄い勢いで突っ込んでくるではないか。予想もしていなかった人物の登場に、神子も若干驚愕の声を漏らしてしまった程である。
「その娘もかの?」
「いえ、彼女は――」
「はいっ、お供させていただきます!!」
神子の言葉を遮ってでも付いていきたいのは、長年溜まっていた欲求が爆発した結果。誰しも、一つや二つくらいはそういったことがあるのだ。
「……サポート役としてなら、彼女も十分に力になってくれるでしょう」
「ふむ」
神子の後押しもあり、戦闘員ではないにしろ同行が認められたようであった。
「今度こそ揃いました」
「……そうか」
「これでは足りませんか?」
晴れない表情から神子が当たって欲しくはない予想を口にする。目を瞑ったまま、しばしの沈黙。
「……少しばかり、不安じゃな」
告げられたのは、そんな言葉であった。
しかし、これ以上を集めることはできないのだ。破滅帝を連れ出そうにも、今回行くであろう場所へは相性が悪いだろうと神子は判断していた。戦力としては、それこそ夜桜やエル以下になるだろうと。それにティティは未だ連絡つかずであるし。
不安でもなんでも、このメンバーで行くしかないのである。
「しかし贅沢も言っておれぬ。では行くかの」
――――。
転移。その感覚に似ているのだが、どこか違う気もすると。若干の違和感を持ったところで地に足がつく。
「「「っ!?」」」
瞬間、ジーンを含むほぼ全員が強烈な異常を覚えることとなる。
「ふむ、死んだ者はおらぬな。よく鍛えられておるの」
一番の重症者はミーチャ。身体を起こすこともできず、うつ伏せのまま気を失ってしまった。他人に見せちゃいけないような顔面を晒しているものの、死んではいない。
救いなのは、それをまじまじと観察するような人間はいないという点か。
逆に一番の軽症者は、ミィ。ほぼこれといった影響もなく、皆の様子に困惑している。一番余裕があったからこそ、ミーチャのとんでもない姿にいち早く気付き、ハンカチで覆い隠すファインプレーまで見せていた。
「ひっさしぶりに、来たけど。っ、ちょっぴりキツイね」
「うむ、少しすればマシになるんだろうがな……」
「ししっ、なまっておるのぉ」
「お恥ずかしい」
「鍛え直さないとかなぁ~」
ドートやドーシルなんかは、慣れているのか経験済みなのか。他に比べて随分と軽いダメージであるらしい。
「ししっ、なんならこっちに居てええのじゃよ? ……とまぁ話をしたいのじゃが、その前にあ奴らをなんとかしてからじゃ。ほれ、寝とる暇などないぞ」
膝を突いてなんとか身体を起こし、視点も定まらないなか告げられたのは。
キシャァアアア!!!!!
敵襲をどうにか対処しろという指図であった。