第百六十九話 ライバル登場??
既に隔離されていた空間は消え失せ、あの黒い靄も綺麗さっぱりなくなってしまっていた。
ミィ宅はこれといった損壊もなく、何かがなくなっていたり場所が移動していたりなどもなく。穢れの使者が急襲する以前のままであった。
変わらない、見慣れた空が見える。それだけで終わったことを実感できた。
終わったと言えば、赤龍や穢れの使者はどうなったのか。核は壊れてしまったのか、無事に壊すことなく済んだのか。それはチャチャらがじゃれついている所から、少し離れた場所を見れば分かる。
木々に囲まれて大勢の目から隠れられるように、ということなのだろうか。それはどこか、逃げているような。そして怯えているような。
「やっぱり、私のことなんて忘れてるみたいね」
――。
穢れの使者、いや。今は、ただの名もなき少女か。彼女は赤龍を背に、そう言った。
慰めているつもりなのか、赤龍は少女の顔へと自身の顔を擦り付ける。もう離れていかないように、大きな身体と長い尾で少女を囲んで。
もうどこにも行っちゃダメなんだから。そんな言葉を何度も繰り返し、何度もそこにある少女の存在を確かめる。
「くすぐったいわよ。もうやめなさい」
――。
恥ずかしさもあるが、同じくらい鬱陶しさも感じている少女である。そんな気持ちを知ってか知らずか、適度に力加減を弱めるだけでやめようとはしない赤龍。
呆れ諦め、仕方ないかとその行為を見逃す少女の顔は――。
「あら、忘れられたと思ってたわ」
「アホか。そんなはずないだろう」
赤龍を見上げていたままに、近づいていくるジーンへと視線を向ける少女。薄く開いた目に柔らかい表情からは、穢れの使者と同じ人物とは思えない雰囲気が漂っていた。
もう縛られるものは何もない。それが分かっているからこその余裕が溢れているのかもしれない。
「それで、あっちはもういいのかしら」
「ああ、十分だ」
「邪魔はしない。そのつもりでわざわざ離れたのに、自分から近づいてくるのならいらないお節介だったわね」
赤龍とじゃれ合いながら、少女は会話を続ける。しかし、今度は赤龍の方から一度引いてしまう。一つの提案、それを伝えるためであった。
――。
「そうね。まずはお礼をしなきゃよね」
「お礼? 誰にだ?」
少女の言葉にとぼけるジーンである。わざとらしい態度は、誰を意識してのことなのか。
自らが提案した事ではあるが、名残惜しいことには変わりない。寂しげな声で鳴く赤龍を無視し、少女は長い髪を靡かせながらジーンへと近づいていく。
そうして自由に動けることが嬉しいのだろう。その顔は笑いに満ちていた。
「あら、分かってるくせに」
「お礼を言うなら、俺じゃなくってその子だろう?」
「うふふ、あの子にならこれからでも言えるわ」
ジーンとしては、何か企んでいるとは思ったものの、最早目の前の少女には何をどうこうできる力はないだろうと。わざと見逃す。
「馬鹿ね、私がもしもあなたを殺そうとでもしてたらどうするの?」
「その時はその時さ。それがお礼だって言うのならな」
既に手を伸ばせば触れることのできる距離。少し身体を屈めて、下から覗き込むようにジーンを見上げる少女だが。ジーンとしてはすぐさまやめて頂きたいと思う態勢であった。
真っ白なワンピース。それに、強調されている胸元。綺麗な素肌を見せつけているのか。
「なあに?」
「……美人だから見惚れてたよ」
狙っているのだろう。全て分かっていて、いたずらを仕掛けているのだろう。
「もー。もう少し動揺しないと、つまらないんだけど」
「なんのことやら」
頬を膨らませて抗議するその姿は、身体に似合わず子供っぽい。紅緋に輝くその瞳と同じく、心は明るいものを持っているのだろう。
コロコロと変化する表情は、素直な彼女そのものだった。麦わら帽子でも被せたらぴったりかもしれない。
「いたいた」
「おーい」
「感動の再会にしてはあっさり過ぎないとら~?」
姿が見えなくなったジーンを探し、チャチャ達がやってくる。こうやってみると、三人は姉妹のようだ。実際、彼女ら自身はそう思っていることだろう。
「あ、そうだ」
「ん?」
何やら閃いた様子で、先程よりも嬉しげに笑っている少女だった。これは名案だぞと、期待を膨らませ過ぎているのか。ドキドキとしている、その興奮がジーンへと伝わってしまうほどだ。
そんなことは関係ないとばかりに。
ちょいちょい。っと、耳を貸しなさいと合図を送るのは少女。それは正しくジーンに伝わったようで、仕方なしに言う通りにしてしまう。
それが罠だとも知らずに。
――ちゅっ
彼女は、三人に見せつけるように。
「い゛っ!?」
「ちょっ!!」
「ふぉぉおお!!」
少女は喧嘩を売りにいったのだった。
多分、短めのお話しが少し続くかと思います。