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第百六十話 父から託されたもの



 穢れを喰い、それを自らのエネルギーとして吸収する。チャチャにとってそれは、食事とも言える行為であった。


「もう少しで……!」


 チャチャから伸びる穢れを吸う靄の先端。そこに在ったモノのカタチは既に崩れ消え、何があったのかさえ分からない状態は見る者の心を痛ませる。

 何が起きたのか。それを知っているからこそ、大手を振って喜べるものではない。


 ぐちゃ、と。


 終わりを告げる合図は、とても気持ちの良いものではなかった。握りつぶすかのような、喰い潰すかのような。最後に流れ込んでくる穢れは、それはもう弱々しく冷たいものだった。


 抵抗もなく、ただ弱っていく様を感じていただけ。最初こそ不意打ちのような形で先手を取られてしまったものの、それ以外は一方的であった。


 本来、人では太刀打ちできない存在であった穢れの使者。穢れを浄化する精霊がいても、勝ち目はほぼなかったことだろう。人と精霊、二つの存在が共に戦うことで初めて勝利への道が見えてくる。


 敗北濃厚の絶望の中で戦うことを強いられるはずだった。


 しかし、この戦いにはチャチャという穢れにとっては天敵と呼べる存在が居た。穢れという致命的なまでの世界の不具合に対する、無理やり創り出した特効薬のようなものが準備されていたのだ。

 この状況へと至ったのは、偶然だったのか必然だったのか。偶然が重なった結果必ずこの結果になる、なんて不思議もあるのかもしれない。


 効果が抜群だったわけであるが、何もかも上手くいくとは限らない。


「がっぁあああああAAAAOOOAAGIAAAYAAAAA!?!??!??」


 穢れを吸収すればするほどに受け子への負担は大きくなっていく。身体だけでなく、それは精神へのダメージも大きい。


 日常で無意識に吸収していた少量の穢れだけでも、人格に影響が出てしまうほどだったのだ。

 それは、受け子という存在を認識していなかったからという点も大きな問題ではあった。しかし、受け子の役割を認識しどんな力で何ができるのか。それを把握すれば全て解決するわけでもない。


 決して、穢れに対する強力な抵抗力を得られるわけではないのだ。自らその穢れを浄化することも、無効化することもできない。

 契約する精霊ならば穢れを浄化させられる。とは言っても、それは微々たるものでしかない。日常で吸収してしまった、微量の穢れを浄化できるかどうかの影響力でしかない。


 一気に穢れを吸収すれば、それ相応の苦痛や狂気に襲われる。身体が耐えられなければ、崩れるなり弾けるなり人としての形を保っていられなくなる。精神が耐えられなければ、発狂するなり廃人となるなり人としての心が朽ち果てる。


 まさに絶体絶命。とても一人の少女に耐えられるものではない。


「………………」


 ただ、そんなチャチャの状態を目の前にジーンは落ち着いていた。いや内心今すぐにでも抱き寄せ声をかけたい衝動に駆られているものの、それを耐えていた。

 それは自身に与えられた役目を果たすため。どんなの事柄よりも優先すべき、自身だけが全うできる役目を果たすためだ。


 それが、チャチャを救うことになると理解しているからこそ。だからこそ今、自身がやるべきことを最優先に行動をしているのだった。


『呪われた力? いいや違うぞ父さん。これは、父さんが繋いでくれた希望への力だ』


 くるりと、世界が裏返しになる。鏡映しに左右をひっくり返った世界が、海に反射する何処までも続く澄青空が。


 人によって感覚が違うものか。色でのイメージが最初にくる人、音でのイメージが最初にくる人。動きやアルゴリズムでイメージする人だっているかもしれない。感情で例える人もいるだろう。


『これは世界を……いや。俺の大切な人を救える力だ』


 穢れがマイナスの力だとするならば、それをプラスの力へと。救えない命を、救える命へと。死を生へと。


 反転する。


「……っ!」


「っとと、大丈夫か?」


「はぁ、はぁ……うん。体中痛いし、力も入らないけど」


「それは大丈夫って言えるのか?」


「成功した、って意味ではね。できればもっと早くしてほしかったけど」


 ただただ申し訳ない気持ちしか湧いてこないジーンである。一番の負担になっているのはチャチャであることは間違いない。たとえジーンにも大きな反動があったのだとしても、一番苦しんだのはチャチャであるのだと。


 代われるのなら自分がやりたかったと、そう思うジーンであった。


 二人ともに安堵から自然と笑みが浮かぶ。必死で身体を立たせようとするチャチャに、それを支えるのが精一杯なジーン。お互いに自身の弱った姿を見られたくないと、気丈な態度を貫いていた。

 それに気付かない二人ではないが、そんなものはより相手を想う気持ちをより深めるための素材に過ぎない。そんな君が好きだと呟きたくなる、落ち着いていた熱量に油を注ぐようなものであるのだ。


 そんな感情を悟られないようにするのも、意地というか美学というか。言ってしまえばお互いに恥ずかしがり屋ということだ。


「終わったんだねっ!」


「そっちは問題なかったか? こっちに集中してて任せっきりだったが……」


「うんっ、誰かさんがコケてタコ殴りされてたってこと以外は面白いことは何もなかったよっ」


 ミカが高速ですっ飛んでくるのを背中で受け止めつつ、華麗に会話へと移るジーンである。報告内容に若干の疑問はあったものの、大きな問題はなかった様子で安心といったところ。


「ちょ、俺じゃないですからね!?」


「なんだ、違うのか」


 どうせコイツだろうと決めつけてソチラを見るジーンであったが、その予想は外れていたらしい。


「ま、タコ殴りって言っても私達がガッチガチに護ってたから痛みなんてほとんどなかったと思うけど」


「やる気は十分だったんだけどねっ」


「えと、えへへ……」


 モジと頬を赤らめ目を逸らすのはミィ。戦闘に関しては一般人の域を出ない彼女であるが、群がっていた雑魚を相手に奮闘していたらしい。

 殴られながら『ご、ごめんなさいっ』と謝るのは締まらない姿だったらしいが、それを除けば十分に活躍していた。より強烈な状況が印象に残ってしまっているだけで、立派に成長している姿を見せつけていたのは間違いない。


「勿論“撮ってある”よ」


「なにっ、それは帰ったらすぐにでも観なきゃだな……!」


「観る時は私にも声をかけてよね」


「ああ、分かってるさ」


 かわいい我が子の発表会を見逃したかのような、そんなジーン達の心境を理解しているミカがバッチグーと親指を立てる。初めから密約を交わしていたわけではないのだが、そこは長い付き合いから察したミカの気遣いが上手く働いたのだった。

 もちろん本人には気付かれていない。後々に観賞会が行われ、その最中ミィに見つかってなんだこれはと顔を真っ赤に怒られることになるのだが、それはまた別のお話。


 と、ここで戦いの跡を観察していたソチラがあることに気が付く。


「あれ、これって……」


「まだ壊してなかったんだ。詰めが甘すぎるのはこのバカだけでいいんだけど」


「あ、あはは……ひどいよ……」


「なんか言った?」


「……なにも」


「よろしい」


 いつもの調子で言い合う二人が向かうのは、穢れの使者が磔にされていいた場所。その下に転がっている、核を破壊するために歩き近づいていく。

 あくまでもこの核を破壊しなければ、一件落着だと腰を下ろせない。ジーンとチャチャが破壊する前にソチラ達が合流したため、後回しになってしまっていたのだった。


 四角い、キューブ状の核。この状態になってしまえば暫くはどうこうなることはないのだが、より早く始末をつけるに越したことはない。

 世界の敵。ましてや生物ではない。前回は、ほぼ概念のような何か。今回は穢れから生まれた何かだった。単独で動き、個人の欲求のままに動いていた。

 どこかの組織が目的を持って動いているわけじゃない。仲間と呼び合うような存在が沢山いるわけじゃないと。そうジーン達は結論付けていた。と言っても、推測の域を出ていないことではある。


 もしかしたら『邪魔が入る』なんてこともあるかもしれない。そういった可能性はゼロではないのだ。


 ――――!!


「えっと、赤龍ちゃん?」


 ――――!!


「もしかしなくても、邪魔するつもり?」


 困り顔で立ち止まるのはソチラ。へぇ、面白いじゃない。と笑うのはタマ。そして、二人の前に立ち塞がるのは赤龍であった。


 ――――!!


 どこかお願いをするような。そんな声だけが響いていた。




2021/3/27

サブタイトルの変更。

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