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第百五十九話 それは散り落ちた花を踏みにじられる一人の少女のような




「ぶっとんでるわねあの子」


「こっちも驚いてる最中だけどな」


「頼んだら教えてもらえるかな」


 一瞬手を止めて各々発言していく妙な時間。


 これで二対一になったわけだが、ジーンもチャチャも何故かそれほど焦りを見せていない。去っていった夜桜も二人の勝利を信じて疑わない態度であった。


 持久戦ならば確実にこちらが有利であるはずなのに、これといって策らしい策を練っている様子もない。それが不思議でしょうがない穢れの使者である。

 何かを見落としているのではないか。罠が仕掛けられているのではないか、既に術中にはまっているのではないかと不安を感じるのは普通の流れだろう。


 だが、なにも分からない。不自然なのは、今も諦めることなく立ち向かってくる二人の自身に満ち溢れた眼だけ。無策でも勝てるだろうと愚かな考えをしている可能性もあるが、それならば別段問題は無い。

 もっとも、目の前に迫る彼らがそんな無能であるとは思えるはずがないのだ。そこに関しては信頼をしている穢れの使者であった。


「……やっぱ無理ね」


「え?」


 戸惑いの中、チャチャの一言により戸惑いを深める穢れの使者。何が無理なのか。勝つことが無理だと、そう悟ってしまったのかと一瞬思うことになる。

 少し残念そうな、暗い表情をしていることもその思いを加速させる要因となっていた。


「私の力じゃ、結局は消滅させることしかできなさそう」


「はいそうですか、ってすぐ納得はしたくないけどな。流石にこれ以上は我が儘が過ぎるか」


「ま、私は付き合っても良いけど」


「神子たちが許さないだろ。特にうーちゃんとか」


「それもそうか」


 二人の会話が理解できない。何を言っているのか言葉を聞きとることができても、その意味までは理解できない。


「……何を言ってるの? 私にも分かるように言ってくれると嬉しいんだけれど」


「あー実はな……いや、なんでもないさ」


「それ一番気になる言いかたって分かってる?」


「気になるも何も、これから消えるんだから関係ないでしょ」


 突き放すような言い方をするチャチャである。


 そこから、二人の動きが変わってしまった。速くなったとか力が増したとかそういったことではなく、穢れの使者を消滅させるための動きに変わったのだ。


 手加減をしていたのかと思ってしまうくらいに。


 削られていくという感覚で戦っていたのが一変し、消滅させられるという恐怖を抱えながらの戦いに。明確に死を意識させられてしまう穢れの使者。


 一方的だった。


 腕を飛ばされ足を落とされ腹を裂かれて。修復したそばから斬り刻まれて、叫ぶ暇もなくそれが繰り返されていく。

 血飛沫が飛び散るわけではないが、その代わりに黒いドロリとしたものが吹き出す。まさにそれが穢れなのだろう。穢れを元に動く存在であるのだと、その様子が物語っている。


 何故今更になって、そんなことが起こり始めたのか。


 穢れを一身に集めていた存在がいたからだ。生まれ持ったその呪いとも呼べる力が有る人間がそこにいたからだ。そしてその人間が、意志を持って力を扱っていたからだ。


 チャチャがそうしていただけのこと。


 もしかしたら穢れを吸いとれば、敵である存在すらも救えるのかもしれないという考えで戦っていた。だがそれが叶わないと悟ってしまった。


 もう、戦いを長引かせる理由は無くなったのだ。


「――っ――ッ――!」


 声にもならない。空気が通る音だけが鳴り、会話をすることもできない。それでも手を休めることはしない。


 体液が地面を汚す。暗い地面が黒い穢れに染まっていく。


 それがこの戦いを終わらせる方法なのか。そうまでしなければならないのか。


 二人が導き出した答えはそうであった。覚悟はとうの昔にしているし、今更揺らぐことはもうない。

 ここまでは譲れるという線を越えた瞬間、二人は悩むことなく守りたい人のために行動を実行する。


 自身が抱え込める問題の大きさを冷酷なまでに管理するその様は、人間らしさなど消えたかのように思えてしまうほど。


「……ぁ……ぅぁ…………」


 地面より伸びる無様な岩柱に囚われ、動くことすらままならない状態。磔にされた穢れ使者を見上げるのは、チャチャ。


「準備はいい?」


「ああ、早いとこ始めよう」


 チャチャが片腕を突き出すと、ドス黒い靄のようなものが揺らめきながら穢れの使者へと向かっていく。手のひらを向けてはいるが、その靄は腕の至る所から発生していた。

 靄をコントロールするための格好であるのか、しかしその姿は憎しみの存在を握りつぶさんとしているようにも見える。


 纏わりつくように獲物を捕らえる様子を、静かに見守るジーン。万が一の反撃に備えるのと同時、この後に起きることへの後始末の準備をしているのだった。


「喰らえ」


 突き出した手で思い切り握ろうとするも、不思議と何かの抵抗によって思うようにいかない。何が抵抗しているのか。


「あがぃッ、ギぁぁあ!!!」


 狂ったように叫ぶ穢れの使者。助けてと、救いを求め縋っているのか。殺してくれと、苦痛を訴えているのか。それとも怨み憎しみを哭いているのか。


「あ……ぐ……ぃああぁぁぁああああああッ!!」


 少し、遅れて叫ぶ。初めての感覚に耐え方が分からない。憎い。壊したい。楽しい。嬉しい。苦しい。激しくそして重過ぎる感情の荒れ狂い。


 瞳が赤く灼けるのは、穢れに侵食されつつある証拠。


 何をしているのか? 受け子であるチャチャにしかできない、穢れを吸収する力を使っているのだと言えば分かるだろうか。

 彼女にしかできない、彼女だからこそできる方法。そして、これは実験でもある。


「……ふぅ、ふぅ」


 どこまで耐えることができるのか。


 これはチャチャ自身が提案したことだった。自分の力なんだから、できることを把握しておきたい。限界を知らないと、いざという時に困るから。という言い分。


 結界にとらわれた時点で、大きな穢れの存在を察知していたのはチャチャだけ。実際に目にして、そして戦って。一つ理解した事があった。


 勝ち目がない。


 いつも通りのやり方では終わりが見えないと、そう理解したのだ。一つの区切りをつけることは可能であっても、しばらくすれば復活してしまう。

 この世界に穢れが生まれ続ける以上、どうすることもできない事実であった。


 今まさに敵対している、目の前の『穢れの使者』と名乗った存在。彼女は一個体として存在しているのか、それとも一つの種として存在しているのか。

 一個体として存在しているのならば、ここで消滅させられればそれで終わり。だが一つの種として存在しているのならば、ここで消滅させても別の彼女が再び顕れる。


 忘れ去られた過去という要素で繋ぎ縛られた存在が、何度でも穢れを元に生み出される。それは消滅後すぐなのか、何百年も後になるのかは分からないが。


「……やってやる」


 チャチャが願うのは。


「絶対に、ここで終わらせるんだ」


 繰り返さないために、チャチャが身体に引きずり込むのは。


「全部、ぜんぶ喰ってみせる!」


 自らの力とするために、喰う。


 身体に受け入れたモノ全てを自らの糧とする力。受け子という犠牲になっていた存在が、今だけは。チャチャだけは無二の希望へと昇華させることができる。


 彼女だけに許された力はまさに、彼女を唯一の存在へと変貌させることになったのだ。




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