第十八話 隠し事
ジーン達は森の奥へどんどん進んでいく。それにつれて、徐々に強力な魔物が出てくるようになっていく。
しかし、チャチャも魔闘技という強力な技を使いこなし始めていた。そのため、サクサク……は言い過ぎだが、しっかりと魔物を処理していく。
魔闘技というのは、魔力を纏うあの状態のことを指す。身体強化と一言で説明してしまっていいものなのか。属性を適切に切り替えることで、状況に合わせて作戦を切り替えられるのも強みだったりするのだが……
現在チャチャは複数の魔物と戦っていた。魔物の動きは早く、中ランクの冒険者でもついていくのは厳しいだろう。
だが、チャチャは魔闘技を使えるのだ。そんな魔物と互角、それ以上に素早い動きで追い詰めていく。
向かってきた一匹の攻撃をギリギリで避け、カウンターの一撃を食らわせる。後ろから飛んできた石を避け……るのではなく、こぶしで粉砕。石を投げつけた魔物の位置を特定し、距離を縮めて蹴りを一発。
魔闘技は魔力をコントロールすることで、火力などを調節できる。チャチャはまだそこまでの技術がないため、火力を引き上げることができない。そのため、一撃で魔物を葬ることができずにいた。
しかし、チャチャは焦ることなく一つ一つ隙なく戦いを進めていく。
ジーンはその間、ただ見ているだけではなかった。ミィに危険が及ばないように細心の注意を払い、チャチャが処理した魔物を邪魔にならないように埋めていく。
「お疲れ様。徐々に動きも良くなってきたな」
ジーンはそう言いながら、チャチャに飲み物を渡す。
「ありがとう」
「やっぱり、ちーねぇは天才です!」
興奮したミィは、ぴょんぴょんと飛び跳ねてそう言った。かわいい。
『天才は言い過ぎじゃないかなぁ? ねぇ、ジーン?』
「(おいおいミカよ、やめてくれ。余計なこと言うと、全部俺が悪いことになるんだからな)」
平和が一番なんだよ。それにチャチャも油断してる訳じゃないんだし、今は反省会をする時じゃない。そういうのは、ゆっくり休憩できる場所ですればいいのだ。そう思うジーンであった。
「ありがとね。でも、魔物は出てくるけどミィたちに関する手掛かりは全然出てこないわね」
汗を拭いながらチャチャがそう言った。
「何千年も前の事だからな。当時の物は残ってない可能性もある。それに、この森が当たりなのかも分らんし」
「あの、それなんだけど。ミィのお家なら結界に守られてたから残ってるはずだよ。言い忘れてた」
「そうなのか?」
「うん」
ミィが言うには、精霊の力を借りて張った結界があるらしい。結界を張った奴が言うには、数千年は大丈夫なんだとか。
それに、結界に守られているミィの家には、もう一つ魔法がかけられているらしい。ミィの関係者、つまりはミィの家族にしか見えない魔法によって、護られているとのこと。
衝撃や老朽にも耐性があるらしく、当時のまま残っているだろうとミィは語った。
「えっと、ならどうやって探せばいいの?」
「精霊の力を借りるの。まぁ、ミィは結界とか関係なしに見ることが出来るんだけど……」
それは先言っとけよ。ジーンの口からその言葉が出ることはなかった。必要以上に萎縮させる必要は無いのだと、そう思ったからだ。
ミィ自身もまだ混乱しているのは確かであり、頭の中で情報が整理できないのは仕方がなかったと言える。たった一人で何千年の時を越えた彼女に非は無いだろう。
『もー、ミィってばお間抜けさんなんだからー』
「ホントにごめんね……自分の家だから、あんまり意識したことなかったの……」
「気にしなくていいんだぞ?」
「そうよミィ。ミカの言う事なんて忘れちゃいなさい?」
ぺこぺこして謝られたら、ジーンとしては許すしかなくなってしまう。そもそもジーンは怒ってないし、許す許さないとかは無かったが。
「まあ、今日はこのくらいにしておくか。湖まで戻ってご飯だな」
「賛成。魔物に怯えながらの野宿は嫌だしね」
帰りは、ジーンが魔物の相手をすることになった。理由としては、チャチャも疲れが溜まってきていたし、ジーンも魔闘技の感覚を取り戻しておきたかったから。
教える立場としては、お手本を見せる必要があるのだ。戦い方というのを実際に戦闘で見せるいい機会であった。
チャチャが抱える問題点は、一つは魔闘技に慣れていないこと。そのため、一回の戦闘で属性をころころと変えられない。また、細かい調整もできないから、無駄に魔力を消費してしまっている部分があるのだ。
二つ目は、効果を自分限定でしか発揮できないということ。
ジーンは自在に属性を変化させたり、属性の特性をもう一段階有効に活用したりして戦っている。
「魔闘技は魔法を使わなくても属性ダメージを与えられるのが特徴だ。メリットは今言ったことと、魔法よりも魔力消費が少ないこと。あとは、魔法よりも身体強化の効果が大きいってことだな。デメリットとしては、どうしても近接戦闘になるってことくらいかな。まぁ、慣れてくれば魔法を使いながら戦えるし、気にならなくなるかもしれんが」
火属性の特徴は、攻撃力の強化。現在チャチャはその効果しか引き出せていないが、練習を積めば火属性の攻撃としてダメージを与えられるようになるのだ。
チャチャは魔闘技の一端しか引き出せていないことになる。
「やっぱりとんでもない技なんだ。でも……どうして皆はやらないのかな? 今まで見たことないし、聞いたこともないんだけど」
「な、何でだろうな? それは俺にも分からん」
『教えたくないって、素直に言えばいいのに~』
この技はジーンが開発したもの。少なくともジーン自身はそう思っていた。切り札は多い方がいい。つまりは、人前ではあまり見せたくない秘密の技なのだ。
というのは建前で、実際は『俺だけの技だぞ? カッコいいじゃねぇか!』と思っていた。それがジーンの本心である。
魔闘技について話している内に、湖に戻ってきた一行。
ジーンは結界を張る作業。チャチャとミィは食事の準備。それぞれが作業を進めていく。
「くしゅん! あ、ごめん」
「え――」
チャチャが火加減の調整を乱した瞬間、ジーンに炎の波が押し寄せる。
「あ――」
「え?」
そうはならんやろ。すっぽ抜けた包丁が、ジーンの目の前へと飛んでいく。
夕食ができるのを待つ間、ジーンが一言。
「何か、すっごい疲れたわ……」
それに反応したのはミカ。
『でも、一人よりはいいでしょ? すっごい楽しそうだもん』
ジーンの呟きに、ミカがそう返した。『ニヤニヤしてるとまたなんか言われるよ~』と、ミカに教えられて自分が笑っていることに気が付くジーン。
「……そうかもしれないな。チャチャやミィ。そしてミカ。一人から四人になったことで、流れる時間を共有できるようになったことが、嬉しいのかもしれない」
「ジーン、食べないの? 冷めちゃうよ?」
ミィにそう言われ、料理が完成していることに気が付くジーン。ミィがジーンの分を渡そうと動き出す。
「はーい、お待たせー――」
ミィが躓く。ジーンを前にして、態勢を崩してしまう。
躓くだけなら問題なかったのだが、その時ミィはスープの入った器を手に持っていた。つまりは、
「あっぢぃ!?」
顔にかかる事は無かったが、ジーンの太股付近にガッツリかかってしまう。熱々のスープがズボンに染み込み、継続ダメージを与えられるジーンであった。
着替えを終え、改めてジーンに料理が渡されることになった。
『わぁ~! ……ぐっちゃぐちゃだね!』
ミカは言葉を探したようだが、諦めたらしい。それ程に、見た目はよろしくない。
「えっと……これは何ていう料理なんだ? 二人とは違うみたいなんだが……」
「……(失敗したものを混ぜた物なんて絶対に言えない)」
「……(ど、どうしよちーねぇ)」
「……(ミィの時代にあった料理ってことにしよう)」
「……(そうしよう)」
二人が目を合わせ、やり取りをしたのは一瞬の出来事。料理に目が釘付けになっていたため、ジーンがそれに気が付く事は無かった。
『この二人……やりおる……』というミカの言葉はジーンには届かない。
「それは、ミィが教えてくれたものなの。嫌……だったかな……?」
「そ、そんなことないぞ。二人ともありがとうな」
ジーンはそれ(失敗作)を口に運ぶ。
「もごもご……?(ん? 美味しい……のか? 食べる場所によって味が変わって……新しい料理だな。いや、この場合古い料理か……?)」
「美味しい、かな?」
「……不味くはないかな。慣れれば、美味しいって思えるかもな」
ジーンの味覚ストライクゾーンは意外に広かったらしい。
「ちょろい」「ちょろいです」『ちょろちょろ』と三人に思われているとは知らないまま、ジーンはそれ(失敗作)を完食。
「ご馳走様でした」
それからはチャチャ達が料理当番になる度、色々な料理に挑戦しては失敗することになる。思いつきで作っては失敗し、そしてジーンがそれを食べることになるのだ。
そのおかげなのか、二人のお料理スキルがめきめきと上がっていくことになる。いつしか一流のお店でも通用するのでは? というぐらいにまで成長するのだが、まだまだ先の話。
それまでの間、ジーンは失敗作を何度も食べさせられることになるのだった。
「明日はミカが召喚? できるようになるだろうから、力を借りてミィの家を探せるな」
『任せといてよ!』
「見つからなかったら、街に戻る前にここで少しチャチャの修行をしていくつもりだ」
「……覚悟しておくわ」
「見つけることが出来たら、その時の状況で判断する。もしかしたらそこを拠点にできるかもしれないな。結界も強いみたいだし。どうだ、ミィ?」
「うん、良いと思うよ。空いてる部屋も幾つかあったし、一緒に住めると思う」
ジーンは明日の予定を共有してから、ちょっと見回りをしてくると言って森に入っていった。
休めるときに休んでおけと言ったのは、もう寝てもいいよという事であったのだが……
「ミィ、先に寝てもいいからね。私はちょっと練習してから寝るから」
チャチャはそう言って、自分の世界に入っていく。ミィは一人退屈になったので、暇そうなもう一人に話しかける。
「ミカ、いる? ちょっと話しない?」
しかし、ミカからの返事は無い。
本当にやることが無くなったので、諦めて素直に寝ることに。ジーンが魔法で心地よい環境を作ってくれていたので、すぐに眠気が襲ってきた。
ワクワクする気持ち、不安に思う気持ち。明日、何か起きるのか、何も起きないのか。何かをしていないと、そんなことばかり考えてしまうのは仕方がないのかもしれなかった。
チャチャは、ジーンに止められるまで寝ることが出来ず、ジーンもミカに止められるまで寝ることが出来なかった。
誰もが緊張していた、ということだ。
『ジーンもチャチャも大丈夫かなぁ』
皆が寝たのを確認し、一人そう呟くミカであった。
2020/1/31(修正)
誤字脱字を修正。
魔闘技についての説明を修正。
夕飯のくだり付近の流れを修正。