第百六十二話 話せばきっと
「えっと、どうします?」
「確認なんてしなくていいって。私達の前に立つ邪魔者は皆敵。それくらいに思ってないと足掬われ……って何度も言ってるでしょー!」
「痛っ。急に叩かれるとビックリするんだけど」
「この馬鹿っ! そんなんだからいつまでも私がいないとダメなんだっての」
赤龍に邪魔されて、それでも変わらない二人のペース。『どうします?』とはジーンに対しての確認だったのだが、じれったいとタマが割り込んでいく。
邪魔をするのならば容赦はしないと、ギラギラと燃える瞳を赤龍へと向けるのであった。
信用もしていない相手に優しくしてあげる必要があるのか。あるはずがないだろうと。これから仲良くしようとしていたところに、裏切りとも思えるこの愚行。
何か心の内に秘めた想いがありそうな、そんな雰囲気。それを察したところで、はいそうですかと素直に引き下がれるほど簡単な問題でもなかった。
「ジーンがなんと言おうとこればっかりは譲れないっての!」
「ちょ、タマ落ち着いて」
「うっさい。先にあんたをボッコボコにしないとダメだとか、すっごい面倒なんだけど」
「制御不能、なのは前からか……。よっと」
「な、何をするっ、離しなさいよっ! ガルルルルっ!!」
今にも赤龍へと飛び掛かってそのままタコ殴りにしそうな、いやそうすると確信していたソチラはひょいっと。小さなタマはそれはもう軽々と持ち上げられてしまった。
ブンブンと短い手足をばたつかせ必死な抵抗をするタマであったが、結局ソチラの拘束(?)を振り切れず赤龍を睨みつけることしかできない。
『まるでペットだな』
『まるでペットね』
ジーンとチャチャは同じ思いであったが、とばっちりは御免だからと決して口には出さない。
もっとも、何かしら失礼なレッテルを貼られたと察知されたのか、タマから物凄い形相で凄まれてしまっていたが。
「悪い。もう仲間にするって決めちゃったからさ、抑えてくれよ」
「いつの間に私よりも偉くなったの。言うこと聞く必要ある?」
「命令じゃない。これはお願いだ」
「ふんっ。丸め込もうとしても無駄だから」
ちら、と。ソチラへ合図を送るジーン。もう一押し欲しいのだが、それは俺じゃなくてお前じゃないとダメなんだ。といった思いがそのまま伝わったのか。
仕方ないですね、やっぱりこうなりますかと内心ため息をつきながら引き受けるソチラ。
小さく笑っているのは、自分しかできないと任せて貰った事実が少し嬉しかったから。
ジーンに信頼されていることもそうだが、それよりもタマとの信頼関係を認められているのが堪らなくうれしかったからである。
「タマ」
「なによ、つまんないこと言ったらぶん殴るから」
くるり抱えていたタマを自分へと向けさせるソチラ。向かい合って、しっかり話し合う準備。微笑むソチラと、ギリギリと感情剥き出しの猫ちゃんもといタマ。
自分らの格好など気にする様子もなく。
「終わったらさ、ケーキでも食べに行こう」
「……はぁ? 何言ってるの?」
「おっきなイチゴが乗ってるやつ。好きなだけ食べに行こうよ」
「馬鹿にしてるの? そんなことで譲ってくれるとか思われてるなんて、甘く見られたものね」
「嫌?」
「……嫌じゃないけど。でもそれとこれとは別でしょ!」
「…………」
「…………っ」
「…………」
「…………あぁもう分かった! この馬鹿っ! 後悔してももう遅いんだからね。貯金全部なくなるまで食べ続けちゃうんだから」
「それは、困るなぁ」
「馬鹿、冗談に決まってるでしょ」
「うん、分かってた」
「~~~っ!! ふんっ、もう知らない!」
勝者ソチラ。なんとかタマを丸め込むことに成功する。
「そろそろ離しなさいよ」
「え? もうちょっとこうしていようよ。タマ可愛いし」
一気にタマの顔が赤く染めあがった。ソチラからの言葉はそれだけ重く、熱く、クリティカルヒットする。元々それなりに温まってたタマの乙女心が沸騰する。
「ば、馬っ鹿じゃないの!?」
「――ぶへぇ!?」
ソチラの一言に、我慢ならずタマの左手が暴走。ソチラを思いっきしにぶん殴ってしまい結果、物理的に距離を取ることが叶う。
「かっ、可愛いとか冗談キツいっての」
「…………ご、ごめん」
照れ隠しに殴りかかってくるのは止めて欲しい。切にそう願うソチラであるのだが、それが叶う日は来るのであろうか。来ないんだろうなと思うソチラであった。
「こほん。ま、でもこのままってわけにもいかないから」
仕切り直し。タマが冷静さを取り戻したものの、問題自体は解決していない。目の前に立ち塞がる赤龍をどうにかしなければならないのだ。
正直なところ、タマは手荒くいきたい気持ちは変わっていなかった。動けなくなるまでダメージを与えるのが一番早く済むからだ。
しかしそれでは、今後の付き合いに影響してくる。お互いに信用できないまま、微妙な距離感が続いてしまうのは目に見えている。ここぞといった場面ではその溝が致命的な隙になってしまう。
であれば、何かお互いが譲ることができる落としどころを探らなければならない。
「もう一度聞くわ。譲る気はないのね」
――――。
「そ。じゃあ世界がどうなってもいいって言うんだ。大事なその娘が大き過ぎるその罪を背負うことを、黙って見てるって言うんだ」
――――。
「助けてくれって、それは虫がよ過ぎない? 言うならばその娘は世界の敵。敵意を持って私達の前に現れて、殺し合って、そして負けたの。ジーン達が一応は消滅させない方法を探してたみたいだけど、結局無理だって思ったからこうなってるわけ。これ以上何をすればいいって言うの?」
――――。
「それで手遅れになったらどうするの。話にならない。もう一度戦闘になったら? その時は君が彼女を消滅させるの? それができる? それができる実力も覚悟もないんじゃない?」
――――。
「お願いねぇ。信用も何もない君のお願いを聞く価値があるのかなぁ。ないよね」
お互いに熱くなっていくのは仕方がない。というか、分かっていたことだろう。なのになぜ、誰も止めに入らないのか。
「俺の声が届いてない……だと……!?」
ソチラが口をちょくちょく挟んでいたのだが、二人の戦う戦場まで到達できていなかったらしい。耳にも入っておらず、最早SEやBGMにさえならない雑音だったのだろう。
可哀そうに。
激化する二人のお話し合い。このままでは殴り合いに発展しそうな勢いである。
そうならないようにブレーキの役目を任されていたソチラであったのだが、お察しの通り役に立っていないのが現実である。
ソチラが主導していればこんなことにはならなかったのでは? という疑問を持つ人間がその場に何人いたか。全員が思っていたのは間違いない事実であった。
頼りないなぁ、と。そう思っていたのなら、割り込んででも上手く誘導すればよかったじゃん。という話になるのだが、それができるほど度胸のある人間もいなかった。
最初から影の薄かった、エル。確かにこの戦闘に参加していた一人であるのだが、彼女は声を張って自分の意見を主張する性格ではない。
付き合いの長いジーンや夜桜相手だったらまだしも、ほとんど話したこともないような人が相手だと一歩も二歩も引いてしまう。中心であたふたするソチラを可哀そうとは思うものの、助けに入ることはしないのである。
ではソチラやタマと付き合いの長いミィはどうなのか。彼女は日常的にタマとじゃれ合っていたようだし、会話に割って入れたのでは。ばかこの何も分かってないな! とお叱りを受けそうだ。
チャチャやジーンが辛い状況にあるのに、それを放っていられるか。という理由で、ミィは二人(主にチャチャ)に付きっきりなのである。
では夜桜は。
「面倒なんよ」
とのこと。
ではミカは。
「今ジーンが大変なの分からないの!? 話しかけないでよ!?」
すみません。
では、イッチーは。
「うっせぇ! 今チャチャが大変なの分からねぇのか!? すっこんでろ!」
…………はい。
という具合である。隔離されたこの結界内にいるメンバーでは、現状を打破することは難しいと言える。
となれば、外からの応援が来るのを待つしかない。待つしかないのだが、一体いつになるのやら。
タマと赤龍の殺し合いが先か、待った待ったと物理的に割り込むソチラに限界が来るのが先か。穢れの使者が復活してしまう、なんてこともあるかもしれない。新手が! なんて展開も、可能性はゼロではない。
「…………今日は星が見えねぇな」
「まぁ、隔離してるとか言ってたし。それに夜か昼かも分かんないし」
「チャチャってば分かってないなぁ」
「え、何か間違ってた?」
「ジーンが言いたいのは希望はあるのかなって嘆きだよ。希望の光を星の光とかけてるんだけど、もしかして僕しか気付かなかったのかな? んまぁチャチャには難しかったよねぇ」
「カッチーンて言っちゃうくらいムカついたんだけど」
「おい動くなって! これでも神経使って回復試みてる最中なんだけどな!?」
「(何も考えずに言っただけなんだけど…………下手なこと言うもんじゃないな……)」
暗く、黒い世界の中で。
案外明るい場所は簡単に作れるものなのかもしれない。