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第百六十三話 本当の顔はどれなのか



空が割れるとはこういったことなのだろう。ガラスでできた球体の中から観察しているような、真っ暗だった部分に光が小さく漏れている。

 何かが割れるような音と共にヒビができた瞬間、各々が察する。『あ、これは助けが来たんだな』と。


「――――――!」


「――――――!」


 遠くで、誰かが叫んでいるような。しかし、届く声は小さく何を言っているのかまでは判別がつかない。

 目下口論が続く中、最初に気が付いたのは空を仰いでいたジーンとチャチャだった。それを指摘され、各々終わりが近づいてきたのだと視覚を通して理解するのであった。


 であれば、延々と長引きそうであった赤龍とタマの口喧嘩は一旦区切りがつくだろうと一安心できるといったところか。


「ぁぁぁぁぁあ~~~~」


「ぁぁぁぁぁあ~~~~」


 光を遮って、何者かが飛び降りてくる。元気いっぱいに落下してくるその様子は、子供がアトラクションを楽しんでいるかのよう。

 徐々に聞こえる声と見える姿が大きくなってきているものの、一向に減速する気配がないのは一体全体どういうつもりなのか。まさか着地を下の者達に丸投げするつもりということもあるまいし。

 “誰”が落下してきているのか。それを理解したうえで、ここは放置でも問題無いだろうと判断をする一同である。


「あああああああああっ!!?!?!?」


「うーけーとーめーてー!?!?!?!」


 楽し気な声が一転し、それはもう絶叫も絶叫。大絶叫の悲鳴が響き渡る。


「――――ぁ」


「――――ぇ」


 無事に落下態勢のまま地面へと衝突もとい激突もとい……とりあえず降り切ったのは間違いない。着地成功というやつだ。身体が隠れるくらいに埋まっているものの、呻き声が聞こえるので良しという考え。

 生きてさえいれば問題無い。という少々歪んでいる解釈を持つジーン達である。


「ふっ、遅くなった。星導神ことせーちゃん」


「大ピンチに現れた美少女の名は……うーちゃんなのですよー!」


 ダイナミックな登場といった点では百点満点であろうこの二人。少々ハプニングが起きた程度ではめげることもなく、予め練習していたらしいポーズでの決め。

 若干指を曲げた右手で顔を覆う者がいれば、にっこりーんと手で不思議な形を作り頭の横っちょに両手をちょこんと置く者もいる。


 セリフやポーズには色々とツッコミどころはあるにせよ、心強い援軍であることにかわりはないはずである。

 ここは存分に頼りにさせてもらおうと考える一同であった。


「だれじゃー今回の敵はー。お前かー」


「ちょ、うぇっ!?」


「裏切りおったなぁ!? 信じておったのにぃ、なのですぅ!」


「うーちゃん様まで!? ちがっ、や……!」


 頼りなかったですね。戦力的には心強いのかもしれないが、当てにはならないですね。赤龍とタマではなく、よりにもよって二人を仲裁していたソチラをターゲットにするとは。

 彼女たちなりには頑張っているんでしょうけどね。きっと。


 迷うことなくソチラへ突撃していくのは、最初から狙いをつけていたかのようなそんな気さえする。


「うらぁ~~~!」


「な~の~で~すぅ!」


 突撃の掛け声とばかりに好き勝手に声を上げて。掛け声にしては覇気のない、なんとも気の抜けるようなものであったが二人はいたって真面目にやっているのだろう。

 うーちゃんせーちゃんの二人とも、この世界を守りたいって気持ちは同じなはずだから。


「うりゃうりゃ~」


「ここがええのんかぁ~? なのですぅ~」


「あばばっばばばばばぁ……」


 気持ちは同じなのだと信じたい。


 既に神様二人のペースに飲み込まれ、その場に居る誰もが咄嗟に次の行動ができない。何をしていいのかも分からない。ただ目の前に流れる光景を受け入れるのであった。

 小芝居、ちょっとした演劇でも見ているかのような、どこか一歩引いた視点で見守るという不思議な体験をする一同。


 哀れソチラとは思うものの、やっぱり誰も割り込むことはしない。できないのではなく、意図的にそうしない。


「で、なにやってるん?」


「まだ、終わってないのです?」


 ひとしきり遊んだ後、ソチラへと詰め寄っていく神二人。


 隔離された空間というのは言葉通りであり、どんな力を持っていたとしても干渉することはできない。だから神と呼ばれるものであったとしても、中で何が起きていたのか知ることはできていなかったのだ。


 隔離と言っても、世界からその全てが消えてしまったわけではない。端的に表現するならば“滅茶苦茶に強度の高いセキュリティに守られているサーバー”のようなものか。

 確かにそこにあるのに、中に入ることも見ることもできない。無理やり入りこもうにも、時間も技術も足りないからどうすることもできない。


 ネットワーク的には繋がっているものの、外部へ情報が漏れることも内部へ情報が入りこむこともできない。


 そんなことが可能なのか? 実際起きているのだから、可能なのだろう。それが可能なほどの力を、穢れの使者は持っていたというだけの話だ。


 彼女自身の特殊な力であったのか、穢れ特有の性質であったのか。


 どう答えたものかと困惑するソチラの代わりに、赤龍が発言をする。よく分からないが目の前の二人を説得できれば勝ちなのだと、周囲の反応で察したのだ。

 穢れの使者を助けて欲しい。協力して欲しい。なんとかして欲しい。そう、頼むように言葉を投げかける。


 ――――。


「あ? 貴様正気か消すぞ」


「は? 挽肉にすんぞ」


 濁った瞳に憎悪の火が灯る。重く揺らぐその炎、赤龍を取り込まんと大きく広く覆い迫る。


 邪魔するものは皆が敵である。世界の敵である。神の敵である。穢れに汚染された存在はその手で浄化し消し去る。そこには容赦も慈悲もない。


 どうして、神の敵を助ける必要があるのか。事情など知らぬ、目的が世界の崩壊に関連している時点で救いはない。

 ただその目的を阻止し、例外なく存在ごと消し去る。それで終わり。それ以上も、それ以下もないのだ。


「……ね。あれ、大丈夫なの……」


「どうだろうな」


「……助けないの」


「助けるも何も、俺が入ったところで結果は変わらないさ」


 赤龍を心配し、どうにかならないのと相談を持ちかけるエル。よく分からない内に話が進んでいき、赤龍は結局どういう立ち位置なのかすらぼんやりとしている中、こんなにもややこしい状況にさせたのはお前だぞと。心底面倒くさいと眉をひそめる。


 直接言葉を交わしたわけでもないし、愛着があるわけでもない。殺される殺されないといったことよりも、現在の空気感が嫌になっているエルである。

 早く終わって欲しいと、それだけを思うのであった。


 ジーンとしては、どうなろうともそれを受け入れるだけ。今ここで自分の我が儘を貫こうにも、押し通せるだけの力はないのだ。争うだけ無駄なのだと、そう。それは諦めの思いで結末を待つだけであった。


 心の内では、あの赤龍を仲間にしたい。一緒に暮らしてみたいと、ぐつぐつと熱く沸く感情が収まらなくとも。


「…………いや、待てよ」


「ん、どうかした?」


 そこで、ジーンは気付く。ここで俺が気持ちを抑える必要なんて、一切ないのでは? と。たとえ神二人を相手にするとしても、それが何だというのだ。なによりも、


「滅茶苦茶カッコ悪いじゃねーか」


 できる範囲というものは必ず存在する。ここまでは可能だけど、ここからは不可能。その線引きを把握し、自身の行動を律するのは生きていくうえで大切なことだ。自身には無理だと、そう判断したことにわざわざ関わる必要はないだろう。


 だが果たしてそれでいいのか?


 自身の手に余ると判断したものは見捨てる。極端な話をすれば、目の前で血を流している人間がいたとする。治療に関する知識がないから助けられないと、何もしないで立ち去り見殺しにするようなものだ。助けを呼ぶなり医者の元へ運ぶなり、なにかその人間を助けるために行動しないということだ。


 仕方がないと、そう思う人もいるだろう。それは駄目だと、そう思う人もいるだろう。自分には分からないと、そう思う人もいるだろう。


 行動の内容に対する良し悪しは関係ない。ここで重要なのは行動するのか行動しないのか、だ。


「っし、と」


「やる気になった?」


 ようやくといったところか。エンジンがかかったジーンである。


 分かってましたよと、理解してますよといった顔で声をかけるのはミカ。それはもう嬉しそうに、楽しそうにジーンと話している。

 内でどんなことを考えていようと、それを表に出すことはしない。気持ち良くジーンが動けるように、それを全身全霊でサポートするだけなのである。


「おう、いってくるわ」


「いってらっしゃーい」


 自分には無理だと、ただ時間が過ぎ目の前で展開される物語が動いていくのを待つ。そんなつまらない生き方は自分が許せない。

 自分で仲間になれと誘っておいて、自分にはどうすることもできないからと見捨てる。そんな不細工な生き方は自分が許せない。


 ジーンは立ち上がり、物凄い形相で睨みつけてくるうーちゃんせーちゃんの元へと歩き出していく。

 そして、その後姿を静かに見送るミカ。いつものように笑って、余裕の表情を見せ、優しく目を細めていた。


 しかし、強がりが続くのはそこまで。


「……っぷ」


「ははっ、流石のミカでもキツイんだな」


 直後、苦し気な態度を表に出すミカであった。


「イッチーってば、ずっと前からこんなことしてたの?」


「いや、俺も意図的にやるよーになったのは最近だ。んー、破滅帝の封印を解いてからだったか」


「これは、キツイっていうか……不味い?」


「あー、そんな感じだよな。ま、俺は今のミカみてぇに一気にはやったことねぇけど」


「うぅ、穢れは不味いのかぁ……」


 ジーンのらしくない、中途半端な態度。それは穢れの影響であった。


 チャチャが穢れを吸収し、ジーンがその穢れを反転させる。問題だったのは、穢れを浄化させるのではなく反転させたことだった。

 反動によって、一時的に穢れに対する耐性が消えたのだ。力の使い方を間違えたのか、避けられない影響であったのかは不明だが。


 空気中を漂う穢れにさえ浸食されてしまう。そんな状況だったのはほんの少しの時間であったが、穢れに浸食されること自体が異常であり緊急事態なのだ。

 受け子であるチャチャとは違い、穢れを受け入れられるように身体が作られていない。仮に受け子以外が穢れに浸食されてしまえば、その先にあるのは死だけである。


 ジーンがそうならなかったのはミカや、精霊達のおかげであった。唯一穢れを浄化できる彼らと契約をしていたからこそだったのだ。

 穢れを浄化する。即座にとはいかなかったが、ジーンの心身が不安定になる程度で済んだのは彼らの尽力あってのもの。


 ジーン本人はそれに気付いてはいないのだが、まさに絶体絶命と言える状況であったのだ。


「んー? 一つ聞くけど」


「ん? どした?」


 ミカとイッチーの会話に気になることでもあったのか。確認したいんだけど、と特に意味はないけど笑って話しかけるチャチャであった。

 あれれおかしいぞ、と。少し怪しい雰囲気に、イッチーは少し身構えるものの時すでに遅し。


「あんた今まで手抜いてたの?」


「あ~、っと。その解釈は色々と誤解があるんじゃねぇかと……」


「手、抜いてたんだ?」


「いやいや、こっちにも負担があるというか」


「できるのに、やってくれなかったんだ?」


 どうしてこうなった。何も俺は悪くないはずなのに。むしろ感謝してくれてもいいんじゃないか、と。イッチーの中で混乱だけが広がっていく。

 チャチャに詰め寄られると、何故か自分が悪かったのではないか。そう思い始めてしまうのは、どうしてなのか。


 哀しいかな。自分が下で、チャチャが上。イッチーの身体には、それが染み付いてしまっているらしい。


「……っあ! ほら見ろよ、そろそろ始まりそうだぞ!」


 話を逸らすことで切り抜けようと画策するも、チャチャの視線がイッチーから離れることはなかった。


 質が悪いのは、チャチャ自身本当に恨んでいるとか怒っているわけでなく。ただ自身の相棒が困り慌てふためき追い詰められていくその様子が楽しいから、という理由がこのやりとりを生んでいることであった。


「はぁ。まぁいいけどね」


「そ、そうか」


 いつもならもっと先まで続けるのだが、ジーンのことも気になるチャチャはすんなりと話を終える。一安心するイッチーを最後に見やり、ジーンへと視線を移すのであった。


『ありがと』


 素直じゃないんだから。言葉ではなく想いを受け取り、イッチーは少し。ほんの少しだけ笑う。それに気付かれれば馬鹿にされることが分かっていたから。


「ほんとに、素直じゃねえんだから」


「は、うっざ」


 イッチーはそのあと、穢れを浄化させることにより多くの力を割くようになる。まんまとチャチャの思惑通りに動くイッチーであり、今後その事実に気付くことはなかったり……。


 と、そんなやり取りの間に。


「ふーん」


「覚悟はできてるのです?」


 神二人の前に立ち、赤龍を庇うのはジーン。


「あぁ、もちろんだ」


 揺らぐ。空気が揺らぐ。


 風が吹く。空間にできたヒビから流れ込む空気が、その場に居る全員を包み込んでいく。

 気付く者もいれば、何も思わない者もいた。信じられないと夢を疑う者もいた。


 風が吹く。広く、空を駆けるような。


 風が吹く。疾く、草原を駆けるような。


 風が吹く。嗅覚、脳へ駆けるような。


「懐かしいな」


 風に乗り運ばれてきたのは。


「あちゃ~、面倒っぽい?」


「関係ないのです。うーちゃんなら“それ”ごといけるのです」


 穢れの使者の核。


 黒い靄がかかった核は、いつのまにか隔離された状態にあった。




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